鶸渡る空や寺子の起時分 浪化
(『俳諧歳時記(秋の部)』横關愛造編 改造社 昭和29年)
(『俳諧歳時記(秋の部)』横關愛造編 改造社 昭和29年)
鶲来て枯木に色をそへにけり 高浜年尾
(『俳句の鳥・虫図鑑』復本一郎監修 成美堂出版 2005年)
(『俳句の鳥・虫図鑑』復本一郎監修 成美堂出版 2005年)
朝の間は青空が見えました(^。^)
ジョウビタキ(尉鶲)♂が止まっていた枝は
あこくその心も知らず梅の花
昔、紀貫之が梅花に託して、「人はいさ心も知らず古里は花ぞ昔の香に匂ひける」と
詠んだ心のほどは分からぬが、今わが古里の梅の花は昔のままに匂い、
人の心も昔に変らず、私を温かく迎えてくれる。
春―梅の花。
紀貫之の童名「あこくそ」を用いて旧友への親しみをこめた。
貫之の歌(『古今集』所収)の上句は、人の心の変りやすさをうち恨んだもの。
その貫之の気持はともかくも、とした趣向。
(『芭蕉句集 新潮日本古典集成』)
昔、紀貫之が梅花に託して、「人はいさ心も知らず古里は花ぞ昔の香に匂ひける」と
詠んだ心のほどは分からぬが、今わが古里の梅の花は昔のままに匂い、
人の心も昔に変らず、私を温かく迎えてくれる。
春―梅の花。
紀貫之の童名「あこくそ」を用いて旧友への親しみをこめた。
貫之の歌(『古今集』所収)の上句は、人の心の変りやすさをうち恨んだもの。
その貫之の気持はともかくも、とした趣向。
(『芭蕉句集 新潮日本古典集成』)
うめのはなおいがこゝろをなぐさめよむかしのともはいまはあらなくに 良寛
▽梅の花よ、私の老人の心をなぐさめてもらいたい。
昔の友達は今はもうなくなってしまったことだ。
(『近世和歌集 日本古典文学大系93』
高木市之助・久松潜一校注/岩波書店 昭和41年)
▽梅の花よ、私の老人の心をなぐさめてもらいたい。
昔の友達は今はもうなくなってしまったことだ。
(『近世和歌集 日本古典文学大系93』
高木市之助・久松潜一校注/岩波書店 昭和41年)
「鳥の鳴き声の聞きなし」(動画)
可愛いこと目が合いました(^^ )
山家歳暮
鶯の聲より外(ほか)に山ざとはいそぐ物なきとしのくれかな 香川景樹
▽来る春の用意をする鶯のほかに、
山里では年の暮だからといって別に急いで用意することもない。
(『近世和歌集 日本古典文学大系93』
高木市之助・久松潜一校注/岩波書店 昭和41年)
鶯の聲より外(ほか)に山ざとはいそぐ物なきとしのくれかな 香川景樹
▽来る春の用意をする鶯のほかに、
山里では年の暮だからといって別に急いで用意することもない。
(『近世和歌集 日本古典文学大系93』
高木市之助・久松潜一校注/岩波書店 昭和41年)
鶯がぎよつとするぞよ咳(せき)ばらひ
(『新訂 一茶俳句集』)
(『新訂 一茶俳句集』)
森の中を歩いていると、遠くで聞こえていた鳥たちの声が、だんだん近づいてくることがあります。
そんなときは、立ち止まってじっと待っていてください。
しばらくすると真上のマツの枝先に、白いおなかのエナガが数羽でやってくるかもしれません。
「ツィツィツィツィ」と鳴きながら、枝や葉にかくれている虫を食べています。
そこへ「ツツピーツツピー」「チチーチー」「ツピツピ」と、いろいろな鳥の鳴き声が集まってきました。
秋から冬にかけては、シジュウカラのなかまやエナガ、ゴジュウカラ、コゲラなどが群れをつくります。
えさをさがす場所が、シジュウカラやヤマガラは枝や地面、
ヒガラやエナガは枝先、ゴジュウカラは幹という具合にそれぞれがちがうので、
いっしょに移動しても、そんなに困らないようです。
(『鳥の自由研究3 山や海の観察 春夏秋冬』)
そんなときは、立ち止まってじっと待っていてください。
しばらくすると真上のマツの枝先に、白いおなかのエナガが数羽でやってくるかもしれません。
「ツィツィツィツィ」と鳴きながら、枝や葉にかくれている虫を食べています。
そこへ「ツツピーツツピー」「チチーチー」「ツピツピ」と、いろいろな鳥の鳴き声が集まってきました。
秋から冬にかけては、シジュウカラのなかまやエナガ、ゴジュウカラ、コゲラなどが群れをつくります。
えさをさがす場所が、シジュウカラやヤマガラは枝や地面、
ヒガラやエナガは枝先、ゴジュウカラは幹という具合にそれぞれがちがうので、
いっしょに移動しても、そんなに困らないようです。
(『鳥の自由研究3 山や海の観察 春夏秋冬』)
独り居や小鳥来てゐる些々の音 及川 貞
(『図説俳句大歳時記 秋』角川書店 昭和39年)
(『図説俳句大歳時記 秋』角川書店 昭和39年)
モズ♂が高い所から見ていたのは…
「雑木林の鳥のエサさがし」(動画)
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申し訳ありませんが,日本語だけを受けつけますm(_ _)m