この頃、二十四節気と実際に感じる気候が違うことが多くなったけど暦通りの寒さでした。
昨日、風が冷たいと思ったら
「立冬 各地で今シーズン1番の冷え込み 東京と近畿で木枯らし1号」(NHK 11月7日)立冬
秋に別れを告げる 木枯らしの到来
収穫の感謝とともに子どもの健康を祈る
「冬が立つ」の字のごとく、暦の上ではこの日から冬が始まります。
とはいえ、時候の挨拶では「晩秋」や「深秋」などが用いられ、世間は紅葉シーズン真っ盛り。
しかし、気象面ではたしかに冬の訪れが感じられる時期です。
気圧配置が冬型の西高東低になり、強く冷たい北風「木枯らし」が吹き始めるのもこの頃から。
ちなみに、毎秋最初に吹く木枯らしを「木枯らし一号」と呼びますが、気象庁から木枯らし1号が発表されるのは関東地方(東京)と近畿地方(大阪)だけです。
(『美しい日本の旧暦 二十四節気・七十二候』マガジンハウス編 2017年) 年中行事では、11月15日に七五三が行われます。
この日は数え年で3歳を迎えた男女、5歳の男の子、7歳の女の子の成長を感謝し、氏神様にお参りする日です。
もともと旧暦の11月は、収穫の実りを神に感謝する月でした。
それが江戸時代に入ると、収穫だけでなく子どもの成長をも神様に感謝するようになったのが始まりと考えられています。
当時の子どもは死亡率が高く、親は子どもが元気に育つことを祈り、お祝いしました。
長く伸びた「千歳飴」を食べるのも、子どもの長寿の願いが込められているのです。
(『美し日本の旧暦 二十四節気・七十二候』マガジンハウス編 2017年)アメリカでは、女性大統領が誕生しませんでしたが
解説
アイスランドと、アイスランドの男女平等のこと 朱位昌併
アイスランドは、北極よりも少し南にある島国です。
面積は約10万3000平方キロメートルで、北海道と四国をあわせたくらいです。
「アイスランド」という名前は「氷の土地」という意味ですが、土地の約1割が氷河におおわれ、火山活動も活発なので、「火と氷の島」とよばれることもあります。
アイスランドの人口は2024年3月現在約40万人です。
そのうち3分の1以上の約14万人がレイキャヴィーク(「煙の入り江」という意味)に住んでいます。
アイスランドのほとんどの町の人口は1万人もありません。
(『世界ではじめての女性大統領のはなし』ラウン・フリーゲンリング著 朱位昌併訳 平凡社 2024年) 夏には白夜がつづき、太陽がほとんどしずまないので、夜になっても明るいままです。
反対に冬には極夜(きょくや)がつづきます。
太陽がのぼる時間がおそく、のぼってもすぐにしずんでしまうので、明るい時間がすくないです。
冬至(毎年12月21日ごろ)には、10時ごろからすこしずつ明るくなりだしますが、日の出は11時半前です。
日の入りは19時よりすこし前ですが、17時前にはもうまっくらです。 この国は、はじめは無人島だったようです。
アイスランドの歴史は、9世紀のおわりごろ、ノルウェーからやってきたひとびとが住みはじめたときから始まります。
それから60年ほどは、デンマークやスウェーデンのあたりからもアイスランドに来るひとがたくさんいました。
もともと暮らしていた土地をはなれてアイスランドに移り住むときには、家畜や奴隷もいっしょにつれてきました。 はじめはほかの国のひとから指図を受けずに暮らしていたアイスランド人ですが、13世紀中ごろにアイスランドはノルウェー王のものになります。
その約100年後には、ノルウェー王からデンマーク王のものになってしまいます。
1918年に独立しますが、このときのアイスランドはまだデンマーク王の国のひとつで、アイスランド王国という名前でした。
アイスランドに大統領が誕生したのは、1944年の共和国になったときです。 アイスランドは、世界で男女間の平等がいちばんすすんでいる国として紹介されることがあります。
けれども、はじめからそのような国だったのではありませんでした。
女性は選挙のときに投票も立候補もできませんでしたし、学校に通うこともできませんでした。
アイスランドで女性が投票できるようになったのは1915年のことでしたが、40歳以上でないといけませんでした。
ほかにも問題はありました。
たとえば、男性と同じように仕事をして家にかえってきても、料理や洗濯などの家事は女性がするのがあたりまえだと思われていたのです。 女性と男性の立場のちがいをなくすため、アイスランドの女性たちは、たくさんのひとの前でなにが問題かを話したり、雑誌をつくって自分たちの考えをわかってもらおうといろいろな活動がながいあいだおこなわれました。
そして、1975年10月24日に「女性の休日」というストライキがおこなわれました。
その日女性は、会社などでお金をかせぐための仕事だけでなく、生活に必要なそうじや料理などの家の仕事もしませんでした。
このことは、女性がどれほど社会で大切な役割をはたしているかを示しました。 ただ、このあとすぐに社会が変わったわけではありません。
女性であるというだけで、なにができてなにができないかを決めつけられてしまうことは、いまでも完全になくなってはいません。
けれども、1980年にヴィグディス・フィンボガドッティルさんが大統領になったことは、アイスランドだけでなく世界にとっても大きなできごとでした。
選挙中や大統領になったばかりのときは、ヴィグディスを邪魔する声もありましたが、だんだんとなくなっていきます。
ヴィグディスが大統領を引退するときには、「大統領は女性がする仕事だと思っていた」と子どもがいたほどに、彼女は大統領の仕事をまっとうし、アイスランド国民に愛されていました。
それまでは、大統領は男性だけがする仕事だと思われていましたが、それはまちがいでした。 ヴィグディスが大統領にえらばれて、その仕事をりっぱにおこなったあとでも、アイスランドはまだまだ男性と女性が平等の国ではありませんでした。
じつは、いまでもそうです。
自分の性の受けとめかたや、受けとめた性にあわせた生きかたを理由にひどいあつかいを受けるひとがいないように、アイスランドではいまでも「私たちはなにをすべきか」が話しあわれ、考えつづけられています。
(『世界ではじめての女性大統領のはなし』ラウン・フリーゲンリング著 朱位昌併訳 平凡社 2024年)
「日本118位の調査で15年連続世界一 アイスランドってどんな国?」(NHK 6月21日)
「大使室より(女性のストライキ)」(在アイスランド日本大使館 令和5年12月8日)
BSの契約をしていないので見られなかったのですが…
「女たちがいなくなった日 “男女平等先進国”アイスランドの原点」今朝の父の一枚です(^^)/
ハラビロカマキリの卵鞘を見つけていました。
「カマキリの卵鞘を探してみよう」(日本自然保護協会)
蟷螂 かまきり
○オガミダララ(カマキリ)が拝めばその人は死ぬ(長崎)。
カマキリをオガミ、オガミムシ、オガマッショなどと呼ぶ地方がある。
これは、鎌の形した前足を胸に合わせた様が神仏を拝す姿に似ているところから名づけられたもので、英語でも praying mantis(祈り虫)とよばれ、この虫独特の姿からの命名は広いようである。
壱岐ではホトケノウマ、宮崎市付近ではショウロウマと呼び、精霊の乗り物であるという。
これについて柳田国男は「たゞ盆の頃に出て来るといふだけでなしに、蟷螂の挙動が遅鈍で、いつ迄も一つ処にじっとして居るのを、盆の瓜茄子の苧稈を脚とする馬の少しも歩まぬのによそへたものではないか」、「即ち動き出さぬ馬といふ意味から、ホトケノウマなどゝ名づけたのかも知れぬ」(蟷螂考)と書いている。
カマキリが家に入ると不吉(愛媛県西宇和郡)とか、カマキリに拝まれると死ぬという俗信は、死者を乗せる虫であると信じた人々の信仰と関係があろう。
しかし、これとは別に「拝め拝め拝まんと殺す」というように拝礼を要求する文句のうたも、奈良・愛媛・和歌山で採集されている。
カマキリを殺した時には「とうろ、とうろ、おい(おれ)じゃないど、三年前のカラスだ」と言う(群馬)。
(『日本俗信辞典 動物編』鈴木棠三 KADOKAWA文庫 2020年)午後から通院。
始まるまで読んでいた本が
『白菊-shiragiku-伝説の花火師・嘉瀬誠次が捧げた鎮魂の花』
品切れになっているので図書館で借りました。
この本を知ったきっかけは、先日紹介した
『宿帳が語る昭和100年』を読んで、著者の山崎まゆみさんの他の本を探して知りました。
嘉瀬誠次さんは山崎さんのことを「山正(やましょう)のお嬢(じょう)」と呼ぶそうです。
というのも嘉瀬さんと山崎さんの父親は、友だちでよく遊びに来られていたそうです。
「長岡の花火を創り続けた 伝説の花火師嘉瀬誠次」(長岡市政だより 2013年7月25日)心臓リハビリは、トレッドミルを30分。
万歩計を見ると歩数は、3227step
歩行距離は、1.82km。
消費カロリーは112kcaでした。
嬉しかったのは酸素飽和濃度が98や99もあったこと。
前回まで96や95などが多かったからです。
「重症化に気づかない『幸せな低酸素症』の実態 注意点は?」(クローズアップ現代 2021年9月1日)