2020年1月31日金曜日

早いな…

今日で1月も終わり…
曇り空で少し青空が見えたけど、風が冷たかったので冬空でした。
ジョウビタキ♀がいると思ってカメラを向けると…
鳥が吐き出す行動に注意しよう。
ペリットを吐く直前には、口を大きく開けたり、頭を上下させたりして、しゃっくりのようなしぐさを見せることが多い。
(『鳥のフィールドサイン 観察ガイド』箕輪義隆 文一総合出版 2016年)
この後も、別のジョウビタキ♀がジーッとしているので見ていると
種?を吐き出していました。
(「ペリット」日本野鳥の会 野鳥ことば事典ハ行
肺炎 京都の中国人留学生が感染」(NHK 関西)
中国からの留学生、新型コロナウイルスでないようにと祈るような気持だっただろうな…
感染したことが、まるで犯罪者のような立場になっているのではないかと思う。
これから東京オリンピック・パラリンピックを迎えるのだけど収束しますように…
大阪では、万博2025年開催に浮かれているけど
訪日客がお金だけを落としてくれるというのは虫がいい話。
これだけ世界が狭くなったら感染症も侵入してくるのは必然だし
訪日した人が逆に感染症になることも当然ある。
風疹対策強化 企業に要請へ 五輪・パラ前に 厚労省」(NHK)
去年、マダニに噛まれた時は、感染症にかかっていないか
潜伏期間といわれる日にちをどきどきしながら過ごしました。
マダニが媒介 新ウイルス検出 感染症研究所」(NHK)
今は、医学が発達して感染症の知識もあるけど、明治時代は…
文明開化東京』より「伝染病予防規則布告」を転記しますφ(..)
なお明治時代は「東京府」、昭和18年から「東京都」。

4.東京府を設置」(国立公文書館)

17. 東京都制」(国立公文書館)
伝染病予防規則布告
 文明開化の世とはなっても、やはり人間の死――病気ということは大きな問題であった。
病気の治療法も、幕末西洋医学の研究が進むにつれて、よほど進歩したといえる。
(『文明開化東京』川崎房五郎 光風社出版 昭和59年)
天然痘の大流行
 ただ、こわいのは伝染病。
何千という生命をうばう親玉は江戸ではまずコレラと天然痘だった。
幕府も江戸に種痘館を設けて、近代科学の恩恵をうけることをすすめたが、市民はよういにその効果を信ぜず、ここを訪れる人も少なかった。
 明治になって、府も対策に本腰を入れ、2年6月、種痘館のほか六ヶ所と種痘する医師の名を布告して、市民に種痘をすすめたが、まだ規則や法令として出すにはいたらなかった。
 だが、天然痘は江戸時代から一たび患者を出すと大流行をするのが常で、死亡率も高く、やたらと市中にアバタ面をした人々がうようよしていた。
 明治7年という年は日本医学の基礎となった「医制」のしかれた年であるが、この年の4月ごろから、東京に天然痘が発生して、翌年の春まで大流行した。
新聞までが「小野の小町のような美人もかかれば醜怪となる。早く種痘をうけよ」とさけんだが、まだこれをうけぬものが多く、遂に死者だけで三千をこす有様であった。
今の23区の区域だけで、こんなにも天然痘で死者を出すなんて信じられないほどである。
この結果、9年5月天然痘予防規則が公布されたが、これも内容は種痘奨励にすぎなかった。
 「コロリ
 伝染病として最もおそれられていたのはコレラで、安政5年の大流行は江戸だけで死者2万2千を出し、あまりにたやすく死ぬので「コロリ」とよばれる程で、焼場が棺の行列でまにあわぬほどだったという。
この恐怖は市民の語り草となって伝わっていた。
ところが明治10年アモイでコレラが大流行という情報が入ったため、大騒ぎになり、8月内務省はコレラ病予防心得を公布、各府県に通達した。
まずこれが伝染病予防法のもとになったといってよい。
 しかし、この苦心にもかかわらず、9月長崎から横浜東京とコレラが侵入、10月末には1日平均2百人をこえる患者が出、府の愛宕下に臨時病院を設けたり、深川・浅草に貧困者の収容所を作ったり警視庁が避病院をもうけたりして活躍したが及ばず、死者5千人をこえ、寒さに向って漸く12月終わった。
法定伝染病の指定
 全国的には、12年にも流行しそうであったので、政府はコレラ・腸チフス・赤痢・ジフテリア・発疹チフス・天然痘の6種を伝染病に指定、明治13年7月9日「伝染病予防規則」が公布された。
まず予防の基礎が出来たわけである。
 府や警視庁がこれの予防心得書を配って充分手をうったにも拘わらず、明治15年には5月から8月までまたまたコレラが大流行し、10月に終るまでに5千人をこす死者を出してしまった。
ただこの時本所、大久保、芝、本郷、日本橋と逐次避病院が開かれたほか、消毒法が強化され、患者の排泄物は桶や箱に入れて密封、焼却場で焼くとか、便所や芥溜下水には石炭酸水や硫酸鉄をまくなど、ほぼ今の伝染病対策に近い処置がとられたことは、東京の伝染病対策の上に画期的なことといってよい。
だがその努力も空しく、木管水道がわざわいして、間もなく、明治19年再びコレラの大流行に見舞われた。
脚気も伝染病?
 しかし、ここまでくるまでには医学の発達もあるが、当事者は大変だった。
何しろ迷信の横行していた時代である。
神社のおふだを飲んだってコレラはなおりはしない。
これに科学の光をあててゆこうというのだから容易ではない。
 コレラでさえ、江戸時代町奉行から出た通達は、衣類は厚着にせよとか、わさび、大根おろし、生姜をたべよとか、香りの強い薬を冷水でのめなどという幼稚な注意書きで、文久2年の流行の時などコレラ除けとして江戸中でみこしをかざり、山車(だし)を出し、おどり歩くといったことをした。
こんなことでコレラが下火になることなんかあり得ないのだが、これが明治初年まで尾を引いていた。
そうした迷信をなおしてゆくのには随分骨のおれる仕事だったのだ。
いやそれよりまだ、脚気が市民に流行し、伝染病と思われたこともあったくらいである。
 東京府でも原因不明の病として明治12年本郷弥生町にわざわざ脚気病院をたて研究治療にのり出すほどだった。
15年には、脚気も普通の病気だとわかって東大医学部管下におかれたが、それまで、とにかく脚気病院があったことなどおもしろいと思う。
(『文明開化東京』川崎房五郎 光風社出版 昭和59年)
このような迷信などに惑わされることをおかしいと思いますか?
今でもSNS上では、誤った情報が飛び交っているみたいです。
不審な情報に惑わされないようにしたいのですが
不安になると、ついつい信じてしまう。
私も注意したいなと思います。
医学が発達した現在でも誤った処方(情報)で命を失うこともあります。
思い出すのはO157の時に、下痢止めを服用したことで病原菌を増殖させ
その毒素で亡くなった方がいたことを思い出します。

O-157病原性大腸菌(腸管出血性大腸菌)について」(大阪大学 教授 本田武司 微生物病研究所)

なぜ、感染症などが広がったのかを『現代の感染症』より
病気が世界中にひろがった」を転記しますφ(..)
病気が世界中にひろがった
 サルファ剤や抗生物質の発見とワクチン開発は、たしかに感染症の死亡者数を減少させました。
これが、あたかも感染症にとどめを刺したように思われ、「20世紀の奇跡」とよばれました。
それによって人口が増加しました。
現在の地球人口は約55億人と推定されており、指数的に増加しています。
人口の集中は都市化をうながし、さらなる人口増加は都市の郊外化をもたらしました。
さらに、いままで人間が入らなかった地域に人間を進出させました。
また、民族、宗教や国家の利害のからみから、抗争や内戦、国家間の戦争が引きおこされました。
戦争で家を失うのは一般の住民です。
かれらは家を失い、難民となって四方に散らばりました。
と同時に、やむなく密林の奥まで行動範囲がひろがりました。
(『現代の感染症』相川正道、永倉貢一 岩波新書 1997年)

世界人口推計2019年版:要旨 10の主要な調査結果(日本語訳)」(国際連合広報センター)
 病原体の「眼」には、自己が増殖するにふさわしい「培地」が増えたように映ったにちがいありません。
こうしてヒトは新たに、人間の行動範囲外であった地域に古来からある感染症との接点をもつことになったのです。
いま世界的に流行しているエイズは、もともと中央アフリカの密林奥地の病気でした。
おそらく、チンパンジーや現地人のあいだに細々と病気があったのでしょう。
ライム病は、ヒトが野生のシカにつくダニのすむ地域に進出したことによる結果です。
朝鮮戦争当時、兵士が原野に入って感染した朝鮮出血熱(正式には腎症候性出血熱)は、ソウル市郊外のネズミのすむ原野に人間が居住するようになったことによって感染者を増やしました。
 それだけではありません。
ペスト、コレラ、梅毒、インフルエンザなど多くの感染症は、もともとはある限定された地域の病気(風土病)や動物との共通の病気(人畜共通感染症)でした。
17世紀からはじまった植民地主義貿易にともなうヒトや物資の移動や交通手段の発達によって、病気が世界的にひろがり、その速度も加速されました。
人類がおこなった経済的な開発こそ、いままでにない新興感染症があらわれ大流行した下地です。
 日本のばあい、第二次世界大戦後に驚異的ともいえる経済復興をとげました。
経済的な余裕は環境衛生面を充実させました。
衛生面の充実と医療の進歩は、日本人の平均寿命を男女ともに世界最高にしました。
しかし、食生活とライフスタイルの欧米化によって、日本人の疾病(しっぺい)動態に明らかな変化がおきています。
飽食がすすみ、肥満や脂肪肝、成人病が問題となっているのです。
また、見かけ上の「安全神話」は感染症にたいする油断を生みました。
このような状況下、私たちは病原体の格好の標的となっているのです。
(『現代の感染症』相川正道、永倉貢一 岩波新書 1997年)
今朝の父の一枚です(^^)v
空が暗くて分かりにくいのですがカワラヒワを写していました。
アキニレの実を食べていたのですが、
ポロポロといっぱい食べかすを落とすので注意です(^_-)

除菌とマスク、新型肺炎で注目のサイトについて聞いてみた」(NHK)
で紹介されていた
マスクを付けてもメガネが曇らない方法」(警視庁)
冬場だけでなく花粉症の季節にメガネが曇って困っていました。
マスクの上部を内側に折り曲げる方法は知っていたのですが、それでも曇っていました。
内側にティッシュを添える方法は試してみるとあまり曇らない(^^)v