2019年9月27日金曜日

蒸し暑かったな…(^-^;

昨日は、かすかに匂っていたのに
今朝は、香りが漂っていました(^^♪
キンモクセイの香りをかぐと蒸し暑さがやわらぎます(*´▽`*)
こちらも豆果がそこら中にあふれている…
撮影に夢中になると罠にはまってしまいます(^-^;
大嘗祭に向けての準備が進んでいますね。
「斎田抜穂の儀」前に心身清める〟(9月26日 NHK栃木)

大嘗祭で使う米の収穫 栃木と京都で「斎田抜穂の儀」〟(9月27日 NHK)
24日の記事で『古事記物語』より「5 海から来た小人」を転記しましたφ(..)
大国主が国作りに精をだしている姿が描かれていました。
その後に『古事記物語』には描かれていませんが「オホトシの系譜
そして「6 高天原(たかまのはら)のお使いたち」が描かれています。
この物語を読んでいるといろんなことを考えさせられ、突っ込みをいれたくなるのですが…
6 高天原(たかまのはら)のお使いたち
 こうして地上では、オオクニヌシノ神が国つくりの仕事に精を出していたあいだに、高天原では、アマテラス大御神(おおみかみ)が、前に天安河(あめのやすのかわ)の河原で、スサノオノ命(みこと)と勝負をした時にもうけた御子(みこ)の、アメノオシホミミノ命に、地上の国を治めさせようと考えていました。そして、
(『古事記物語』福永武彦 
  岩波少年文庫2063 1957年 1985年改版)
 「末長(すえなが)く、イネの穂のみずみずしく実る国である、この豊葦原(とよあしはら)の、千秋(ちあき)の、長五百秋(ながいおあき)の、水穂国(みずほのくに)は、わたしの子どものアメノオシホミミノ命が、治めるべき国です」と、言いわたしました。
 そこでアメノオシホミミノ命は、さっそく役目をはたそうと、天と地とのあいだにかけられた、天浮橋(あめのうきはし)まで来て、そこから下界の様子をながめていましたが、
 「どうも豊葦原の国では、なにやら大さわぎが起こって、国の中がみだれているようだ」
と言って、また高天原に逆もどりしてしまいました。
 アマテラス大御神とタカミムスビノ神とは、そこで天安河の河原に、大ぜいの神々をあつめて、会議をひらきました。
この中には、例の、いちばんちえの深いオモイカネノ神もまじっていました。
そこでアマテラス大御神が、みなにたずねて、
 「豊葦原の国は、わたしの子どもが治めるべき国ですから、アメノオシホミミノ命をつかわすつもりでいたところ、この国には、乱暴で、力の強い神々がたくさんはびこり、勝手に国を治めている様子です。おとなしく言うことを聞くようにさせるためには、こちらからだれを使いに出したらいいと思いますか?」と、ききましたので、オモイカネノ神をはじめ、みなみなが相談して、
 「アメノホヒノカミ(天菩比神)を、お使いに出しましょう」と、答えました。
 そこでアメノホヒノ神が、えらばれて下界へお使いに行きましたが、行ったきりオオクニヌシノ神にへつらって、三年たっても帰って来ませんでした。
 そこでまた、会議がひらかれ、アマテラス大御神が、
 「使いに出したアメノホヒノ神は、いくら待っても返事にもどって来ません。こんどは、だれを使いに出したものでしょう?」と、ききましたので、オモイカネノ神が、
 「それでは、アマツクニタマノカミ(天津国玉神)の子どもの、アメワカヒコ(天若日子)を、お使いに出してみましょう」と、答えました。
 そこでシカ狩りにつかう、りっぱな弓と矢とをアメワカヒコにさずけて、地上へお使いにさし向けました。
 けれどもアメワカヒコは、到着するなり、さっそくオオクニヌシノ神の娘の、シタテルヒメ(下照比売)をお嫁にもらい、あわよくば自分でこの国を治めようとのたくらみさえあったものですから、八年たっても、高天原に返事にもどろうとはしませんでした。
 天の国ではさっぱり事情がわかりません。
またまた会議をひらいて、アマテラス大御神が、
 「アメワカヒコも、いっこうにもどってくる気配がありません。いったいなぜいつまでも下界でぐずぐずしているのか、わけをききにやらなければなりません。それにはだれがいいでしょう?」と、たずねました。
 一同の神々を代表して、オモイカネノ神が、
 「キジは早くとぶ鳥ですから、ナキメという名のキジ(雉名鳴女)をお使いに出したら、よろしいでしょう」と、答え、キジに向かってこう命じました。
 「いそぎとんで行き、アメワカヒコにたずねなさい。――わざわざおまえを豊葦原の国に使いに出したのは、乱暴な神々をときふせて、言うことを聞かせるためではないか。それなのに八年たっても、まだ返事をしないとはなにごとか?――こうききなさい。」
 キジのナキメは、命令を受けて、さっそく天から地上に舞いおりました。
そして、アメワカヒコのいる家の入口ちかくに、よく茂ったカツラの木があるのを見て、その枝にとまると、命じられたとおりのことばを、ひとこともまちがえずにくりかえしました。
 この時、アメワカヒコのそばには、アマノサグメ(天佐具売)という、心のねじくれた召使いの女がいて、いっしょにキジの言うのを聞いていましたが、
 「なんとまあ、えんぎの悪い声でなく鳥でしょう! こんな鳥は、射殺(いころ)しておしまいになったほうがよろしいですよ」と、ご主人に告げ口しました。
 アメワカヒコは、かねて高天原を出発する時にいただいた、たからものの弓と矢とを取り出して、言われるままに、キジをねらって射殺してしまいました。
ところがその矢は、キジの胸をつき通って、さらに空高くとんで行き、しまいには、安河原(やすのかわら)にいた、アマテラス大御神とタカミムスビノ神との足もとに落ちました。
タカミムスビノ神がその矢を手に取ってみると、矢の羽に血がついていました。
(『古事記物語』福永武彦 
  岩波少年文庫2063 1957年 1985年改版)
 続きは後日転記しますφ(..)
《新潮日本古典集成》古事記』より注記を幾つか転記しますφ(..)
なお表記は少し異なっている所があります。
葦原の中つ国は大国主神によって国作りがなされた。
その功績は、「偉大な、国の主(あるじ)」という賛辞となる。
それは国土の君主を意味するものであった。
ところが、高天の原の主宰神天照大御神は突如わが子こそ豊葦原の水穂国の領有支配者であると、すでに定まっていることとして宣言し、御子天の忍穂耳(おしほみみ)命に天降(あまくだ)りさせる。
 事件は、中つ国がひどくざわめているという御子の報告から始まる。
ここに、高天の原では、まず中つ国の荒ぶる神の征服を、という新たな政治問題が生じ、そのための特使として、天の菩比(ほひ)神が中つ国の王者大国主神の許へ派遣される。
(『《新潮日本古典集成》古事記』西宮一民 新潮社 昭和54年)
カナムグラ アサ科←クワ科 雌花)

豊葦原の千秋の長五百秋(ながいほあき)の水穂(みづほ)の国
 邪気を払う葦の豊かに茂る原であって、いつまでも豊かな収穫が続く、みずみずしい稲のできる国、の意。
稲を主食とする日本の国を祝福した表現である。
葦原と水穂の国とが同格の「の」で結ばれているのは葦の生える所は稲も育つという経験によったもの。
(あめ)の菩比(ほひ)の神はのちに出雲国造(いずものくにのみやつこ)の始祖になる。
ここで、大国主神に媚びるのはその伏線である。

天のまかこ弓・天のはは矢
「天の」は「天上界のもの」であることを表している。
「まかこ弓」は「真鹿児弓(まかこゆみ)」で鹿をよく射止める弓。
「天のはは矢」は「大蛇矢(ははや)」で大蛇をよく射殺す矢。
ともに獲物(さち)の名を冠して称辞(たたえごと)とする。
・「かつら」は落葉高木。桂で、聖なる木とされていた。

(あめ)の佐具女(さぐめ)
 「天の」の「天上界のもの」であることを表す。
「佐具女(さぐめ)」は、隠密なるものを探り出す霊能ある女。
ここでは雉の鳴声からそれを判じている。
(『《新潮日本古典集成》古事記』西宮一民 新潮社 昭和54年)
今朝の父の一枚です(^^)v
コムラサキの実を写していました。

〇 〇 〇 〇

午後から心臓リハビリでした。
30分間の歩行距離は、2.17㎞、消費カロリーは127kcalでした(^-^;
理学療法士のNさんに先日、榎木神社などを訪ねたことを話しました。
巳さんのことを話すと、病院の近くでヘビが出たので住民が警官を呼んだと…
Nさんは田舎でヘビには何度も出会っているので
警官を呼んだことにビックリされていました。
昔は、この辺りでもヘビとよく対面したのだけどなと話していました。
ただ近頃は、ペットで飼っていたのが逃げ出すこともあるし…
でも、ニシキヘビ等だったら新聞やテレビで報道されるけど
ニュースにならなかったからアオダイショウだったのかな?
また、エノキさんを伐ろうとしたら祟りがあると話すと
Nさんの田舎でもそんな話を聞くと言っていました(^-^)