昭和19年
8月6日
妻一枝午前十時十分過ぎ永眠す。
風強し。
夜に入りて颱風となる。
風の音天を恨むが如し。
一枝あわれ、一枝あわれ。
8月7日
昨夜来の台風雨はげしき中を、妻の柩わが家を出る。
午后一時半。
柩は痛痛しく雨に打たれ、秋を待たぬ一枝の花今や散り尽くしたり。
最後の対面の時、化粧道具を入れたハンドバッグと人形とメロンとわが著書と、映画「還って来た男」のスチールを入れてやる。
メロンは一昨日病気見舞に貰ったまま食べずに終ったもの。
映画はわが原作のもので、よくなれば一緒に見に行こうとたのしみにしていたもの。
今日B.Kの佐々木氏に放送物語の原稿渡す約束なりしも果せず。
放送物語は映画と違い病臥中にも聴けるもの故、早く執筆して一枝に聴かしてやろうと思っていたのに……この種の仕事は大半病勝ちな一枝を喜ばさん為にのみ引受けて来たのであったが……。
今後その甲斐もなし。
妻なし子なしやるせなし。
8月10日
上本町五丁目の楞厳寺で告別式。
会葬の藤沢恒夫小野十三郎の両氏、そろって丸坊主にて口髢を生やし給う。
おかし。
われもまた先日より丸坊主ゆえ、両氏の驥尾に附して頭部の寂寞を口髭にて補うこととせば珍妙ならんと思えど、相談する相手今は亡し。
夜半空襲警報仏前の燈明を消す。
8月11日
初七日。
大船撮影所の池田一夫氏来阪。
シナリオの催促に来られしも催促されずに帰らる。
A.K塚本氏より来翰、放送劇の原稿依頼。
明るく面白きものをと言わる。
ああ、明るくて面白きもの!
夜、点呼予習訓練を受く。
木銃を持ち空を仰げば降るような星空なりき。
色即是空。
帰りて、締切迫る「新太陽」の小説書かんとすれど、一行も筆進まず「法句経」を読みて眠る。
(『織田作之助全集 8』講談社 昭和45年)
注)原文通りではありません。転記間違いがあると思います。
* 楞厳寺(りょうごんじ)については2015年9月24日(木)の記事を参照してください。