2019年9月28日土曜日

今までの暑さを考えると…

蒸し暑いなとは思うけど、あの酷暑を考えるとまだいいかな…
でも、やはり暑い(^-^;
この蒸し暑さは台風と関係あるのかな?
台風18号が発生 30日以降沖縄・奄美に接近 その後西日本に

日本からノーベル賞受賞者が出なくなる!?」(NHK)
このことは、今までに何度もかいていますが
今の政府の政策では受賞者はいなくなると思います。

そしてビックリしたのは
ラグビーW杯 日本対アイルランド 日本が勝利
選手たちの健闘を見ていて国際的になったなと感動していました。
日本人選手だけでチームが構成されていたら勝利できなかったでしょうね!
陸上やテニスなどでも両親が多国籍の選手が活躍しているp(^^)q
そして日本が国際的に活躍するためにも「伝統」という言葉で男女差別をしていては、世界から認められないと思うな。
追記)こういうニュースを見るとラグビーは素晴らしいと思う!!!
アイルランド主将、完敗認める 試合後花道で日本を祝福」(朝日新聞)
キンモクセイ モクセイ科
 (…略…)

 キンモクセイには雄花が咲く雄の木しかなく、雌はいません。
だからキンモクセイには実はならず、アニキはずっと独り者です。
 キンモクセイは挿し木で増やされ、葉ははじめ鋸歯(きょし)がありますが、大きくなるとなくなり波打ちます。
樹皮は白っぽく黒いひし形マークが見えることがあります。
(『散歩が楽しくなる 樹の手帳』岩谷美苗 東京書籍 2017年)
 似ているギンモクセイとウスギモクセイは実がなります。
ギンモクセイは白い花を咲かせ、キンモクセイより香りは弱いです。
ウスギモクセイの花は卵色です。
キンモクセイはウスギモクセイの突然変異かもしれないといわれていますが、定かではありません。
(…略…)
(『散歩が楽しくなる 樹の手帳』岩谷美苗 東京書籍 2017年)
古事記物語』より「6 高天原(たかまのはら)のお使いたち」の続きを転記しますφ(..)
昨日、思わず突っ込みをいれたくなると書きましたが、
オオクニヌシノ神が苦労して国作りをしたのに
アマテラス大御神が一方的に息子(アメノオシホミミノ命)が治めるべき国ですと宣言して
息子を送り出すのですが、
アメノオシホミミノ命は天浮橋(あめのうきはし)まで来て、
そこから下界の様子をながめてたら
「どうも豊葦原の国では、なにやら大さわぎが起こって、国の中がみだれているようだ」
と言って、恐れおののいて高天原に逆もどりしてしまう。
この親子、誰かに似ていると考えていると
持統天皇と草壁皇子に似ているなと思ってしまった…(個人的感想です)。
 「この矢は、アメワカヒコにさずけた矢と同じ矢だ」と、気がつきましたので、ほかの神々にその矢を見せた上で、
 「もしもアメワカヒコが、命令されたとおりに、悪い神々を射(い)たはずみに、この矢がここまでとんで来たのなら、アメワカヒコに当たるな。しかしもし反対に、命令にそむく心を持っているのなら、アメワカヒコはこの矢に当たって死んでしまえ!」
(『古事記物語』福永武彦 
  岩波少年文庫2063 1957年 1985年改版)

 こういうおそろしい誓いを立てました。
そして矢のとんで来たそのあなから、下界をめがけて力いっぱい投げかえしました。
その時下界では、アメワカヒコが横になって昼寝をしていましたが、矢はあやまたず胸板(むないた)につきささって、たちどころに死んでしまいました。
 (これが『かえし矢おそるべし』――かえした矢はきっと当たる、ということわざのもとです。また、この時のお使いのキジも帰ってくることがなかったので、今でもことわざに、『キギシのひた使い』――キジの使いは行ったなり帰ってこない、と言います。)
 アメワカヒコが死んでしまったので、その妻のシタテル姫のなげき悲しむ声が、風のまにまに流れて、高天原までとどきました。
そこで天にいたアメワカヒコのおとうさんや、アメワカヒコのむかしの妻や、子どもたちなどが、下界にくだって来ていっしょに泣きました。
そしてほんとうのお葬式をあげるまで、喪屋(もや)という、死人をねかせておく小屋をつくって、河のほとりにすむガンを、お供物(くもつ)を頭にのせて運ぶきさり持ちにたのみ、サギを、おそうじのほうきを持つほうき持ちに呼び、カワセミを、お供物をつくる料理人に命じ、スズメは米つき、キジは泣き女に、それぞれ役目をふりあてました。
そして昼も夜もぶっつづけに、八日八晩のあいだ、死んだ人のたましいをなぐさめるために、うたったり踊ったりしました。
 そこへおくやみを言いに、アジシキタカヒコネノカミ(阿遅志貴高日子根神)がやって来たのですが、この神が姿を見せるや、高天原からはるばる来たアメワカヒコのおとうさんも、妻も、びっくりした声で、
 「なんだ、おまえはまだ生きていたのか!」
 「おや、あなたは亡くなられたのではなかったのですか!」と、口々にさけんで、その手足に取りすぎって、うれし泣きに泣きました。
 このとんでもないまちがいというのは、死んだ人とおとむらいに来た人とが、うり二つというほど似ていたからでした。
しかし死人とまちがえられたアジシキタカヒコネノ神は、かんかんに怒りました。
 「わたしは、かねがね仲のよかった友だちが死んだから、こうしておくやみを言いに来たのだ。それをなんだ、きたならしい死人といっしょにするなんぞは!」
 こうさけぶと、腰につるした長い剣(つるぎ)を引きぬいて、喪屋をめちゃめちゃに切りたおし、足でけとばしました。
この時けとばされた喪屋は、美濃(みの)の国の、藍見河(あいみがわ)の上流にある、喪山(もやま)という山になりました。
 こうしてアジシキタカヒコネノ神は、顔が真っ赤になるほど怒って、そのまま走って行ってしまいましたが、この神の妹になるのが、亡くなったアメワカヒコの妻の、シタテル姫です。
シタテル姫は、高天原からくだって来た人たちが、おにいさんの名まえも知らないですんでしまうのは、あまり残念なので、次ようにような歌をうたって、おにいさんの名まえをしらせました。
  天にあって、はた織る少女の、
  首にかけた玉かざりの、
  その玉の一つ一つが、
  遠くまで光りかがやくように、
  二つの谷に照りかがやく、
  よそおいみごとなあの姿は、
  アジシキタカヒコネノ神なのです。
(『古事記物語』福永武彦 
  岩波少年文庫2063 1957年 1985年改版)
 『《新潮日本古典集成》古事記』より注記をいくつか転記しますφ(..)
表記は『古事記物語』と異なっている部分があります。
・「還矢(かへりや)の本(もと)」 敵方から射た矢をそのまま射返すこと。それは必ず当たると信じられた。「本(もと)」は起源。

・「雉の頓(ひた)使(つかひ)」  雉の習性から、行ったきり戻らない使い、をいう。
(『《新潮日本古典集成》古事記』西宮一民 新潮社 昭和54年)
・「翠鳥(そにどり)を御食人(みけびと)とし」 翡翠(かわせみ)の異名。死者への御饌(みけ)を作る人。

・「雀を碓女(うすめ)とし」 臼で米をつく女。

・「雉を哭女(なきめ)とし」 葬送のときの泣き女。
・「日八日夜八夜(ひやかよやよ)をもちて遊びき」 
 死者の魂を呼び戻すための歌舞音曲をすることで、魂振(たまふ)り(魂が遊離すると病気になるので、しっかりとつなぎとめ奮い立たせること)のために行う。
あそぶ」の本義は、日常でない晴(はれ)の世界に行為することで、祭儀・葬儀・遊猟・旅行・出産・歌舞音曲などの場合をいう。

*鳥は死者の霊を運ぶとされた。所役は、それぞれ鳥の姿や動作に対応させている。
 *(…略…)阿遅志貴高日子根(あぢしきたかひこね)神を死んだ天の若日子の復活と誤認したことになっているが、喪屋に安置された屍体が蘇生するという信仰を背景としていることは否(いな)めない。
また天の若日子が朝床で死んだことを、神代紀下では「新嘗(にひなへ)して休臥(ねふ)せる」と伝える点をも考えると、天の若日子は穀霊として死に、そして復活するという性格をもつ主人公であったと考えられる。
*阿治志貴高日子根神の正体は、以下の三点から蛇神(雷神)だといえる。
第一に「棚機(たなばた)」(機織女<はたおりめ>)が素材である点。この女は水辺に桟敷(さずき)を設けて来訪する神のために機を織る巫女(ふじょ)で、蛇神だと考えられている。
二つは穴玉の穴と関連し、谷二つに亙(わた)るのは長大な蛇神である。
三に、怒って飛び去るのは雷神の表象である。
結局、独立歌としては、機織女に通った蛇神(雷神)が正体を見破られて怒り、昇天する神婚説話とみられる。
(『《新潮日本古典集成》古事記』西宮一民 新潮社 昭和54年)
今朝の父の一枚です。
韓国館でススキを写していました。
今朝のおはよう日本のニュースの中でドナルド・キーンさんの心の内を記したメールが紹介されていました。
何故、日本国籍を取得したのか、
アメリカ人が語っているのではなく、
日本人として語っていると知ってほしくて日本籍を取得したそうです。
現在の日本は寛容さを失っていること
例えば嫌韓の報道への憂い
また、憲法や平和について考えることがなくなってきていることなど
ドナルド・キーンさんは、沖縄戦での体験があります。
おはよう日本」のサイトでは明日、アップされるのかな?
先日、紹介した9月20日の
“多様性”のある社会へ ニュージーランド首相インタビュー」は記事になっています。