2019年11月26日火曜日

暗い空…

空が暗く冬のような天気でした。
枇杷の花が咲き出しました。
ビワ(バラ科)の花を見ると思い浮かぶのが与謝蕪村の句

枇杷の花鳥もすさめず日ぐれたり

すさ・め
〘下二〙《スサミの他動詞形。気分の赴くままにする意。よい意にも悪い意にもいう》
①心を寄せる。好く。
②(気分のままに)遠ざける。嫌って避ける。
(『岩波古語辞典(旧版)』大野晋他編 岩波書店 1974年)

すさめの意味からすると、鳥も見向きもしないとなるのですが…
ビワの花が咲き出すと蜜を目当てにメジロがやってきます(^_-)
ローマ教皇は訪日の最終日に学生たちに

どんなに複雑な状況であっても自分たちの行動が公正かつ人間的であり、正直で責任を持つことを心がけ弱者を擁護するような人になってください。
ことばと行動が偽りや欺まんであることが少なくない今の時代において
特に必要とされる誠実な人になってください

と諭しました。
ローマ教皇「今の時代に必要な誠実な人に」上智大学で講話〟(NHK)
日曜日に放送されたNNNドキュメント
ローマ教皇へのメッセージ 被爆地の高校生が託す思い

の場面の中で高校生平和大使結団式の会場に掲げられていた横断幕に
ビリョクだけどムリョクではない」と書かれていました。

香港区議選 民主派圧勝 市民からは政府に要求受け入れ求める声」(NHK)
学生たちの抗議活動は無謀とさえ思えるほどでしたが
一つの成果をあげました。
でも、中国政府は抑えにかかってくるでしょう。
中国本土では、国民は中国政府の側に立って事態の推移を見ていると思います。
それは沖縄の場合も同じだと思います。
沖縄で住民投票などで辺野古基地反対の結果を
日本政府、沖縄県民投票の結果受け入れない方向 辺野古埋め立て」(BBC NEWS JAPAN)
と同じだと思います。
でも、「ビリョクだけどムリョクではない
12月1日午後8時からEテレで再放送がある
日曜美術館「秋野亥左牟 辺境の向こう側を見た男」で
紹介されていた絵本『プンク マインチャ』を読みたかったので図書室で読んできました(^^)v
出版社のサイトを見ると品切れで重版中のようです。
待ちきれないので再話の方を転記したいと思います。
見ながら転記しているので間違いがあると思いますので
図書館か再版後に読んでみてください!
プンク マインチャ(ネパール民話)

 むかし、ネパールに、プンク マインチャという おんなのこが いました。
プンクの ほんとうの おかあさんは、プンクが ちいさいときに しんでしまいましたので、いまの おかあさんは ままははでした。
ままははには、チャンパという むすめが いました。
(『プンク マインチャ ネパール民話』 
  大塚勇三再話 秋野亥左牟画 福音館書店 1968年)
 プンクの ままははは、いじわるでした。
じぶんの むすめの チャンパばかり かわいがって、 おいしいものは みんな チャンパにやり、プンクには まずい たべものを ほんのすこししか くれません。
そのうえ、しごとは みんな プンクに いいつけるのです。
だから、プンクは まいにち、たくさんの やぎを つれて、とおい やまのまきばに でかけていくのでした。
 やぎたちのなかに、ドーン・チョーレチャという やぎが いました。
このやぎは、きつねのあたまと、やぎのあたまとが ならんで ついている、ふたつあたまの ふしぎな めすの やぎでした。
 あるひ、まきばで、プンクが いつものように おなかを すかして、かなしい かおをしていると、ドーン・チョーレチャが そばに きました。
「これを おたべよ。プンク マインチャ」
そういうと、ふしぎな けものは、やぎの あたまのつのから、パンを ころりと だし、あまい まめのスープも かけてくれました。
 それからは、つぎのひも、また つぎのひも、ドーン・チョーレチャは、おいしい パンと スープを だして、かわいそうな プンクを なぐさめてくれました。
 ところが あるひ、チャンパが まきばに やってきて、プンクが なにか たべているのを みつけてしまいました。
チャンパは いじわるく プンクに いいました。
「なにを たべてるのよ? だれに それを もらったの? それを あたしにも ちょうだい。でないと、おかあさんに いいつけてやるから」
 そこで、プンクは しかたなしに、わけを はなしました。
それから、だれにも はなさない という やくそくをして、チャンパにも パンと スープを あげました。
でも、チャンパは、うちに かえると すぐ、おかあさんに いいつけてしまったのです。 
 ままははは、ふしぎな やぎが プンクを かわいがっていることを きくと、とても くやしがって、はらをたてました。
そして、あしたは ドーン・チョーレチャを ころして、みんなで たべてしまおうと、きめました。
 ドーン・チョーレチャは、きつねのみみで、なにもかも きいてしまいました。
そして、あくるひ、プンクに はなしました。
「いいかね、わたしは きょう ころされる。ひみつが しられてしまったからね」
 プンクは、つらくて なきました。
たったひとり やさしくしくてれる、この ふしぎな やぎが いなくなったら、このさき どうしたらいいでしょう?
すると、ドーン・チョーレチャは プンクを なぐさめて いいました。
「よく おきき。わたしが ころされたあと、みんなが わたしのにくを たべるけれど、おまえは たべてはいけないよ。それから、おまえは、わたしのほねを ひろいあつめて、まきばに うずめておくれ」
 そのばん、たくさんのひとが プンクの いえに あつまって、えんかいをしました。
みんなは、ドーン・チョーレチャの にくの はいった カレーを たべました。
でも プンクは、おなかがいたい といって、ねどこに ねたまま、なにも たべませんでした。
 みんなが たべたり のんだり したあと、プンクは、あとかたづけを いいつけられました。
プンクは、ちらばっている ドーン・チョーレチャの ほねを、だいじに ひろいあつめました。
そして そのよるのうちに、さびしいみちを とおって、まきばまで いくと、つめたい つちのしたに そっと ドーン・チョーレチャの ほねを うずめました。
 つぎのひ、プンクは また やぎを つれて、まきばに いきました。
すると、どうでしょう。
ゆうべ、ほねを うめたところに おおきな きが はえていて、その きには、ヤモリーという おいしい まんじゅうが どっさり なっているのです。
プンクは きに のぼって、ヤモリーを つぎからつぎへ たべました。
 すると、おにの ふうふが やってきて、きのしたから プンクに こえを かけました。
「むすめさん、ヤモリーを おくれよ」
そこで プンクが ヤモリーを なげてやると、おには、また  いいました。
「どろに よごれた ヤモリーは たべられない」
そこで プンクは、ヤモリーを いっぱい もって、したに おりますと、おにたちは、さっと プンクを かついで、かけだしました。
 おにの ふうふは、プンクを さらって、やまおくにある ふかい ふかい ほらなに、つれていきました。
それから おにたちは、パンと スープを つくるようにと、プンクに いいつけると、そとに でていきました。
プンクが パンを つくっていると、ちいさな ねずみたちが でてきていいました。
「わたしたちに パンを おくれ。そうしたら いいことを おしえてあげるから」
 そこで プンクが パンを ひとつ なげてやると、ねずみたちは、パンを あなに くわえこみ、また ちょろっと でてきて いいました。
「もうひとつ おくれ。だいじなことを おしえてあげるから」
もうひとつ もうひとつと、プンクが むっつか ななつ パンを なげてやると、とうとう 1ぴきの ねずみが はなしだしました。
 ねずみの はなしは こうでした。
「やさしい プンク マインチャ。ここは、おそろしい おにの すみかだよ。ぐずぐずしていると おにに たべられてしまう。だから、おにの いないまに、はやく おにげ。でも そのまえに、おくの へやを さがしてごらん。たからものが いっぱい あるから、それを もって にげるといい。それから、もうひとつ だいじなことがある。ここから にげるときには との そばに つばを はいて、そのうえに けしずみを おいておきなさい。それが きっと やくにたつからね」
プンクは ねずみの いうとおり、おくの へやを さがしてみると、たからものが やまのように ありました。
プンクは もてるだけ たからものを もつと、との そばに つばを はいて、けしずみを おき、しっかりと とを しめて、にげだしました。


 まもなく、おにたちは かえってきて、ほらあなの とを たたきました。
「かわいい プンク マインチャ。さあ、とを あけておくれ」
 すると、との そばの けしずみが「はい、はい!」と、へんじしました。
そこで おには まっていましたが、とは あきません。
おにが また プンクの なを よぶと、また「はい、はい!」という こえがするだけで、とは ちっとも あきません。
 とうとう、おにたちは、とを やぶって、なかに はりました。
みると、あるのは けしずみだけで、プンクは どこにも いません。
おには ひどく くやしがり、このつぎは きっと くってやるぞと わめきたてました。
 そのまに、プンクは はしって はしって、いえに かえりました。
どんどん とを たたいても、ままははは、とを あけてくれません。
プンクは かなしくなって、さけびました。
「いれてちょうだい! この にもつが おもくて たまらないの」
 ままははは、「なにを もってるんだろう?」と おもって、いそいで とを あけました。
 プンクは、たからものを みんなに みせました。
きんや ぎんや あおいほうせきや しんじゅや ひすい。
だれも みたこともないような すばらしい たからものです。
 ままははは、プンクが たからものを てにいれたのが くやしくて たまりませんでした。
そこで、じぶんの むすめの チャンパにも おなじことを させて、たからものを とって こさせようと きめました。
 そのあくるひ、チャンパは、やまのまきばに でかけて、ヤモリーのなる きに のぼっていました。
すると、おにたちが やってきて、
「ヤモリーを おくれよ」
と、いいました。
チャンパが、ヤモリーを なげて やると、おには また いいました。
「どろの よごれた ヤモリーは たべられない」
 そこで チャンパが、ヤモリーを すこし もって、したに おりると、おにたちは、さっと チャンパを かついで かけだしました。
 おにたちは どんどん はしって、ほらあなの すみかに、チャンパを つれていきました。


 おにたちは、パンと スープを つくるようにと、チャンパに いいつけると、そとに でていきました。
チャンパが パンを つくっていると、ちいさな ねずみたちが でてきて いいました。
「わたしたちに パンを おくれ。そうしたら、いいことを おしえてあげるから」
 でも チャンパは うるさがって、ねずみたちを ぼうで めちゃくちゃに たたきました。
1ぴきが しぬと、のこりの ねずみは、どっと にがてしまいました。
チャンパには なにも おしえずに にげてしまいました。
 チャンパが ほらあなに のこっていると、まもなく おにたちが かえってきて、とうとう チャンパを くってしまいしまいた。
 そのつぎのひ、ままははは、チャンパが たからものを もってくるだろうと おもって、あさ はやくから まっていました。
でも、チャンパは なかなか かえってきません。
 そのとき、1わの からすが とんできて、しゃがれごえで なきたてました。
「かあ かあ、むすめは かえらない。おにに くわれてしまったよ」
 ままははは、からすの はなしを きいて、なげき かなしみましたが、もう おそすぎました。
いくら まっても、チャンパは やはり かえってきませんでした。
(『プンク マインチャ ネパール民話
  大塚勇三再話 秋野亥左牟画 福音館書店 1968年)
公園の説明板に

スヴニール・ドゥ・アンネ・フランク(‘ Souvenir de Anne Frank ’)’
「アンネの日記」を残して、ナチスの強制収容所で15歳の生涯を閉じたアンネ・フランクにちなんだバラです。
このバラは、ベルギーのデルフォルジュが育成した品種で、アンネの父、オットー・フランク氏に贈り、彼が「アンネの形見のバラ」として平和をアピールするため世界に贈り続けた花です。

来週12月2日(月曜日)午後10時からEテレで
グレーテルのかまど「アンネ・フランクのフルーツタルト」
が放送されます(^^)/

ローマ教皇 日本で語ったことばから見えたもの」(NHK)
ローマ教皇は首相に
広島と長崎に投下された原爆によってもたらされた破壊が二度と繰り返されないよう阻止するために必要なあらゆる仲介を推し進めてください
と訴えましたが
日本政府の禁止条約への署名、批准など、条約への参加をしようとしていません。
「ローマ教皇 国際情勢を意識し発言」専門家が分析〟(NHK)