今日からもう12月
そして山のエリアは4月まで閉鎖になりました。
今朝は、一人で来て、下見です。
山のエリアは自転車進入禁止だったのでのんびり歩けましたが
朝の通勤・通学の時間帯の公園内は、みなさんが急いでいるのでボーッと歩けません。
あまり自転車が通りそうにないところを探しながら歩いていました。
(「園内マップ」)
この橋は、明治6年3月長堀川に架けられた心斎橋の弓形の桁を用いて、つくられた。
当時、心斎橋は、日本で5番目に架けられた鉄橋(ドイツ製、橋長37.1メートル 幅員5.2メートル)で、その規模の大きさは多くの人を驚かせたという。
しかし、明治41年に撤去され、石づくりのアーチ橋に主役の座をうばわれてからは、境川橋、新千舟橋、すずかけばしと、次々にその身の置きどころを
代えていった。
そして、このたび当地で5度目の奉公をすることになったが、がっしりとした鉄の骨組みに、文明開化の昔をしのぶことが出来る。
平成元年3月 大阪市
「大阪市 建設局道路河川部橋梁課」の説明では、「昔」が「音」になっている。
文明開化の「音」がするのだろうなぁ。
このような間違いはいいよね(^_-) 直さないでほしいな!アンコール放送ですが、前に見た時には気づかなかったことが……
こころの時代~宗教・人生~「レンズで見つめた生と死の時」
冒頭のナレーションに
戦後の日本を占領統治したアメリカ軍の兵士と結婚し母国を追われるようにして海を渡った日本人花嫁。
旧満州で日本軍に置き去りにされ家族と離散して中国人に育てられた戦争孤児。
南洋の島々にいまだ祖国に帰ることもなく散らばる忘れられた兵士。
もの言わぬ風景や遺品の中に死者の声を聞こうとした広島、長崎。
満州事変から敗戦まで続いた「昭和の戦争」。
その痕跡を追い 連なる峰々のように半世紀かけて築かれてきた作品群。
写真家江成常夫(えなりつねお)さんは、人々に過酷な生と死を強制した戦争の正体を撮り続けることを自らの「仕事の文脈」としてきました。日曜美術館「和解の糸を紡ぐ旅 ルイーズ・ブルジョワ」
蜘蛛はルイーズ・ブルジョワのお母さんを象徴しているそうです。
わたしの実家は直し屋だった。
蜘蛛も直し屋。
人が巣の網にひっかかっても、
蜘蛛は怒らない。
蜘蛛は巣を編み、
繕って元通りにする。
ルイーズ・ブルジョワ
「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」(森美術館)暉峻淑子(てるおかいつこ)さんは、1928(昭和3)年生まれです。
あとがき
はじめ、この本は、私がこれまでの人生の中で出会った本について書くことになっていた。
ところが編集部の宮部さんから、『サンタクロースってほんとにいるの?』(福音館書店)という絵本を、私がなぜ書いたのか、そのいきさつを知りたい人がいるのではないか、と言われて、こんな本を書いてしまった。
宮部さんとは、14年前に『豊かさとは何か』(岩波新書)をいっしょにつくった間柄である。
だから、私の書くものを見通しての示唆であったにちがいない。
(『サンタクロースを探し求めて』暉峻淑子 岩波現代文庫 2024年) 人生、何が起こるかわからない、というけれど、たしかに私が、まったく畑違いの絵本を書くなんて、いまもって信じられないことのひとつである(この『サンタクロースを探し求めて』も、また、そのひとつだが)。
だから、たびたび「あの本の作者、てるおか、というのはあなたのことですか」ときかれるし、わざわざ出版社に電話して、この絵本の作者はあの(どういう意味の、「あの」なのかわからないが)てるおかさんかと聞く人もいるという。
しかし、この本を書き終わった今、青天の霹靂のようだったその絵本づくりも、私にとっては、ひとつの必然であったことに、気がつく。 この本を書きながら、私自身、なぜ『サンタクロースってほんとにいるの?』を書いたのか、自分探しの旅をした。
そしていま、このように考えている。
『サンタクロースってほんとにいるの?』は子どもに対して書いた「豊かさとは何か」および「豊かさの条件」であり、『豊かさとは何か』『豊かさの条件』は大人に対して書いた、「サンタクロースってほんとにいるの?」だったのだと。
2003年11月
暉峻淑子 岩波現代文庫版あとがき
サンタクロースはなぜ世界中の子どもに熱愛され、大人になってからも善き思い出として記憶の中に大事にしまわれているのでしょう。
贈り物をもらった、というだけの理由なら、他の人からの贈り物もたくさんあったはず。
その謎を追って私は、子どもの絵本『サンタクロースってほんとにいるの?』(福音館書店)を書きました。
本書ではその絵本の主人公、サンタクロースことニコラウスが私たちに遺そうとしたものが何であったか、その謎と真実をさらに深く探し求めています。 ウクライナ戦争やガザ虐殺のニュースを見るたびに、「戦争」という、理で考えても情で感じても何一つプラスをもたらさない愚かな行為を、人間はなぜ止めることができないのか、その現実に私たちは絶望しています。
国同士の戦争だけでなく内戦もあります。
罪もない子どもや弱者が真っ先に犠牲になって殺され、それぞれの家族が営々と築いたであろう住宅も家庭も一瞬のうちに灰燼に帰しました。
日常生活の中にあって人々の生活を支えてきた学校も、病院も、日用品を供給していた市場も、水道も電気も、全てが破壊されたのです。
人々は言います。
愚かなことと知っていながら止められないのが人間の原罪だ。
人間は原罪をなくすことが出来ない動物なのだ、と。 戦争だけではありません。
何万年も危険な放射線を出し続ける原発の核廃棄物の後始末を子孫に押し付け、多くの危険をはらむ原発のエネルギーを消費し続けている私たち。
広島・長崎を忘れ、世界で今年新たに核弾頭60発が実戦配備された。
世界の富の43%をわずか1%の富裕者が所有し、貧困にあえぐ人々を見殺しにしている社会。
そして、それらを人間の原罪だとあきらめている私たち。 サンタクロースという実在の人、ニコラウスは、「人間の原罪」に挑戦し、原罪のさらにもう一つ奥深くにある、人間の真情を呼び覚まそうとしました。
大人たちでなく、純粋な子どもの魂に呼びかけました。
だからこそ、サンタクロースがやってくるクリスマスを人々は待ち望み、大人たちも純粋な子どもの魂に還ることを願うのです。
私は偶然のことから、バルカン半島で発生した難民とその孤児たちを、微力ながら20年にわたって援助し、その人道援助に学生たちも同行しました。
国内でも災害や原発事故の被災者や、日常の孤独と貧困にあえぐ人たちと共に、その悲しみを分かちあい、助けあう人々の中に私はニコラウスの遺した言葉を読み取ろうとしています。
2024年9月
暉峻淑子
(『サンタクロースを探し求めて』暉峻淑子 岩波現代文庫 2024年)
「試し読み」ができます。