2017年7月14日金曜日

高野線 (織田作之助作 2/6)

 妻はよく電車の中で居眠りをした。


寝つきの悪い私は電車や汽車の中で眠るなどといった芸当は思いも寄らず、そんな妻をよく叱り飛ばしたが、今にして思えば、電車の中に居眠ったりする点が妻の魅力であったかも知れない。
ひとつには、居眠るほど疲れていたのかと今更の同情であろう。
一事が万事、私が叱り飛ばしたいろいろな点が今では皆妻の美点となって想い出されるのである。
例えば……などと書きだせばきりがない。
死んだひとのことは皆よく見えるものだとひとは言うだろう。
 とにかく今は居眠った妻を叱ったことが後悔されるのである。
その申訳けでもあろうか、その夜帰りの電車の中で私はついぞない居眠りをした。
私はその夜幸田露伴原作の映画の試写会で「猫に露伴」という洒落のわからぬ聴衆を相手に「幸田露伴について」などという固くるしい講演をしたことで、つくづく自分がいやになっているので、ガラ空きの夜更けの高野線に乗ると直ぐごろりと横になった。
講演の疲れもあった。
それに妻の看病や葬式、仏事などの疲れがちょうど積み重なって出る時期でもあった。
更にいうならば、妻を喪ってからの私は何もかも裸のままで投げ出してしまうようになっていた。
些細な体裁などにこだわらなくなっていたのだ。
(『織田作之助全集 5』講談社 昭和45年)

注)原文通りではありません。転記間違いもあると思います。

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