2018年1月26日金曜日

晴れていたけど…

今朝も寒くて手袋をしていても指先が冷たいです。
そんな寒い冬にビワの花が咲きます。
メジロが来て蜜を吸っている姿を見かけますが
早朝の番組でハチが集めてくれるびわ蜜を紹介していました。
南房総のびわ蜜 冬にとれる幻のハチミツ」(2015年放送)

空から白っぽいけど雪ではないのが落ちて来た。
見上げるとカワラヒワが食事中
雀なかよく霽(は)れわたるおしやべり
(『山頭火大全』講談社 1991年)
サクラの冬芽
葉痕が空を見上げて「暖かくなれ!」って叫んでいるみたいです(o゜▽゜)o
羽づくろいの中で重要な行動に、尾羽の付け根にある脂腺から出る脂を羽毛に塗り付けることがあります。
この脂には防水の意味があり、水鳥にとっては特に重要な行動です。
平塚市博物館
朝焼けの雲ゆく空をひと群のツグミと思ふ高く渡りぬ  大悟法 進
(『昭和萬葉集 巻二十 
     昭和五十年の回顧 昭和50年』講談社 昭和55年)
ヤマガラが頭をかいかいしていました(頭かき)。
昔はよくおみくじ引きの芸を仕込まれたヤマガラ。
生きている限りは2羽がずっと離れないともいわれる、つがいの絆のかたい鳥。
(『鳥のおもしろ私生活』)
 巻第五 818
春さればまづ咲く宿の梅の花ひとりみつつや春日くらさむ
              筑前守山上大夫(山上憶良)

歌意
春になるとまず咲く宿の梅の花を一人見ながら春の日を過ごそう。

語釈
春されば 「されば」は「さりくれば」と同じで来る意になる。
「去来」は「緩急」が緩よりも急の意味が主となるように、来るの方が主になる。
「去り来れば」の「来る」が略されても来るの意になる。
『万葉集』にも、「春されば」「夕されば」「春さりくれば」、その他多く見える。
「さる」を動く意味にとって、来る意とする説もあるがむしろ「去り来る」からきたとみたい。
まづ咲く宿の 宿は旅人の家とみるよりは憶良の家のことを指したとみたい。
そうすると憶良の家にも梅の花が咲いていたとみるべきであろう。
ひとりみつつや 「や」は感動の助詞である。
憶良が梅の花を一人で見ていることを指す。
旅人の家で皆と一緒に梅の花を見ながらこのように一人見るということは矛盾であるとする説もあるが当たらない。
憶良は多くの人と梅の花を見ながら一人家で梅の花を見た時のことを思い出しているところに、その孤独性が認められる。

鑑賞
 憶良は多くの人の中でも一人を生きる心情がその歌にしばしば見える。
憶良らは今やまからむ子泣くらむその彼の母も吾を待つらむぞ」の歌においても宴席に同化できずその席から離れていく。
このばあいも宴席にとけこまない心情が見えて憶良らしい歌として注目される。
宴席の際にもこういう歌を詠んでいる憶良は孤独な生き方であったと言わざるを得ない。
(『万葉秀歌(三)』)
久しぶりに父も散歩に来ました(^-^)
父の撮す画像には、よくハクセキレイのつがいが登場します。
ハクセキレイに出会うと何枚も撮しています。
母がハクセキレイのつがいに出会うと喜んでいたことを思い出しているのだと思います。

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