向日葵や黄といふ色は脳に染む 京極杞陽
(『忘れ得ぬ俳句』野見山朱鳥 朝日選書 1987年)
巻第十九 釈教歌 1235 登蓮法師
おどろかぬ我が心こそうかりけれはかなき世をば夢と見ながら
大意―はかない世を夢と見ながらしかも迷いから覚めない自分の心は情けないものである。
(『千載和歌集』藤原俊成 撰、久保田淳 校注 岩波文庫 1986年)
あつ苦し晝寐の夢に蟬の聲
(『漱石全集第二十三巻』新書判 岩波書店 1957年)
漱石の時代、うるさかったのはアブラゼミかな(^^ )
朝から30℃以上あるのでムラサキシジミは翅を広げてくれませんでした(T.T)
チョウトンボ(トンボ科)
道のほとりに、幼き童(わらは)の、母を尋ねていたく泣くを、そのあたりの人に尋ねしかば、
「父母(ちちはは)なむ身罷(みまか)りにし」と答へ侍(はべ)りしを聞きてよめる
いとほしや 見るに涙も とどまらず 親もなき子の 母を尋ぬる
気の毒でならぬ。見ていると涙が止めどなく溢れる。
両親を失った子が、母を捜し求めて泣いているとは。
身罷り 死んでしまった。
死の意味が理解できず、亡き母を尋ねて泣いている頑是(がんぜ)ない幼児への深い同情が詠まれている。
前歌(606)が親から子への愛情を題材としたのに対し、ここでは子の親に対する思慕に転じた。
(『金槐和歌集(旧版)』樋口芳麻呂校注 新潮社 昭和56年)
聞くうちに蟬は頭蓋の内に居る 篠原 梵
(『講談社版 カラー図説日本大歳時記[座右版]』 昭和58年)
〝「五輪 暑さ慣れていない外国人に情報発信」鈴木五輪相〟
日本人でも熱中症対策の情報が混乱しているのに
「熱中症対策 ネットの疑問を確かめてみた」
念力のゆるめば死ぬる大暑(たいしょ)かな 村上鬼城
念力とは心を集中して思い願うことで「念力岩を通す」という言葉もある。
大暑は二十四気の一つ。
暑さの絶頂期で、炎熱に草木はしおれ、人間もまいる。
この日、それまで病気にたえていた人が、気力のおとろえとともにこつぜんと死んでしまった。
念力が大暑に負けた。
人の死をつっぱねて詠っているが、自分自身に強く言い聞かせているのである。
われわれも油断禁物。
鬼城は大正期を代表する俳人のひとり、高崎市に住み耳症と貧になやみながら気迫充実の境涯俳句をなした。
念力の俳人である。
(『日々の俳句』沢木欣一 求龍堂 昭和58年)
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午後から心臓リハビリでしたp(^-^)q
30分間のトレッドミルで歩行距離は2.18km、消費カロリーは129kcalでした。
その後、下肢のストレッチをしていただきました。
リハビリの時に話していたのは1964年の東京オリンピックの開会式は10月10日で
日本が日程を決めることができたと思うのだけど(10月10日は天気の特異日で決まったと思う)、
酷暑が予想できたのになぜこの時期にオリンピックを開催することにしたのか疑問です。
世界中で異常な猛暑となり犠牲者も出ているのだから
日程を変更しても理解してもらえると思うし、責任ある態度だと評価してもらえると思うのだが…
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申し訳ありませんが,日本語だけを受けつけますm(_ _)m