今朝も暖かくていつもの服装で歩いていると汗をかきそうになりました。
明日は雨の予報で気温が下がる…
こう気温が上がり下がりすると体調が狂いそうになります(^^;
でも、もう少しすると春になるのでそれまでの辛抱かな?
「京丹後 竹筒に入れて飾った手作りのひな人形 展示会」(京都NHK 2月9日)ETV特集 消えゆく“ニッポン”の記録~民俗学者・神崎宣武~
神崎宣武さんは宮本常一に師事、司馬遼太郎にも学んだそうです。
新年の家祈祷で直会(なおらい)のあと、
昭和4年生まれのTさんが話をされていたのですが、父も同じことをしたと話していました。
それは、校門を入ると前にチャーチルとルーズベルトの麦わら人形と
竹やりが置いてあって、ひと突きずつしてから入ったそうです。
昨日紹介した 「紀元二千六百年 奉祝会」(NHKアーカイブス 1940年)
南方進出を正当化するスローガンとして用いられたのが「八紘一宇(はっこういちう)」
【八紘一宇】
紀元2600年の式典で、総理大臣の近衛文麿は、天皇の「臣」を代表して、非常時を打開し、「八紘一宇」の「皇謨(こうぼ)」を「翼賛」する、と宣言した。
そして、宏く大きく限りない天皇の「聖恩」にむくいるのが国民の覚悟であると、公けに、これも「宣言」した。
(『戦中用語集』三國一朗 岩波新書 1985年)
「八紘一宇」の「皇謨」とは何だろうか。
私などのように昭和以前に生れた日本人は、こうして意味のよくわからない日本語を、いくつも知っていた。
いや、知らされていたのである。
花電車に掲げられた「天壌無窮」もそうだし「八紘一宇」もそうである。
「国体明微(めいちょう)」またしかり。
現代語でいうフィーリングとしてはわかるが、正確な意味となると、自信が持てない。
戦時戦中の日本語には、そんなことばが多かったようだ。
私は、ちょうど「紀元2600年」の昭和15年に、高校の教室でこの「八紘一宇」の原典らしいものについて教わった記憶がある。
そのころ「国体の本義」という教科書を文部省が編纂し、内閣印刷局が印刷と発行(昭和12年5月)、さらに販売まで取りしきっていて、全国の学校・社会教化団体・官庁に配布されたものである。 その「国体の本義」は、「緒言」「第一 大日本国体」「第二 国史に於ける国体の顕現」から成り、巻頭に「本書は国体を明徴にし、国民精神を涵養振作すべき刻下の急務に鑑みて編纂した」とある。
ついで第一章「大日本国体」の第一節に「肇国(ちょうこく)」という項があり、まずその最初のところを見ると、「大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。これ、我が万古不易の国体である。而してこの大義に基づき、一大家族国家として億兆一心聖旨を奉体して、克(よ)く忠孝の美徳を発揮する。これ、我が国体の精華とするところである。この国体は、我が国永遠不変の大本であり、国史を貫いて炳として輝いてゐる。」というのだから、なんのことはない、明治の「教育に関する勅語」の一節と、言おうとするところは似たりよったりである。 ところが、あらためてこの教科書をずっと読んでいくと、「八紘一宇」が出てきた。
神武天皇が大和の橿原(かしはら)の地に都を定めたときの詔(みことのり)の中に、それがある。
乾霊(あまつかみ)という祖先の神から国(日本)を授けられたことを感謝し、子孫を正しく養い育てようと思う、そして国内をおさめて都をひらき、八紘(あめのした)を掩(おお)って宇(いえ<家>)としたい……、というのだから、要するに天下を一つの国にしたい、これにつきるようだ。 これとまた同じことは『日本書紀』にもあり、そちらは「六合を兼ねて以て都を開き、八紘を掩ひて而して宇と為す」(巻の三)というのだから、要するに元は一つであろう。
中国から東南アジアにかけて勢力を伸ばし、北京やシンガポールを自国の都市の一つとみなして、諸民族を統合し「大東亜共栄圏」を作ろうではないか……、田中智学(宗教家)が造語したという「八紘一宇」を昭和の時代にあてはめると、およそこんなことになったのではないか。
(『戦中用語集』三國一朗 岩波新書 1985年)「世界 2023年3月号」にインタビュー記事が載っています。
冒頭にシュリマンについて紹介されているので転記します( ..)φ
「戦争の受益者は誰か 『学芸の共和国』はどこか」
エカテリーナ・シュリマン、訳・解説=奈倉有里
エカテリーナ・シュリマン(1978~)はロシア出身の政治学者で内政を専門とし、2022年の開戦後に閉鎖された独立系報道機関「モスクワのこだま」で政治コメンテーターを務めていた。
彼女は「モスクワのこだま」閉鎖後もモスクワに留まっていたが、同年4月からベルリンのロバート・ボッシュ財団の学術研究助成を受けて1年間の予定でベルリンに滞在。
しかし渡航からわずか二日後の4月15日、シュリマン個人がロシア政府から「外国エージェント」と指定された。
これは事実上のスパイ認定で、今後の国内での活動が困難になる。
すでにその予感があって脱出したのか、それとも出国したことにより即座に決定が下ったのかという質問に対し、シュリマンは次のように答えている――「近年のロシア政府の決定は詳細が明かされずプロセスが不明瞭なため、私自身にもどういう経緯があったのかはっきりとわかりませんが、こうした決定は通常わずか二日でなされるものではありません。誰を認定するかは事前にある程度決まっていて、具体的な行動に対する処罰というよりは、各個人の社会的なカテゴリ別に決まっていっています。ジャーナリスト、地方議員、学者、YouTuberといったすべてのカテゴリから目立った活動家を順に名指していっている。ですから私が仮にロシアにいても同じ決定がなされていたと思います。いま、ロシアのテレビのプロパガンダがいかにすさまじいかということがよく語られていますが、近年、とりわけ2016年以降はテレビの視聴者数が格段に減り、主な情報源はインターネットに移行しました。そのような状況下でどうにかして情報を統制をとる必要があったということです」 今回は2022年12月のラジオスヴァボーダとフォーブス・ロシアのインタビューから、この戦争が誰にとって有益なのか、国外移住者が増え続けるなかで考えるべきことはなにかの二点についての回答を訳出した。 (訳者)
(『世界 2023年 3月号』岩波書店)
ロシアでは、国外にいても安全とは言えません。
昨日、紹介したようにトロツキーはメキシコの自宅で暗殺されました。
現在でも
〝「裏切り者」が次々消えていく ロシア暗殺の歴史を振り返る〟(朝日新聞 GLOBE 2021年12月28日)今朝の父の一枚です(^^)/
画像はトリミングをしていません!
モズ くちばしが武器の小さな猛禽
秋の里山で、棒くいの先にとまった一羽のモズが長い尾をゆっくりと回しながら獲物を物色しています。
突然、一直線に地面へ飛び降りたかと思うと、口にカマキリをくわえて戻ってきました。
モズが狙うのは大型の昆虫やトカゲなど地上を這う生き物です。
カエル、ムカデ、そしてネズミ類からカワラヒワなどの小鳥までがメニューに加わります。
ツグミなど、自分より大きな鳥まで捕まえることもあります。
こうした食性に加え、獲物を枝などに刺しておく「はやにえ」を作ることから、「小さな殺し屋」とも呼ばれています。
獰猛な性質は猛禽のようですが、ワシタカ類は太く力強い足で獲物をつかむのに対し、モズはくちばしで獲物を襲います。
くちばしを武器にするところがスズメ目の鳥らしいところです。
モズのくちばしは上下にかみ合うノコギリの歯のような構造になっています。
さらに不格好に見えるほど大きな頭と相まって、想像以上に強い力で肉をちぎり骨を砕くことができるのです。
小さくても大きな相手を恐れず立ち向かうモズ。
その孤高ともいえる性質は剣豪・宮本武蔵に愛され花鳥画「枯木鳴鵙図(こぼくめいげきず)」の題材となったことで知られています。
(『庭で楽しむ野鳥の本』大橋弘一 山と渓谷社 2007年)