時折吹く風は秋の風だなと思いました(*´▽`*)
(マダラバッタ)
日曜日深夜のNNNドキュメント
「大胡田家の風景~全盲の夫婦がみつけた家族のかたち~」
「風景」とあるように穏やかな家族の時間が流れていました。
ナレーションは谷原章介さん。
静かに語りかけてくれるので番組を集中して見ることができます。
BS日テレなどで再放送があります(9月22日)。
"弁護士法人つくし総合法律事務所 弁護士 大胡田 誠対話こそが共生社会を開く鍵~全盲弁護士「障害者差別解消法」を語る~"(ひろげよう人権)
『日本の歴史1 神話から歴史へ』より「大嘗祭」を転記したいと思いますφ(..)
ただ、本を読んでいないと繋がりが分からない箇所があると思います。
文庫本で読むことができるので興味をもたれましたら本を手にとってください。
大嘗祭
神話の背景には、しばしば儀礼が存する。
わたくしはさきに、天の岩戸神話の背景として、冬至の祭りを指摘したが、天孫降臨神話の背景として重視されているのは大嘗祭(だいじょうさい)である。
(『日本の歴史1 神話から歴史へ』
井上光貞 中公バックス 1970年)
大嘗祭は、新嘗祭(にいなめさい)ともいわれ、宮中でおこなわれる秋の収穫祭で、天皇がその年の初穂(はつほ)を神にささげ、これをみずから食(お)する祭りであった。
11月23日の「勤労感謝の日」がそれで、宮中では新嘗の儀がおこなわれるのである。
そこにはその年の農耕生活がひとまず終了し、神々にこれを感謝する意味がこめられているが、古来、天皇の即位の式は、この収穫祭を本体としたものであって、それゆえ、この即位式は大嘗祭の名でよばれるのである。
この大嘗祭は、日神の信仰という意味で天皇と結びつき、初穂の祭りという意味で水稲耕作と一体であり、そして即位式という点で国土における支配者の出現と結合するのであるが、天孫降臨の神話と大嘗祭との間に密接な関係があるという学説の魅力は、両者の構造がよく似ているところにあるといってよいであろう。
しかも両者の類似性は、これにとどまらない。
松本信広氏や古代文学に造詣(ぞうけい)のふかかった武田祐吉(ゆうきち)氏が、とくに注意している点は、(d)の邇邇芸命(ににぎのみこと)の高千穂峰への降下のさいの神勅を、日本書紀の第二の一書では「わが高天原にきこしめす斎庭(ゆにわ)の穂(いなほ)をもちて、わが児にまかせまつる」とあることである。
これはまったく大嘗祭の本質とかかわりのあることばだが、その点をとらえると、高千穂の峰とはどこか特定の場所の名ではなくて、さんさんとふりそそぐ日の光のもとに、たわわにみのる稲の穂それ自身であり、そのなかからあらたなる支配者の誕生する姿をさしたものとみることができるのであろう。
さらに興味あるのは、(a)の天孫降下の直前の状態を、日本書紀の本文と第四、第六の一書では「真床追衾(まどこおふすま)をもちて邇邇芸命を覆(おお)いて降りまさしむ」と記していることである。
大嘗祭のときの模様は『延喜式(えんぎしき)』や平安時代の年中行事の本にみえているが、大嘗祭のとき、御殿の床に八重畳(やえだたみ)をしき、衾(ふすま)で覆って神を臥せさせ、天皇も臥すというのが不可欠な儀礼的要素であった。
松村武雄氏はこれを解して、「そうした聖ななる衾(しとね)に包まれ磐座(いわくら)にこもることは、一種の生命断絶を意味した。そうした状態にある間に、祖宗(そそう)の霊であり、同時に祖先に継承する方々(かたがた)に通ずる『共通霊』もしくは『永遠霊』がその体につき、ここに天皇が新生ましましたのであった」と説いている。
こうみてくると、天孫降臨神話と大嘗祭との結びつきは、きわめて本質的であると考えられるが、真床追衾について、もうすこし述べると、またしてもこの要素は、北方アジアにも広がっているのである。
たとえば、すでに紹介したように、新羅の首露王(しゅろおう)も紅い布に包まれた金の卵に入って降り、衾の上に置かれた。
また、遊牧民族の研究家の護雅夫(もりまさお)氏によると、6世紀の中央アジアに大帝国を建設した突厥(とっけつ)では、新しい王(ハガン)をフェルトにのせ、その上で9回ころがしたという。
また、キルギスの新ハーン推戴の儀式でも、白いフェルトの上に乗せ、高くほうりあげてはまた落とし、シャーマン叙任式では、新任者はフェルトのカーペットの上に乗せられる、というぐあいに、朝鮮から内陸アジアにかけて、おなじような例が広くみられるのである。
わたくしたちは、先に、天孫降臨神話において、日の御子と稲の結合という南方的要素のなかに北方的なものが結合することをみたが、大嘗祭もまた、基本的には、水稲耕作を基調とする南方的な即位式でありながら、そこにまた、北方に広がっている生と死との秘儀の劇的な表現ともいうべき要素が結びついていることをみるのである。
そして、このような結合は、ことが天皇家の即位式にかかわるものである以上、たんに異なる文化要素の結合といったことではなくて、天皇家の起源という歴史的な問題にもかかわってくることである。
(『日本の歴史1 神話から歴史へ』
井上光貞 中公バックス 1970年)
Eテレの「ダイアモンド博士の"ヒトの知恵"」を見ています。
これまでの内容は
第1回「現代病はどこから来たのか?」
第2回「子供と高齢者たくましく生きるには?」(再放送:19日午後1時05分~)
と講義があり、伝統社会と現代社会の違いを若者たちと考えてゆきました。
19日(木)は第3回「紛争をどうやって解決する?」(午後10時50分~)