2019年1月24日木曜日

冬らしい朝

気温が低く風が冷たい朝でした。
今までの暖かい朝とは違い、真冬の寒さでした。
それでも日向は暖かかったです(^。^)
昨夜の歴史秘話ヒストリア
“私は植物の精である”牧野富太郎 夢の植物図鑑
牧野富太郎の名前はよく知っていても人柄について知識はなかったです。
番組の中で妻、壽衛さん(享年55歳)に贈った歌が紹介されていました。
牧野富太郎研究所のHPを見ると
家守りし妻の恵みや我が学び、世の中のあらん限りやすゑ子笹

スエコザサ
日高敏隆さんの『動物と人間の世界認識』の中で
イリュージョン( illusion )についてこんな例をあげています。

「たとえば紫外線について言えば、紫外線というのがあるということは知っているが、
 感じることはできない。
 紫外線というものがどんな色のものか、まったくわからない。
 いかに機械でそれを証明しようとしても、その色は実感できない。
 するとこれはなんだろうか。
 理論的に存在し、頭ではわかっているが、
 現実に見たり触れたりして実感することはできないもの。
 それはある種のイリュージョンではないか。」(P10)

モンシロチョウは、紫外線でオスとメスを区別することができます。
紫外線カメラで見たモンシロチョウ-中学」(動画)
ネコたちの世界
 これも本当に不思議なことであった。
さきほどの場合も、この時の場合も、単なる平面的な絵である。
しかし、もちろんほんもののネコは立体的なものであり、机もそうである。
しかし、ネコはまったく平面的な絵のネコや、机や椅子、窓に、
まったくほんもののネコや机や椅子や窓と同じように反応した。
そのように認識しているのだとしか言いようがない。
じつに不思議な世界認識だ。
ぼくにとってはとてもおもしろい体験だった。
(『動物と人間の世界認識 ─ イリュージョンなしに世界は見えない
                日高敏隆 筑摩書房 2003年)
 思い出してみると、よくわかることがいろいろ出てきた。
たとえば、ネコを飼っている人ならだれでもわかっているように、
ネコはすぐにドアをあけて、外に出ていきたがる。
そこで、鳴くネコもいるし、じっと座っているネコもいる。
とにかく、飼い主はネコが部屋から出ていきたいと望むときは、
ドアを開けてやらなくてはならない。
入ってくるときも、勝手に入ってきたがる。
鳴くネコはいいけれど、鳴かないネコはぜんぜんわからない。
勝手に出たり入ったりするし、冬は寒い。
(『動物と人間の世界認識 ─ イリュージョンなしに世界は見えない
            日高敏隆 筑摩書房 2003年)
 そこで、ぼくの家では、部屋のドアのところに細工をして、
そこにトラップドアをつけている。
つまり、押せば、向こうに開く。
ネコが通ってしまえば、すぐに閉まる。
だから、そんなに風がすうすう抜けないようになっているのである。
そしたら、妻がそのトラップドアの入り口に、
ネコの入り口という意味でちょうど実物大のネコの顔を描き、
その絵を切り抜いて、トラップドアに貼った。
これはまったく親切心からであった。
つまり、ここはネコちゃんの通り道だよということを教えてやるつもりだったのである。
(『動物と人間の世界認識 ─ イリュージョンなしに世界は見えない
            日高敏隆 筑摩書房 2003年)
 すると、それまで平気でトラップドアを出入りしていたネコが
とたんにそこを通らなくなった。
そばまでいって非常に怖そうな顔をして止まってしまう。
それ以上近づかない。
なぜそのようになるのか、と不思議に思っていたが、
先ほどのいろいろな経験でその理由がわかった。
つまり、ネコはそのネコの顔の絵を見て、本当の猫だと思っていたのである。
これは普通のネコよりも、ちょっと大きな顔の絵であった。
したがって、そこは自分よりも大きなネコがいるということになったのであろう。
それで、ネコたちは皆、怖がってしばらくは通らなかったのである。
(『動物と人間の世界認識 ─ イリュージョンなしに世界は見えない
            日高敏隆 筑摩書房 2003年)
 このような経験からぼくは、ネコたちが自分たちの仲間、
つまり生きたネコというもの、あるいは自分たちの周りのものを
どのように認識しているのかということが少しわかってきた。
彼らはそこにある三次元的な物体とか、匂いとか、
そういうふうなもので周りのものを認識しているのではないのだ。
まったく平面的な線画であっても、そのものとして認知できるらしい、
そして、確認するために近寄っていって、くんくんと匂いをかぐ。
そこで最終的にそのものがなんであるか、
実物である、実物でないかがわかるということであるらしい。
(『動物と人間の世界認識 ─ イリュージョンなしに世界は見えない
            日高敏隆 筑摩書房 2003年)
 けれど、この実験は、時間をおいてなんどやっても、必ず同じ結果になったから、
一度見ておけば、それでもうこれは絵である、
これは実物であるということを学んでしまうということではどうもないらしい。
実物でないということはわかるが、一般的なこととしてこれは絵である、
平面であるというふうなことを学ぶことはないらしい。
彼らの世界は、何かわれわれには想像できないような
形でできあがっているのだなということはわかったような気がした。
(『動物と人間の世界認識 ─ イリュージョンなしに世界は見えない
                日高敏隆 筑摩書房 2003年)
 しかし、ネコたちが認識している世界は、われわれからすれば何ら現実ではないし、
いわゆる客観的なものというものでもない。
しかし、ネコにしてみると、それは大変大事な認識であって、
ネコが自分たちの世界を認識するには、
それ以外の方法は、おそらくないでのであろうということを感じた。
(『動物と人間の世界認識 ─ イリュージョンなしに世界は見えない
                日高敏隆 筑摩書房 2003年)
単行本から転記しましたが、ちくま学芸文庫からも出ています。
今朝の父の一枚です。
別の道を歩こうとしたが、何気に振り返って見ると
ジョウビタキ♂に会えたそうです。
母が教えてくれたんだと呟いていました。