2019年11月9日土曜日

青空が広がっていました。

今朝は、快晴でした(^^)v
日向と日陰の気温差が大きかったな…

11月9日 
 太陰暦(旧暦)にかえ太陽暦を採用する方針がきまった。
 1872(明治5)年

 文明開化をすすめる明治政府は、この日、太陽暦の採用をきめ、来る12月3日を太陽暦の明治6年1月1日にすると発表した。
それまで民間で使われていた時刻法は、夜明けと日暮れを境にして昼と夜をそれぞれ6等分し、零時から2時までを子(ね)の刻(こく)、2時から4時までを丑(うし)の刻などと2時間ごとに干支(えと)でよんでいた。
そのため季節により時間の幅に長短があった。
これを現在使われているように1日24時間に平均して分けたのである。
午前とか午後とかいう呼び方も、このとき決められた。
またそれまで時刻を何と書いていたのが、何と改められた。
太陽暦は、外国と交際するうえでも、時間に変動がない点でも便利であったが、旧暦にしたがって農作業をしていた農民にはなかなかなじみにくかった。
(『カレンダー日本史 岩波ジュニア新書11』永原慶二 1979年)
ジョウビタキのつがいのように見えますね…
モズもそうなのですが、この時期は互いにライバル!
バトルを繰返していましたp(^^)q
この鳥が元気よくヒッヒッカタカタと鳴いているのは、なわばりの宣言だ。
シベリアでの繁殖期のなわばりとは別に、日本の冬を過ごす間、自分の食べ物を維持するためのなわばりをオスもメスも1羽ずつもつ。
春が来れば結婚するかもしれないもの同士でも、冬は互いに容赦しない。
自動車のサイドミラーに映ったわが身ですら激しくライバル視する。
(『鳥のおもしろ私生活』ピッキオ編著 主婦と生活社 1997年)
昨日のNHKのかんさい熱視線「子どもホスピス いのち輝く」
(再放送が、今朝の10時55分からでした…)

いつもは子どもの笑顔を見ると嬉しくなるのに目がかすみました。
TSURUMI こどもホスピス」のような施設は、全国でここだけだとか…
番組には、高橋源一郎さんがゲストで出演されていた。
というのも高橋さんの次男が2009年に急性脳炎で入院したという経験があったそうです。
高橋源一郎「子どもホスピス」に行く(前編)〟(2013年8月18日 GQ )

高橋源一郎「子どもホスピス」に行く(後編)〟(2013年10月25日 GQ)
ホスピスとは関連しませんが、
先日紹介した「一億三千万人のための『論語』教室」より転記したい言葉がありますφ(..)
前にも書きましたが「センセイ」は「孔子」のことです。
( …… )の中は、高橋さんの呟き(嘆き)です。
為政 35 
哀公(あいこう)問うて曰く、いかにすれば則(すなわ)ち民服せん。
孔子対えて曰く、直(なお)きを挙げて、これを枉(まが)れるに錯(お)けば民服せん。
枉れるを挙げて、これを直きに錯けば、民服せざらん。
(「一億三千万人のための『論語』教室」高橋源一郎 河出新書 2019年)
魯の君主、哀公がセンセイにこんな質問をした。
「どうしたら、国民に政府を信頼してもらえるだろうか。ぜひ、教えを乞いたいのだが」
 すると、センセイは哀公に向き合うと、はっきりこうおっしゃった。
「よくお聞きください。大切なことは、行政のトップにウソをつかない人を置くことです。そうすれば、黙っていても、国民は政府を信頼するようになります。その逆に、ウソつきをトップに据えてご覧なさい。政府への信頼は地に落ちて、誰も信用しなくなってしまいます」

(センセイ、つらすぎて、わたし、この部分を平静な気持ちでは訳せません……ちょっと、現代日本に降臨して「喝!」ってやってもらえないでしょうか)
(「一億三千万人のための『論語』教室」高橋源一郎 河出新書 2019年)
他の『論語』の本では、

巻第一 為政第二 19 
哀公問うて曰(い)わく、何(なに)を為(な)さば則ち民(たみ)服せん。
孔子対(こた)えて曰(のたま)わく、直きを挙げて諸(こ)れを枉(まが)れるに錯(お)けば則ち民服す。
枉れるを挙げて諸れを直に錯けば則ち民服せず。
(『論語』金谷 治訳注 岩波文庫 1963年)
哀公が「どうしたら人民が服従するだろうか。」とおたずねになったので、
孔子は答えられた、
「正しい人々をひきたてて邪悪(よこしま)な人々の上に位(くらい)づけたら、人民は服従いたしますが、邪悪(よこしま)な人々をひきたてて正しい人々の上に位(くらい)づけたなら、人民は服従いたしません。」

*哀公――魯(ろ)の国の君主。孔子59歳(孔子の年齢は、魯の襄公21年 B.C.552生誕説に従い、寿74歳説をとる。)のときに定公のあとを継いだ。孔子の死はその16年(B.C.479)。
(『論語』金谷 治訳注 岩波文庫 1963年)

読み比べるとニュアンスの違いがあって面白いですよ。

首相は、元号改正の時に日本の古典『万葉集』からとられたことを喜んだようなので
『論語』は読まれていないかもしれませんので
日本の古典、兼好法師の『徒然草』を転記しますφ(..)
転記しながら思ったのは、今の政府や文科省が
文科系に対してまるで無用だとも思っているかのような施策をするのは
何かヤマシイことがあるからだと思ってしまう。
安倍晋太郎氏は教養があったと思うのだけどな…
ご存命ならなんと言葉をかけるだろう…
 【第二百三十三段
 万(よろづ)の咎(とが)、有(あ)らじと思はば、何事(なにごと)にも真有(まことあ)りて、人を分(わ)かず、恭(うやうや)しく、言葉(ことば)少なからには如(し)かじ。
男女(なんによ)・老少(ろうせう)、皆、然(さ)る人こそ良(よ)けれども、殊(こと)に若く容貌(かたち)良き人の、言麗(ことうるは)しきは、忘れ難(がた)く、思ひ付(つ)かるる物なり。
 万(よろづ)の咎は、馴(な)れたる様(さま)に上手(じやうず)めき、所得(ところえ)たる気色(けしき)して、人を蔑(ないがし)ろにするに有(あ)り。
(『徒然草』兼好著 島内裕子翻訳 ちくま学芸文庫 2010年)

 すべてにつけ、非難されないようにと思うならば、何事に対しても、誠実に、そして他人に対して分け隔てなく、恭(うやうや)しく、言葉少なであるのに越(こ)したことはない。
老若男女につけ、そのような人こそが素晴らしいのだが、とりわけ、若くて容姿もよい人で、言葉が丁寧であるのは、一度会ったら忘れられず、その人のことが心から離れないものだ。
 すべての非難は、すっかり馴れきっているかのように上手(じょうず)めかして、我が物顔の態度を取り、人を軽く見るところから起こるのである。
今朝の父の一枚です。
ジョウビタキ♂と並んでいるのはスズメです(^^)v

こんなニュースがあります。
日韓関係冷え込むも 韓国文学人気でにぎわい 神田神保町」(NHK)
文学や芸術には、人と人とをつなぐ力をもっていると思います。