これからしばらくぐずついた空模様になるようです…
昨夜の番組
芸人先生「爆笑問題の“自分の看板を磨き直そう”講座」
太田さんはあらためて読書家だなと思いました。
入社して間もない女性社員が
「働く意味がわからなくて…
生活するためにお金が必要だなと思って
“働く”意味とは?」
と質問しました。
(女性社員も質問をするのに勇気がいったと思うな…)
太田さんが答えた内容は
小林秀雄が学生たちと対話している音声を聞いていたときに
学生にものを書くときにどういう風に書いているのですかと聞かれて
学生時代から女がいたんですよ
女を食わす為にものを書かなければ仕方なかったんですよ
理想も何もなかった
生活のために物を書いていた
こういうことを書きたいなというのは
何十年あとですよ
巨匠でも最初はそうなんだというのは
すごく勇気づけられた
真理なんだなと思う
お金のために働くでいい
理想はあとから生まれるもの
最後のメッセージとして
小林秀雄の話になるけど
直感が必ず先に来る
理屈は後から来る
逆は絶対にありえないんだ
再放送がEテレ9月1日(日)午後6時30分からあります。
「女」は、中原中也の愛人でもあった長谷川泰子のことかな?
「小林秀雄の三角関係(連載1)」(清水正研究室)
京都の伝説「恋塚寺」の続きを転記しますφ(..)
叔母の頭のなかには、娘をやった渡の顔が浮かびました、袈裟の姿も、ぐるぐる回ります。
変な約束はできないのです。
けれど、命をとられることを思えば……。
「刀をおしまい。しかたない。今夜、袈裟を呼びつけましょう」
血をはく思いで、約束してしまったのでした。
(『日本の伝説 1 京都の伝説』
駒敏郎、中川正文 角川書店 昭和51年)
(ツチガエル?)
それにしても袈裟には、どうしてこんなことをあからさまに言うことができるでしょう。
嫁にいったわが娘に、不義の橋わたしするような親がどこにありましょうか。
渡に知られると、どれほど腹を立てるかもしれません。
叔母は、やむなく、
――風邪をこじらせて臥せっている。ひとり暮らしでは心細いから、こっそりおおげさにならぬよう、ひとりできてほしい。
と手紙を書いたのです。
この便りをみた袈裟は、取るものもとりあえず、ふだん着のまま、駆けつけてきました。
病気の様子でもない母親を、けげんそうに見ている袈裟に、叔母は小刀を渡して言いました。
「母だと思わないで、ひと思いにわたしを殺しておくれ」
「えっ!」
袈裟は母親のただならぬありさまに驚いて、顔いろを変えました。
「何があったのです」
すると母親は、涙をぼたぼたこぼしながら、今朝(けさ)ほどからの盛遠の話を、残らず語り聞かせるのでした。
「まさか、あのひとが……」
袈裟は小さいころ、ともに遊びほうけた盛遠の面影を心に描きました。
とても乱暴な子どもでしたが、これほどむちゃなことをするとは、思いもよらなかったのです。
しばらく、ぼんやりしていますと、母親は、
「盛遠の手にかかって死ぬよりは、実のわが子に殺されたほうが、どれだけいいか……」
さあさあと、首筋を差しだすのでした。
こうなれば、袈裟も母親を刺してまで、操(みさお)をたてるわけにもいきません。
母親とともに泣きながら、日の暮れるのを待つのでした。
(『日本の伝説 1 京都の伝説』
駒敏郎、中川正文 角川書店 昭和51年)