今朝も日ざしが眩しいほどの暖かさでした(^_^;
今日は「い(1)い(1)歯(8)の日」
そして「刃物の日」なんだそうです(^。^)
「鍛冶職人らが使う送風器具、
鞴(ふいご)をまつる鞴祭が行われることにちなむそうです。」(国立公文書館)
昨日の記事で紹介した白鳳地震について転記します。
684年白鳳地震
この地震は天武天皇13年10月14日(684年11月26日)の夜に発生した。
根本資料は六国史の最初の『日本書紀』(720年完成)だけだが、
南海巨大地震の特徴をよく伝えている。
美術史上の白鳳時代なので「白鳳地震」と呼ばれてきたが、「天武地震」ともいわれる。
『日本書紀』は10月14日の条でつぎのように述べている(意訳)。
人定(いのとき 22時頃、「じんてい」と読むと20時頃)に大地震。
国を挙げて男女が叫び逃げまどった。
山が崩れ河が涌いた。
諸国の郡の官舎・人々(良民)の倉屋・寺社の破壊したものは数えきれず、
人畜が多数死傷した。
伊予湯泉(いよのゆ 松山市の道後温泉、宮があり複数の天皇が行幸)が出なくなり、
土佐国の田苑(たはた)50余万頃(しろ 令制の1000町歩余り、約12万k㎡余り)が
没(うも)れて海になった。
古老は「このように地が動くことは未だ曽て有らず」と言った。
同書の別の日の記述から、土佐で大津波があり、
また牟婁温泉(むろのゆ 和歌山県白浜温泉の一部の湯崎温泉。
旧本宮町の湯峯温泉とする説もある)が湧出停止したと考えられている。
(『叢書 震災と社会 南海トラフ巨大地震――歴史・科学・社会』
石橋克彦 岩波書店 2014年)
当時の皇居は飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや 奈良県明日香村)だが、
そのあたりの具体的な被害や修復の記録はなく、
翌々日には多くの王卿に禄物を賜った記事があり、
この付近の震度は高々5弱程度だったかもしれない。
ただし浄御原宮推定地に近い丘陵上の酒船石(さかふねいし)遺跡に
地滑り・崩壊跡があり、本地震で崩れた可能性があるという。
和歌山市の川辺(かわなべ)遺跡と淡路島南部の
汁谷(しるたに)遺跡(南あわじ市)にもこの時代の液状化跡がある。
範囲は不明だが諸国の地震動被害、土佐の沈水と津波、
道後温泉の湧出停止は、これまでみてきた南海巨大地震の特徴だから、
本地震もそうだったと考えてよいだろう。
この地震によると推定される津波堆積物が
大分県の龍神池と高知県のただす池(須崎市)
および蟹ヶ池(土佐市)で確認されており、
龍神池の堆積物は宝永地震より厚いという。
ただし、宝永・康安両地震の項で述べたように、
このことだけから本地震が東海地震と同時発生したとは結論できない。
また、宝永地震より大きかったとも断定できない。
総覧はMを8 1/4としている。
(『叢書 震災と社会 南海トラフ巨大地震――歴史・科学・社会』
石橋克彦 岩波書店 2014年)
東海地震が、同時か近接時期に起こったどうかに関しては、
この時代の液状化跡が愛知県一宮市の田所(たどころ)遺跡(7世紀後半頃)、
静岡県袋井市の坂尻(さかじり)遺跡(7世紀後半)、
静岡市の川合(かわい)遺跡(7世紀後半)に認めれ、
「白鳳東海地震」の存在が示唆されていた。
しかし、遺跡に近い別のM6~7級地震が原因かもしれず、断定はできなかった。
ただし、尾鷲市の須賀利(すがり)大池と志摩半島東端の志島低地で
本地震によると思われる津波堆積物が認められ、
震源域が熊野灘まで広がっていると考えられた。
さらに最近、静岡県磐田市の元島遺跡周辺で
7世紀後半と推定される津波堆積物が発見され、
「白鳳東海地震」も起きたことが確実になった。
南海地震と同時かどうかまではいえないが、
別の日に発生したのであれば記載されるはずの『日本書紀』に
それらしい地震記事がないことから、同時だった可能性が高い。
川合遺跡の地震跡により震源域が駿河湾内まで及んでいた可能性も考えられるが、
同湾北岸の浮島ヶ原の湿地堆積物の調査から、
本地震の際にそこが沈降した可能性が指摘された。
それが事実ならば震源域が駿河湾北岸まで達していたことになる。
(『叢書 震災と社会 南海トラフ巨大地震――歴史・科学・社会』
石橋克彦 岩波書店 2014年)
『日本書紀』は地震記事に続けて音響と「伊豆島」増益の話を記している。
これは伊豆大島か神津島の噴火ではないかといわれてきたが、まだよくわかっていない。
太田陽子や私たちは式根島で変動地形調査をおこない、
本地震で隆起したといえるかもしれないデータを得たが、
総合的に考えるとその可能性は低いと思われる。
(『叢書 震災と社会 南海トラフ巨大地震――歴史・科学・社会』
石橋克彦 岩波書店 2014年)
「南海トラフ検討会『変化なし』」
急降下して
水面に浮かぶ虫(アメンボ?)を朝ご飯にしていました。
キセキレイ 黄鶺鴒 セキレイ科 全長約20cm
尾が長くて体は細くスマートな小鳥。
上面は青灰色で眉斑(びはん)は白く、下面は黄色。
羽は黒くて外側尾羽は白く、飛び立つ時に目立つ。
飛ぶとつばさに白い細い線が出、腰は黄色く見える。
繁殖期のおすはのどが黒くなる。
めすにものどが黒いものや黒い斑のあるものもいる。
九州以北で繁殖し、北の地方や山地のものは冬、暖地へ移動する。
平地から山地の川、池、湖沼等にすみ、市街地の公園の池や川にもいる。
水べの地上を歩いて昆虫やクモをあさり、立ちどまって尾羽を上下に振る。
飛び立って空中でカゲロウ等をとることもある。
木の茂み、石垣の間、がけの凹み、人家のすき間、橋の下等に巣を作り、
おすは木のこずえ、電線、屋根、石等にとまって
チチチッチチチチッ、ツィツィツィとさえずる。
屋根の上を歩いていることも多い。
大きな波形をえがいてチチン、チチンと鳴きながら飛ぶ。
イシタタキ、ケツフリ、チンチンドリ等、地方名は多い。
(『自然観察シリーズ[20]<生態編>バードウォッチング』
高野伸二 小学館 昭和58年)
モズはものまねでハートを射ぬく
二枚舌というといい印象はありませんが、百枚ともなればたいしたもの。
モズは「百舌鳥」と漢字で書くとおり、いろいろな声音を出せる鳥です。
モズの声といえば、秋に「キチキチキチ……」と鳴く「高鳴き」が印象的ですが、
繁殖期には、ほかの鳥のさえずりをまねすることで知られています。
庭の木からオオヨシキリの「ギョシギョシ、ギョウギョウシ」の
鳴き声が聞こえてきた直後に、
同じ場所でヒバリの「ピーチク、ピーチク……」というさえずりが
はじまってびっくりということがあります。
そんなときは、一呼吸おいて「モズか!」とツッコミを入れるまでがお約束です。
(『トリノトリビア 鳥類学者がこっそり教える 野鳥のひみつ』
川上和人 マツダユカ他 西東社 2018年)
ほかの鳥だと、キビタキがコジュケイやツクツクホウシのような鳴き方をしたり、
カケスがサシバやクマタカなど猛禽類の鳴きまねをしたりします。
さえずりを行うのはスズメ目スズメ亜科に属する種で
「鳴禽類(めいきんるい)」ともよばれますが、
じつは鳴きまねをする鳥は、世界中の鳴禽類の約20%にも及ぶそうです。
鳴きまねができる鳥は、まねをインプット、アウトプットする発達した脳と、
複雑な声を出すための器官をもちます。
そして、年をとっても学習を続けるタイプの鳥だといわれています。
(『トリノトリビア 鳥類学者がこっそり教える 野鳥のひみつ』
川上和人 マツダユカ他 西東社 2018年)
ではなぜ、別の種のさえずりをまねするのでしょうか。
メスにモテるためというのがひとつの説です。
まねする鳥の多くでは、レパートリーが多いほどモテるといわれています。
ほかにも、複雑な鳴き声でライバルを追い払っているとする説もあります。
(『トリノトリビア 鳥類学者がこっそり教える 野鳥のひみつ』
川上和人 マツダユカ他 西東社 2018年)
雀ではありませんが(^_-)
茶の花 ニ 隠(かくれ)んぼする雀哉
(『古典俳文学大系15 一茶集』
丸山一彦 小林計一郎校注者 集英社 昭和45年)
コサギがびんぼうゆすりをしながら朝ご飯を探しているそばで…
アオサギは水面を見つめたまま立ちすくんでいました(^^ )
コサギ[小鷺] ペリカン目サギ科
大きさ:全長61cm
見られる季節:通年
見られる場所:公園の池、湖沼、河川、水田
浅い水辺で餌を探し樹上に巣をつくる
鳴き声:グワァーッ、ギュエー
川辺で見られるシラサギの代表格
川で見られる鳥と言えばシラサギ。
そんなシラサギの中で、もっとも見かけやすいのが
このコサギ。
コサギなんて言いつつも、全長60cm以上もある。
真っ白な体と、真っ黒いクチバシと脚に対して、
足先だけが黄色い。
なんと、この黄色の足先を揺らして魚を捕まえる。
(『子どもと一緒に覚えたい 野鳥の名前』山崎宏監修 momobook 2018年)
「トランプ大統領 司法長官を解任 ロシア疑惑捜査への影響注目」
というニュースを見ながら思うのは
アメリカでは、大統領に意見を言える人がいるんだなと思う。
我が国とは大違いですよね…
追記)又吉直樹のヘウレーカ!「インフルエンザに何度も“とりつかれる”のはなぜ?」
録画を見たのですが、なるほどと思いました(^。^)
今夜午前0時30分から再放送です(*^O^*)/
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申し訳ありませんが,日本語だけを受けつけますm(_ _)m