2018年11月24日土曜日

日ざしが暖かい(^-^)

今朝は暖かい青空(^-^)
予想通りロシアの票が伸びずに大阪に決定しました。
知事さんたちは万博招致でバラ色の大阪を想定されているようだけど
オリンピックのように当初予算はどんどん膨らみそうですし…
台風や地震などの自然災害、
熱中症予防やインフルエンザ・風疹などの感染症対策が十分できたうえで
外国からの訪問者をもてなすことができるかなと不安のほうが大きいです。
内田樹さんが呟いていることに共感します。

大阪万博招致が決定したとのこと。「え」と絶句。
「金が欲しい」以外に何の動機もない万博の開催が
どのような悲惨なかたちで終わるのか、想像すると悲しくなってきます。

よわよわと、日の行きとどく。枯れ野かな  麦水(ばくすい)

  雪も近い初冬にある日。
  おだやかな、しずかな一日。
  ななめの日ざしが遠くまで枯れ野にあたっている。

 何度も雨や霜に降られて、いちめんの草が枯れた野原が、枯れ野で、冬の季題です。
ここでは、<加越(かえつ)の平原を過(す)ぐる日>と題がありますので、
石川・富山県あたりの平野を旅しているときの句です。
まだ野にまでは雪がこないころでしょう。
<日の行きとどく>は、仰角(ぎょうかく)の低い冬の日が、
上からというのではなく、横からながくさしこむことで、
ながい自分の影がいっそうその感じを強めます。
冬には、案外しずかで、やわらかな日があるものです。
それで、すっかり枯れはててなにもさえぎるもののない野には、
どこまでもどこまでも、冬の弱くあわい日がさしわたっている。
そういう枯れ野であることだという意味で、
枯れ野を旅する人のしずかな歩みや息づかいが感じられる句です。
(『俳句・俳人物語 古典文学全集25』池田彌三郎 ポプラ社 1996年)
 堀麦水(ほりばくすい 1718ー83年)は、金沢の蔵宿(くらやど)の家に生まれました。
蔵宿とは、札差(ふださ)しとほぼおなじもので、
武士の封禄(ほうろく)である扶持米(ふちまい)をあずかり、
それを売って利ざやを取ったり、
米をかたに金子(きんす)を貸したりした藩指定の商人、富豪のことです。
麦水はいろいろな芸事に通じ、俳諧は希因門下(きいんもんか)でしたが、
そのふうにあきたらなくなり、宝暦(ほうれき)末ごろから、
芭蕉に傾倒(けいとう)しだしました。
博学(はくがく)だったことも手伝って、いろいろ探索した結果、
『虚栗(みなしぐり)』が、芭蕉の境地を探求するのにいちばん適していると考え、
虚栗調を提唱しました。
それで、漢文口調の句を多く作っています。
麦水の意気ごみや主張はわかり、革新運動の異色としてみとめることはできますが、
その句風はうけいれられず、ついに完成しないままにおわりました。
『虚栗』の漢文調は、芭蕉がたどった道ではありますが、
それは過程であって、成果ではなかったからです。
しかし、その議論は聞くべきものがあります。
153ページで季語・季題についてふれましたが、
麦水はおよそつぎのようにいっています。
すなわち、季書(きしょ)は貞徳門(ていとくもん)にまかせておけばよいので、
芭蕉には季書はない。
発句(ほっく 俳句)を作るには、題から考えるのではなく、
精神を集中してそのころのことをのべればそれでいいので、
あとは句のほうで、しぜんに季にあたってきて、それにまかすべきだ、というのです。
(『俳句・俳人物語 古典文学全集25』池田彌三郎 ポプラ社 1996年)
その例として、芭蕉の
子どもらよ。昼顔咲きぬ。瓜むかん>では、
うりと昼顔が季題(夏)であるが、
それでも主題は、老心(ろうしん)が子どもや孫を愛するということだけにあること、
また<(なん)の木の花ともしらず(にお)ひかな>は、
春の部にはいっているが、この句は、芭蕉が、四月(旧暦では夏)に
伊勢の神垣(かみがき)で作ったものであるなどと説いています。
当時としては、卓見(たっけん)ある理論といわねばなりません。
つぎに麦水の句をもうひとつ。

  椿落ちて、一僧(そう)笑ひ、過ぎ行(ゆ)きぬ

 つばきがぽとりと落ちた。
すれちがったひとりの僧が、ふくみ笑いをしていったという句で、
無気味(ぶきみ)さがただよいます。
僧の笑いは、作者にも、意味を理解することのできない笑いでしょう。
(『俳句・俳人物語 古典文学全集25』池田彌三郎 ポプラ社 1996年)
季語・季題を分類して集めた書物を、古くは季寄(きよせ)といい、今の歳時記です。
俳句には、まず季題が必要ですから、俳句の題材が増えるにしたがって、
季題もだんだん増加していくことが考えられますが、実際にはどうでしょう。
慶安(けいあん)元年(1648年)に刊行された
北村季吟(きぎん)の『山の井(やまのい)』では、主要な季題百十余(よ)があげられ、
その題下の関連語のなかで独立した季題とみとめられるものをくわえると、
千三百ほどの季題があります。
つぎに、江戸中心の歳時記として有名な享和(きょうわ)3年(1803年)刊行の
滝沢馬琴(たきざわばきん)の『俳諧歳時記』では、二千六百余、
その増補である嘉永(かえい)4年(1851年)の『俳諧歳時記栞草(しおりぐさ)』では、
三千四百二十余の季題があげられています。
現在も多くの歳時記がありますが、
その一例として平凡社版の『俳句歳時記』をあげると、
じつに、季題は四千三百九十ほどもあるのです。
さらに、一万五千も集録しているものもありますが、
実際に使用される季題は、数百を出ないだろうといわれています。
(『俳句・俳人物語 古典文学全集25』池田彌三郎 ポプラ社 1996年)

尉鶲 じょうびたき
 鶲、火焚鳥(ひたきどり)、紋付(もんつき)、団子背負(だんごしょ)

 秋にやってくるスズメくらいの大きさの鳥です。
「尉(じょう)」とはおじいさんのことで、
灰色の頭を白髪にみたてて名づけられました。
「ヒッヒッ」と鳴き、明るい林や公園などにすみます。
灰褐色とオレンジの独特の美しい色をしていて、
つばさに白い模様があることから「紋付」「団子背負い」という季語にもなっています。
警戒心のうすいことから「紋付き馬鹿っちょ」という、かわいそうなよび名もあります。
(『いきもの歳時記<秋>』古舘綾子 文、
        小林絵里子 絵、舘あきら他 写真 童心社 2011年)
   きた
(なに)もせで若(わか)き頼(たの)みに経(へ)しほどに
             身はいたづらに老
(を)いにけらしも

通釈】  きた
何もしないで、若さを頼りにして過ごしたうちに、
我が身はむなしく年老いてしまったようであるよ。

語釈
きた 方角の北。第二句に隠す。
若き頼み 若さ故に持つ、将来への期待をいう。
官人として出世する期待を抱いていたことをいうのであろう。
老いにけらしも 年を取ったらしい。
「けらしも」は『万葉集』由来の表現。
(『好忠百首全釈 歌合・定数歌全釈叢書二十
        筑紫平安文学会 風間書房 2018年)
化石の名前で生きています
メタセコイア ヒノキ科
[木をおぼえる短歌]
太古からタイムスリップ メッチャセコイア 
  実にはクチビル 対生の葉っぱ

 約80万年前まで日本にいた木なのですが、
今植えられている木は、どんなに多くても100歳を超えていません。
化石植物だったメタセコイアと同じ木が中国で発見され、
1949年以降にアメリカ経由で日本に苗木がもたらされました。
逆算すると最初期に植えた木であっても、2020年は約71歳です。
ほとんど挿し木で増やされています。
 葉は対生で柔らかく、秋には紅葉し、落葉します。
マツボックリはサクランボのようにぶら下がりますが、
落ちているのをよく見ると、リアルな唇が見えます。
かなり精巧に彫られたかのような唇がたくさんついていて、
上の方では笑い、下では怒っています。
幹の樹皮は茶色く剥がれ、筋張っている感じを「痩せマッチョ」と呼ぶ学生がいました。
どの木にも共通するのですが、木は毎年年輪を太らせ、
大きくなってからも同じように太らせるのは、結構支出が大きいのです。
そこで風などで揺れる時、力がかかるところだけ太らせるようになります。
メタセコイアの切り株を見ると、成長が早く年輪幅がかなり広いのですが、
ある年から突然でこぼこになり始めます。
年輪をながめながら「この年に大人になったんだねえ」と目を細めます。
材としては柔らかいし弱くて使えませんが、要所要所はしっかり支えています。
 一度日本で絶滅しているメタセコイア。
「めっちゃせこい」と子どもにからかわれても動じません。
(『散歩が楽しくなる 樹の手帳』岩谷美苗 東京書籍 2017年)
紅葉を楽しむ
 きれいな紅葉を拾ってきても、少し時間がたつと葉がちぢれたり、
色がくすんでしまったりしたことはありませんか。
紅葉の鮮やかな色があせるのは湿気と紫外線のせいだといわれています。
 そこで鮮やかな色を退色させない方法として、
もっとも簡単な方法は押し花にすること。
押し花にするには、市販の押し花キットを利用する方法もありますが、
自宅にあるもので押し花にできます。
紅葉をちぢまないように新聞紙(底の平らな皿でも、乾燥シートでも可)などにはさんで、
重しになるお皿などを乗せて電子レンジで2分ほど加熱します。
 加熱して水分を取り除いた紅葉をラミネートフィルムにはさんでアイロンかけします。
すると密封されるため退色しにくくなるのです。
 紅葉のてんぷらは関西地方の紅葉の名所とわれる場所に行くと食べることができます。
てんぷらといっても紅葉のてんぷらは、揚げ菓子のようにパリパリしています。
塩をふってしばらくおいた紅葉に、水で溶いたテンプラ粉を片面だけつけ、
180度くらいの油で揚げます。
また湿気ないように、採取してきた紅葉を
塩を入れた容器のなかにさして楽しむ方法もあります。
(『フシギがいっぱい!都会の自然観察がおもしろい-身の回りの生き物探し-
           アクア・ルーム編 技術評論社 2005年)
紅葉のメカニズム
 秋が深まり気温が低下すると、水分を吸収する樹木の働きが衰えてくる。
すると茎と葉の間にある〝離層〟と呼ばれる組織がコルク状に変化し、
葉にいく水分や養分の流れを制限してしまう。
すると光合成によって葉でつくられていた糖分やデンプンが、
茎の方に流れなくなり葉に蓄積される。
蓄積された糖分は酵素の働きで赤や黄色の色素に変化し、
同時に葉の緑色をつくっている物質が
紫外線やアミノ酸などによって分解されて緑が色素が減少する。
やがて赤や黄色の色素が目立つようになり葉は紅葉に変化する。
(『フシギがいっぱい!都会の自然観察がおもしろい-身の回りの生き物探し-
               アクア・ルーム編 技術評論社 2005年)

4 件のコメント:

  1. セーターばあば2018年11月24日 22:44

    ご免ください

    万博、決まりましたね。
    オリンピックも心配です。本当に大丈夫なんでしょうか?

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    1. 前の万博では岡本太郎さんが反骨精神を出して太陽の塔を制作しました。
      岡本さんのような人が現れるとは思えないし
      推進している人たちに何の未来像もないように思えます。
      カジノや万博を誘致することの経済効果しか考えていないと思います。
      その結果がどうなるか不安です。

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  2. kazeさん

    こんばんは
    万博決まりましたね

    オリンピックの二の舞になるのでは?
    と心配です

    ローマはオリンピック、
    パリは万博を、
    それぞれ立候補とりやめましたね。

    打ち上げ花火のあと
    どんな社会になるのか
    本当に怖いです。

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    1. becoさんこんばんは(*^O^*)/

      >ローマはオリンピック、
      >パリは万博を、
      >それぞれ立候補とりやめましたね。

      国際的な行事を開催する目的が「経済効果」ばかりを強調するようになりましたね
      でも祭の後の…後始末で負担を強いられるのは国民ですよね。
      万博は7年後なのでKazeは地元でも見に行っても話の種に一度位は行くかな?
      でも、猛暑の時期や人混みの中は無理ですね…体力がない…
      70年の万博でも1回行っただけで人混みに耐えられなかったような…

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申し訳ありませんが,日本語だけを受けつけますm(_ _)m