2021年6月15日火曜日

ジッとしていても…

晴れているなと思って蒲団を干すと曇ってきた…
雷注意報が出ているのであわてて部屋の中へ入れてからリハビリ散歩に出かけました。
梅雨特有の蒸し暑さにジッとしていても汗が出る…
明日は、朝から雨のようなのでもしかしたらステイホームかな?
 国立公文書館のTwitterに

1752年6月15日はベンジャミン・フランクリンが、雷雨の中で凧を揚げ、雷が電気であることを証明した日。
雷と聞いて思い出すのは平安時代初期の説話集
日本霊異記で、小子部栖軽(ちいさこべのすがる)が落ちてきた雷を捕まえたという不思議な話。
画像は正徳4年(1714)版
日曜日よるの情熱大陸「島田拓[アリ探求家]」
父も一緒に録画を見ていてビックリしていました。
研究家でなく[探求家]というのがいいなぁ。
息子さんも将来、探求家になりそう!

そういえば番組は終了してしまったけどEテレのヘウレーカにも出演されていた。
又吉直樹のヘウレーカ!「アリの地下世界 深掘りスペシャル!」〟(ありんこ日記 2020年4月1日)

昨日放送の「新種発見!?こんな生き方“アリ”ですか?」〟(ありんこ日記 2020年4月9日)
 岩波書店のTwitterに

6/20(日)16:10~NHK Eテレ悲しみから逃げない~没後70年 原民喜の言葉~が放送されます。
独特のフレーズが繰り返される作品「鎮魂歌」の力を伝えるべく、作家の又吉直樹、梯久美子、平野啓一郎の三氏が読み解きます。


小社関連書

100分de名著でも取り上げてくれないかな?
   おさん
     二


 翌る日のお昼すこし前に、私が玄関の傍の井戸端で、ことしの春に生れた次女のトシ子のおむつを洗濯してゐたら、夫がどろぼうのやうな日陰者くさい顔つきをして、こそこそとやつて来て、私を見て、黙つてひよいと頭をさげて、つまづいて、つんのめりながら玄関にはひつて行きました。
妻の私に、思はず頭をさげるなど、ああ、夫も、くるしいのだらう、思つたら、いぢらしさに胸が一ぱいになり、とても洗濯をつづける事が出来なくて、立つて私も夫の後を追つて家へはひり、
「暑かつたでせう? はだかになつたら? けさ、お盆の特配で、ビイルが二本配給になつたの。ひやして置きましたけど、お飲みになりますか?」
(『太宰治全集第九巻』 筑摩書房 昭和51年)
 夫はおどおどして気弱く笑ひ、
「そいつは、凄いね。」
 と声さへかすれて、
「お母さんと一本づつ飲みませうか。」
 見え透いた、下手なお世辞みたいな事まで言ふのでした。
「お相手しますわ。」
 私の死んだ父が大酒家で、そのせゐか私は、夫よりもお酒が強いくらゐなのです。
結婚したばかりの頃、夫と二人で新宿を歩いて、おでんやなどにはひり、お酒を飲んでも、夫はすぐ真赤になつてだめになりますが、私は一向になんとも無く、ただすこし、どういふわけか耳鳴りみたいなものを感ずるだけでした。
 三畳間で、子供たちは、ごはん、夫は、はだかで、さうして濡れ手拭ひを肩にかぶせて、ビイル、私はコツプ一ぱいだけ附合はせていただいて、あとはもつたいないので遠慮して、次女のトシ子を抱いておつぱいをやり、うはべは平和な一家団欒(だんらん)の図でしたが、やはり気まづく、夫は私の視線を避けてばかりゐますし、また私も、夫の痛いところにさはらないやうな話題を細心に選択しなければならず、どうしても話がはずみません。
長女のマサ子も、長男の義太郎も、何か両親のそんな気持のこだはりを敏感に察するものらしく、ひどくおとなしく代用食の蒸パンをズルチンの紅茶にひたしてたべてゐます。
 「昼の酒は、酔ふねえ。」
「あら、ほんたう、からだぢゆう、まつかですわ。」
 その時ちらと、私は、見ました。
夫の顎の下に、むらさき色の蛾が一匹へばりついてゐて、いいえ、蛾ではありません、結婚したばかりの頃、私にも、その、覚えがあつたので、蛾の形のあざをちらと見て、はつとして、と同時に夫も、私に気づかれたのを知つたらしく、どぎまぎして、肩にかけてゐる濡れ手拭ひの端で、そのかまれた跡を不器用におほひかくして、はじめからその蛾の形をごまかすために濡れ手拭ひなど肩にかけてゐたのだといふ事もわかりましたが、しかし、私はなんにも気附かぬふりを仕様と、ずゐぶん努力して、
「マサ子も、お父さまとご一緒だと、パンパがおいしいやうね。」
 と冗談めかして言つてみましたが、何だかそれも夫への皮肉みたいに響いて、かへつてへんに白々しくなり、私の苦しさも極度に達して来た時、突然、お隣りのラジオがフランスの国歌をはじめまして、夫はそれに耳を傾け、
「ああ、さうか、けふは巴里祭だ。」
 とひとりごとのやうにおつしやつて、幽(かす)かに笑ひ、それから、マサ子と私に半々に言ひ聞かせるやうに、
「七月十四日、この日はね、革命、……」
 と言ひかけて、ふつと言葉がとぎれて、見ると、夫は口をゆがめ、眼に涙が光つて、泣きたいのをこらへてゐる顔でした。
それから、ほとんど涙声になつて、
「バスチーユのね、牢獄を攻撃してね、民衆がね、あちらからもこちらからも立ち上つて、それ以来、フランスの、春かうろうの花の宴が永遠に、失はれる事になつたのだけどね、でも、破壊しなければいけなかつたんだ、永遠に新秩序の、新道徳の再建が出来ない事がわかつてゐながらも、それでも、破壊しなければいけなかつたんだ、革命いまだ成らず、と孫文が言つて死んださうだけれども、革命の完成といふものは、永遠に出来ない事かも知れない、しかし、それでも革命を起さなければいけないんだ、革命の本質いふものはそんな具合ひに、かなしくて、美しいものなんだ、そんな事したつて何になると言つたつて、そのかなしさと、美しさと、それから、愛、……」
  フランスの国歌は、なほつづき、夫は話しながら泣いてしまつて、それから、てれくささうに、無理にふふんと笑つて見せて、
「こりや、どうも、お父さんは泣き上戸らしいぞ。」
と言ひ、顔をそむけて立ち、お勝手へ行つて水で顔を洗ひながら、
「どうも、いかん。酔ひすぎた。フランス革命で泣いちやつた。すこし寝るよ。」
 とおつしやつて、六畳間へ行き、それつきりひつそりとなつてしまひましたが、身をもんで忍び泣いてゐるに違ひございません。
  夫は、革命のために泣いたのではありません。
いいえ、でも、フランスに於ける革命は、家庭に於ける恋と、よく似てゐるのかも知れません。
かなしくも美しいものの為に、フランスのロマンチツクな王朝をも、また平和な家庭をも、破壊しなければならないつらさ、その夫のつらさは、よくわかるけれども、しかし、私だつて夫に恋をしてゐるのだ、あの、昔の紙治のおさんではないけれども、
 女房のふところには
 鬼が棲むか
 あああ
 蛇(じや)が棲むか
 とかいふやうな悲嘆には、革命思想も破壊思想も、なんの縁もゆかりも無いやうな顔で素通りして、さうして女房ひとりは取り残され、いつまでも同じ場所で同じ姿でわびしいためばかりついてゐて、いつたい、これはどうなる事なのでせうか、運を天にゆだね、ただ夫の恋の風の向きの変るのを祈つて、忍従してゐなければならぬ事なのでせうか。
子供が三人もあるのです。
子供のためにも、いまさら夫と、わかれる事もなりませぬ。
 二夜くらゐつづけて外泊すると、さすがに夫も、一夜は自分のうちに寝ます。
夕食がすんでから夫は、子供たちと縁側で遊び、子供たちにさへ卑屈なおあいそみたいな事を言ひ、ことし生れた一ばん下の女の子をへたな手つきで抱き上げて、
「ふとつてゐまチねえ、べつぴんちやんでチねえ。」
 とほめて、私がつい何の気なしに、
「可愛いでせう? 子供を見てると、ながいきしたいとお思ひにならない?」
 ろ言つたら、夫は急に妙な顔になつて、
「うむ。」
 と苦しさうな返事をなさつたので、私は、はつとして、冷汗の出る思ひでした。
 うちで寝る時は、夫は、八時頃にもう、六畳間にご自分の蒲団とマサ子の蒲団を敷いて蚊帳を吊り、もすこしお父さまと遊んでゐたいらしいマサ子の服を無理にぬがせてお寝巻に着替へさせてやつて寝かせ、ご自分もおやすみになつて電燈を消し、それつきりなのです。
 私は隣りの四畳半に長男と次女を寝かせ、それから十一時頃まで針仕事をして、それから蚊帳を吊つて長男と次女の間に「川」の字ではなく「小」の字になつてやすみます。
 ねむられないのです。
隣室の夫も、ねむられない様子で、溜息が聞え、私も思はず溜息をつき、また、あのおさんの、
 女房のふところには
 鬼が棲むか
 あああ
 蛇(じや)が棲むか
 とかいふ嘆きの歌が思ひ出され、夫が起きて私の部屋へやつて来て、私はからだを固くしましたが、夫は、
「あの、睡眠剤が無かつたかしら。」
「ございましたけど、あたし、ゆうべ飲んでしまひましたわ。ちつとも、ききませんでしたの。」
「飲みすぎるとかへつてきかないんです。六錠くらゐがちやうどいいんです。」
 不機嫌さうな声でした。
(『太宰治全集第九巻』 筑摩書房 昭和51年)

・近松門左衛門「心中天の網島」文化デジタルライブラリー
今朝の父の一枚です(^_^)v
ムクドリの幼鳥なのですが、足が奇形のようです。
野生の世界で、障碍をもって生れると生き続けることは非常に難しいことだと思います。

ETV特集「生きていればきっと笑える時が来る~牧師・奥田知志

以前、こころの時代「今 互いに抱き合うこと―コロナ禍に読む聖書―」(2020年7月12日)でもお話を聞きました。
今回、抱樸館福岡を開設するときに地域住民の反対にあったそうです。
反対意見のなかにはホームレス者や障碍者への偏見や誤解が大きいなと思いました。
それは、昨年の11月16日、東京渋谷区のバス停で座っていた女性が、突然、襲撃され亡くなる事件の犯人にも通じるのではないかと思いました。
そういう私にも偏見がないとは言えません。
人は、人を差別するかもしれないという意識を常にもち、自分の言動を振返ることができるか。
つねに問われていると思います。

東八幡キリスト教会HP

奥田知志(NPO抱樸/牧師)さんのTwitter

NPO法人 ほうぼく―抱樸