2020年5月3日日曜日

憲法記念日

曇り空で歩きやすかったです。
野鳥を撮影している時は、晴れてほしいなと思っていたけど…
マクロレンズに換えてからは日日是好日(^^)v
阪神支局襲撃から33年 広がる不寛容、どう向き合えば」(朝日新聞)
憲法記念日の凶行。
凶悪な犯罪には、時効がない国がある。

諸外国における公訴時効のない犯罪に関する捜査態勢・記録保管等の概要」(法務省)
憲法を変えるよりも刑法を改正することが必要です。
5月3日
 日本国憲法が施行された。 1947(昭和22)年

 この日、世界ではじめて戦争の放棄を宣言した日本国憲法が施行された。
 12歳とのとき戦災で父母と二人の妹を失った高木敏子(としこ)は、五月三日のことを次のように回想している。
「わたしはこの日を一生涯わすれないだろう。新聞に書かれた全文の中で、わたしは第二章、戦争の放棄という言葉にすいつけられえた。この文面は、わたしにとって、まさに輝く太陽のように、まぶしく見えた。」(『ガラスのうさぎ』)
 戦争で約三百万の死者を出したその数倍ものアジアの人々を死に追いこんだ日本国民にとって、戦争の放棄は平和への願いと過去の反省をあらわしたものだった。
憲法案審議のさい当時の首相吉田茂(しげる)は、「本案の規定は、一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権を放棄したものであります」と述べた。
(『カレンダー日本史 岩波ジュニア新書11』永原慶二編著 1979年)
昨日の記事で内田樹さんの「コロナ後の世界」にある
コロナ終息後、自民党は「憲法のせいで必要な施策が実行できなかった」と総括すると思います。

を紹介しましたが、やはり失策・愚策をごまかすために言い出しましたね。

首相 緊急事態への対応 憲法にどう位置づけるか議論を」(NHK)

1日の記事にも書きましたが、パチンコ店が休業の要請を聞き入れず、開店しているのも
休業補償をすれば感染を覚悟して開店することはないのです。
中小の店や企業などが愚策が続くために閉店や倒産に追いやられている。

客が貼り紙「ありがとう」 あの閉店した豆腐店に 東京〟(NHK)
首相の改憲の狙いは、第9条だけではないと思う。
今回のCOVID-19 を理由に基本的人権の制約を狙っていると思う。
あたらしい憲法のはなし』より
七 基本的人権」「十五 最高法規」を転記しますφ(..)
(旧字体を新字体に改めています)

 この「あたらしい憲法のはなし」は、日本国憲法が公布されて十カ月後の1947年(昭和22年)8月、文部省によって発行され、全国の中学生が1年生の教科書として学んだものです。

(略)

 しかし、この教科書は2、3年使われただけでした。
日本が1950年(昭和25年)にはじまった朝鮮戦争の基地にされ、日米安保条約が結ばれ、警察予備隊が自衛隊にかわってゆくという時代の流れのなかで、教室から姿を消していってしまったのです。

(「あたらしい憲法のはなし」あとがきより 日本平和委員会
七 基本的人権
 くうしゅうでやけたところへ行ってごらんなさい。
やけたゞれた土から、もう草が青々とはえています。
みんな生き生きとしげっています。
草でさえも、力強く生きてゆくのです。
ましてやみなさんは人間です。
生きてゆく力があるはずです。
天からさずかったしぜんの力があるのです。
この力によって、人間が世の中に生きてゆくことを、だれもさまたげてはなりません。
しかし人間は、草木とちがって、たゞ生きてゆくというだけではなく、人間らしい生活をしてゆかなければなりません。
この人間らしい生活には、必要なものが二つあります。
それは「自由」ということと、「平等」ということです。
(『あたらしい憲法のはなし』文部省 昭和22年)
 人間がこの世に生きてゆくからには、じぶんのすきな所に住み、じぶんのすきな所に行き、じぶんの思うことをいい、じぶんのすきな教えにしたがってゆけることなどが必要です。
これらのことが人間の自由であって、この自由は、けっして奪われてはなりません。
また、国の力でこの自由を取りあげ、やたらに刑罰を加えたりしてはなりません。
そこで憲法は、この自由は、けっして侵すことのできなものであることをきめているのです。
 またわれわれは、人間である以上はみな同じです。
人間の上に、もっとえらい人間があるはずはなく、人間の下に、もっといやしい人間があるわけではありません。
男が女よりもすぐれ、女が男よりおとっているということはありません。
みな同じ人間であるならば、この世に生きてゆくのに、差別を受ける理由はないのです。
差別のないことを「平等」といいます。
そこで憲法は、自由といっしょに、この平等ということをきめているのです。
 国の規則の上で、何かはっきりとできることがみとめられていることを、「権利」といいます。
自由と平等とがはっきりみとめられ、これを侵されないとするならば、この自由と平等とは、みなさんの権利です。
これを「自由権」というのです。
しかもこれは人間のいちばん大事な権利です。
このいちばん大事な人間の権利のことを「基本的人権」といいます。
あたらしい憲法は、この基本的人権を、侵すことのできない永久に与えられた権利として記しているのです。
これを基本的人権を「保障する」というのです。
 しかし基本的人権は、こゝにいった自由権だけではありません。
まだほかに二つあります。
自由権だけで、人間の国の中での生活がすむものではありません。
たとえばみなさんは、勉強してよい国民にならなければなりません。
国はみなさんに勉強をさせるようにしなければなりません。
そこでみなさんは、教育を受ける権利を憲法で与えられているのです。
この場合はみなさんのほうから、国にたいして、教育をしてもらうことを請求できるのです。
これも大事な基本的人権ですが、これを「請求権」というのです。
争いごとのおこったとき、国の裁判所で、公平にさばいてもらうのも、裁判を請求する権利として、基本人権ですが、これも請求権であります。
 それからまた、国民が、国を治めることにいろいろ関係できるのも、大事な基本的人権ですが、これを「参政権」といいます。
国会の議員や知事や市町村長などを選挙したり、じぶんがそういうものになったり、国や地方の大事なことについて投票したりすることは、みな参政権です。
 みなさん、いままで申しました基本的人権は大事なことですから、もういちど復習いたしましょう。
みなさんは、憲法で基本的人権というりっぱな強い権利を与えられました。
この権利は、三つに分かれます。
第一は自由権です。
第二は請求権です。
第三は参政権です。
 こんなりっぱな権利を与えられましたからには、みなさんは、じぶんでしっかりとこれを守って、失わないようにしてゆかなければなりません。
しかしまた、むやみにこれをふりまわして、ほかの人に迷惑をかけてはいけません。
ほかの人も、みなさんと同じ権利をもっていることを、わすれてはなりません。
国ぜんたいの幸福になるよう、この大事な基本的人権を守ってゆく責任があると、憲法に書いてあります。
  十五 最高法規

 このおはなしのいちばんはじめに申しましたように、「最高法規」とは、国でいちばん高い位にある規則で、つまり憲法のことです。
この最高法規としての憲法には、国の仕事のやりかたをきめた規則と、国民の基本的人権をきめた規則と、二つあることもおはなししました。
この中で、国民の基本的人権は、これまでかるく考えられていましたので、憲法第九十七条は、おごそかなことばで、この基本的人権は、人間がながいあいだ力をつくしてえたものであり、これまでいろいろのことにであってきたえあげえられたものであるから、これからもけっして侵すことのできない永久の権利であると記しております。
 憲法は、国の最高法規ですから、この憲法できめられてあることにあわないものは、法律でも、命令でも、なんでも、いっさい規則としての力がありません。
これも憲法がはっきりきめています。
 このような大事な憲法は、天皇陛下もこれをお守りになりますし、国務大臣も、国会の議員も、裁判官も、みなこれを守ってゆく義務があるのです。
また、日本の国がほかの国ととりきめた約束(これを「条約」といいます)も、国と国とが交際してゆくについてできた規則(これを「国際法規」といいます)も、日本の国は、まごころから守ってゆくということを、憲法できめました。
 みなさん、あたらしい憲法は、日本国民がつくった、日本国民の憲法です。
これからさき、この憲法を守って、日本の国がさかえるようにしてゆこうではありませんか。
                       おわり
(『あたらしい憲法のはなし』文部省 昭和22年)
昨日紹介した
社会も医療もペストが変えた 人類の歩みに感染症あり」(朝日新聞 5月1日)
にもあったのですが、SARSとMERSと比べて、賢くなっています。
知らぬ間に感染し、他の人に感染を広げている。

大学病院外来検査で1%抗体検出」(関西 NHK 5月1日)

神戸市病院「外来患者3%抗体」〟(関西 NHK 5月3日)