台風20号、21号の影響かな?
温帯低気圧に変わるようですが、
被災地では少しの雨で災害が起こるので不安だと思います。
「台風20号 温帯低気圧に変わっても近畿から関東で大雨の見込み」(NHK)
ラグビーは、南アフリカに負けましたが、日本チームを見ていて思うのは、
これから日本が世界を相手にするとき、何が必要かを教えてくれていると思います。
選手もそうですが、コーチ陣なども多国籍ですよね。
多くの国から参加しているのですから、
これまでの生活習慣やものの見方・考え方に大きな隔たりがあったと思います。
それをどうやって克服し、チーム一丸(「ONE TEAM」)となることができたのか。
また、練習では、科学的データを重視したことで
選手たちには日々の練習の成果を提示して、やる気を引き出していました。
また、一人一人の選手たちに自主性と責任感を求めていたようです。
これまでの日本の精神主義だけでは世界に通用しません。
「日本代表 宮崎合宿レポート」(日本ラグビーフットボール協会)
〝ラグビー日本代表 世界に可能性示した「ONE TEAM」〟(NHK)
昨夜のNNNドキュメント「人生の湯 城下町の一角で・・・」よかったなぁ…
発病前に北アルプスを登った後に松本に寄って「おかめの湯」で一風呂浴びた後
居酒屋で飲むのが楽しみだった…
2005年に寄ったらお風呂屋さんが閉まっていて駐車場になっていたのはショックだった。
でも、「塩井乃湯」さんは頑張っているんだ!
お酒を飲むことも山に登ることも出来なくなったけど、
松本周辺は旅したいし、その時は、塩井の湯には行きたいなぁ…
『<こころ>の定点観測』より
なだいなださんの
「社会が病むということ――個人の異常と社会の異常」
の続きを転記しますφ(..)
ぼくは続けた。
「それらの少年の個々のケースの研究は、しなければならないと思います。個別のケースとして、その原因を詳しく調べるべきです。教育に原因があるとしても、犯人と教育との個人的なかかわりですから、その関係こそ調べるべきです。家庭に原因があるのか、遺伝的原因があるのか、よく調べてもらわねばならない。だが、その結論が出るまでには、かなりの時間がかかると思いませんか」
「そう思います」
(『<こころ>の定点観測』なだいなだ編著 岩波新書 2001年)
「対策を考えるなら、原因がはっきりしたところで、考えればよろしいのでは。ところが、その調べもつかないうちに、法律を改正するのはおかしくはありませんか。精神的に冷静な反応でしょうか。あるいは監督官庁が通達を出すのは、早すぎるのではありませんか」
「すこし拙速に過ぎるかもしれません」
「くるっていると思いませんか。ぼくはこの社会の反応は、バニック現象、パニック反応ではないか、と思います。そう要求する世論なるものも、パニック的だと思います。冷静さを欠いています。個人にもパニック反応という病理的現象がありますが、これは社会に現れたパニック現象です」
「そういわれれば、そういえないこともないなあ」
つぶやくような声が聞えた。
*
「ぼくの意見を述べてよろしいでしょうか」とぼくは黙っている相手にいった。
「お聞きします」
「しばらく前から、大人の犯罪のなかに、劇場犯罪と呼ばれるものが目立つようになってきました。グリコ森永事件や、今田ゆう子を名乗った宮崎某の事件などがそうです。どちらもマスコミを通して、警察に挑戦状を送りつけています。それらを見て、ぼくは近代人には、食欲、性欲のほかに、マスコミの注目を浴びたいという欲望が加わってきたように思うのです。それが犯罪の形で現れたのが劇場犯罪です。この注目を集めたいという欲望は、大人では未熟な人格に伴うものです。この欲望が子どもに強いのは、そもそも子ども未熟であるから当然です。だから、こうした犯罪は大人より子どもに多い」
「そう考えれば、マスコミがセンセーショナリズムに傾けば、当然起こってきていい犯罪ということになるか」
「だから、マスコミは、あまりセンセーショナルにならないほうがいいということができるでしょう」
「そうあるべく、こころがけねばならんな」と相手は小声でいった。
「わかってもらえましたかな。事件だあ、と騒がない社会の方が、社会として健康だといえるでしょう。健康という言葉が馴染むとは思いませんが、とりあえずそういっておきます。社会の一部の人たちが、パニックを起こすのは仕方がない。しかし、別の何割かの冷静な人たちが、そのパニックを静める。こうして社会の暴走が防がれる。そうあってほしいですね」
「ところが現在はどうか、といいたいのですね」
(ツルソバ タデ科?)
「ええ。今は、事件が起きると、マスコミのおかげで、社会全体がパニックに陥っている状態です。しかも、その自覚がない。精神科医のよく使う用語では、それを病識がないといいます。社会には自分のくるいの病識がないのです」
「たしかにそうかもしれないなあ」
「センセーショナルな事件が起きると、統計を調べることもせずに、少年の殺人は増えていると信じてしまうところは、くるっていますね。しかし、その自分のくるいに自覚がない」
「たしかに考えると異常ですね」
「残念ながら、社会のくるいは、なかなか自覚されにくいものなのです」
「必然的にですか」
「ええ」とぼくは答えた。
*
(『<こころ>の定点観測』なだいなだ編著 岩波新書 2001年)
今朝の父の一枚です(^^)v
去年の台風21号で倒れた大木を展示しています。
明日の「即位礼正殿の儀」が行なわれますが、
儀式の方は各国から要人が来日しているので
日程変更をするのは難しいでしょうが
被災地の人々のことを思うと
パレードは延期してほしいなと思っていました。
そして即位につけ込んでと思ってしまうのは…
「政府 天皇陛下の即位宣言の儀式に合わせ 恩赦実施を決定」(NHK)
佐藤章さんがこんなことを呟いていました。
やはりパレード延期は天皇の意思だった。
台風被害を無視して挙行に固執した安倍の頭にあったのはお祭りによる支持率上昇だろう。
安倍はよっぽど国民を侮っているが天皇はそれを上回る常識の人。
前までは安倍vs上皇だったが現天皇は上皇より意志強固だね。
(略)
Twitterで引用されていた記事が(タイトルが長いので途中を省略)
〝即位パレード延期は天皇の意向……なのに延期した途端「安倍首相の判断」とPR〟(リテラ)