2022年1月9日日曜日

気温が低くても…

歩きはじめた時は、手袋をしていても指先がしびれるような寒さでしたが、
風が吹いていなかったので、歩いているうちにポカポカしてきました(^^)v
 町田志樹さんのTwitterを見てよく怪我がなかったなとビックリしました。

娘が誤ってペットボトルを温め、オーブンレンジが大爆発。
25キロの鉄塊が、こんなに吹き飛ぶとは。。
皆様もお気をつけください
(娘は無傷でした)


画像1 、 画像2 、 画像3
 俵万智さんのTwitterに

整理整頓も掃除も苦手で、日々探し物に時間を費やしている。
そんな私がたどり着いた法則です。
たいていのものは最初に無意識に探したところで発見される


私も昨日、文庫本を探していたのですが、なかなか見つからなかった。
本の山をかがんでみたりしていたら手に持っている本の中にあった(^^ゞ
探していたおかげで、前から探していた本も隠れていたのを見つけた(^^;)
上白石萌音さんの『いろいろ』いいですよ(^^)v
本を開くと

いつも心に太陽を、
くちびるに歌を

懐には一冊の本を
     萌音


勝手な想像ですが、萌音さん、萌歌さんという名前から
ご両親が伝えていたことではないかなと思う。
昨日探していた本に…
  心に太陽を持て

 心に太陽を持て。
 あらしが ふこうと、
 ふぶきが こようと、
 天には黒くも、
 地には争いが絶えなかろうと、
 いつも、心に太陽を持て。

 くちびるに歌を持て、
 軽く、ほがらかに。
 自分のつとめ、
 自分のくらしに、
 よしや苦労が絶えなかろうと、
 いつも、くちびるに歌を持て。

 苦しんでいる人、
 なやんでいる人には、
 こう、はげましてやろう。
 「勇気を失うな。
 くちびるに歌を持て。
 心に太陽を持て。」
   ――フライシュレンによる――
(『心に太陽を持て』山本有三 編著 新潮文庫 昭和56年)
  はじめに

 2020年9月10日。
渋谷に立つ、年月の重厚さが滲(にじ)む大きなビルの一室で、担当編集者Sさんと二回目の打ち合わせをした。
Sさんはいつも素敵な手土産をくださる。
前回はおしゃれな板チョコ、今回は熟したシャインマスカット。
それをポンポンと頬張りつつ、打ち合わせもポンポンと進む。
熱中するうちに、気づけば話し始めて二時間も経っていた。
充分すぎるほどアイデアが出揃い、晴れてこの本の方向性が定まったので、腕まくりしてこれを書いている。
(『いろいろ』上白石萌音 NHK出版 2021年)
「エッセイを書いてみませんか」とお話をいただいた時、嬉しさと恐れ多さでちょっと手が震えた。
文章を書くことは好きだけど、一冊分を書ききる力が自分にあるとは思えなかった。
でも「ありのままの、そのままの気持ちを記録すればいいんですよ」という後押しに心を決め、未踏の憧れの地へ足を踏み入れてみることになった。
 一回目の打ち合わせでは、お互いが好きな本をたくさん持ち寄った。
長机に並んだ十数冊の本はどれも紙の温かみを感じる素敵なもので、思わず頬が緩んだ。
「ちょっといいですか」と、そのなかの一冊のカバーを外し、剥き出しの表紙を指でなぞったわたしを見て、Sさんは「本当に本が好きなんですね」と笑った。
「ここまで装幀を愛でる人は本物です」と。
そう、わたしは本当に本が好きだ。
読書という行為以前に、「本」そのものが物質として好き。
「この愛をふんだんに詰め込みます」と意気込んだ。
 アドバイス通り、自分を見つめ、ありのままを記録してみる。
そして粗さも拙(つたな)さも、「本が好き」という気持ちで強行突破してみる。
突破できるかわからないけれど。
できるといいけれど。
 どうか気楽に、そしてできれば温かく大きな心で、お楽しみください。
 あとがきにかえて
 
 始発に近い新幹線の座席で一人、首をぐりんぐりん回しながらパソコンに向かっている。
エッセイ五十篇を脱稿した今、羽根のように心が軽い。
窓外の曇天も輝いて見える。
書けた。なんとか書けた!
 初めて本を執筆してわかったことが二つある。
 一つ目は、思っていたより数倍、自分が面倒臭い人間であるということ。
自分の心の機微を注意深く観察していたら、すごく疲れた。下手すれば暗くてひねくれたエッセイばかりになるところだった。
天邪鬼で気にしいなわたしは、たくさんの人に出会い、必要としていた言葉をもらって、なんとか前を向いてきたのだ。
お仕事を始めてから十年、ひいては生まれてからの二十三年間の出会いのすべてが、ありがたくて大切でたまらない。
 もう一つは、本を編むというのはとんでもないほど大変な作業だということ。
紙質やフォントやページの構成、言葉の選び方。
本当にキリがない。
著者、編集者、デザイナー、校正者、紙屋さん、印刷会社に製本会社。
他にもたくさんのプロがいて、それぞれの知識と技術を縒(よ)り合わせる。
一冊の本とは、人と時間の結晶なのだ。
そう思うと今鞄に入っている読みかけの文庫本の重みがグッと増すようだし、本屋さんで膨大な数の本を前にすると圧倒される。
本づくりの裏側を見たわたしはもう、ただの読者には戻れない。
これからは、ページの後ろ側まで敬意を払って、心して読むことになるだろう。
本好きとして、これは幸せすぎる転換である。
 書くことは、伝えるということは、見つめることから始まるのだと思った。
そして一人では何もできなくて、誰かの力を借りたら何でもできるのだと思った。
気づけてよかった。
 よし、最後は著者らしく、そしてわたしらしく。
 この本に携わってくださったすべての方々と、今これを読んでくださっているあなたへ。
本当にありがとうございました。
  2021年初夏 上白石萌音
(『いろいろ』上白石萌音 NHK出版 2021年)

この数行は、萌音さんの自筆です。
山田詠美さんの自筆ともにお二人の魅力が伝わってくる。
という私は、悪筆(^^;)
なので、なおさら、お二人の自筆が素敵だなと思います。
上白石萌音さんの本も山田詠美さんの本も
鷲田清一さんが「折々のことば」で紹介してくださったから出会えた本です。
今朝の父の一枚です(^^)v
シロハラアトリが水を飲んでいたそうです。
水を飲んでいるときは、警戒心が強く仲間が見張っているのによく写せたと思います。

あとり【アトリ】
(前略)

「万葉集」巻20、4339「国巡る獦子鳥(あとり)かまけり行き廻り帰り来までに斎(いは)ひて待たね」はアトリの大移動を、防人が国を廻るのにたとえている。
室町、安土桃山時代になると〝あっとり〟とも呼ばれるようになる。
江戸時代の本草書では、〝あとり〟俗に〝あっとり〟と記され、〝あとり〟と〝あっとり〟の両方が用いられていたが、現代ではアトリに統一されている。
(後略)
(『図説 日本鳥名由来辞典』菅原 浩・柿澤 亮三編著 柏書房 1993年)