2021年2月7日日曜日

暖かいのは、うれしいけど…

昨日、今日と途中で一枚脱ぐほど暖かいです。
でも、寒さが厳しい2月なので、また寒波がやってくるのだろうなぁ
日本海側は寒冷前線の通過に伴い雨(雪)や雷などに注意が必要だとか…

昨日、データが壊れたけど、今日は無事パソコンに移せた。
microSDカードを本体から抜いてカードリーダーに射し込むときに物理的な問題が起きるみたいだなぁ
 鳥飼玖美子さんも呟いておられます。

米国最高裁判事ギンスバーグさんのドキュメントが2月5日12日にEテレで放送。
女性差別と闘った生涯。
「女がいると会議が長くなる」と発言した日本のオリンピック組織委員会会長に是非とも観て、学んで欲しい。

「高齢だから老害」なのではない。
学ぶことを忘れ、他者に思いを寄せる謙虚さを失い、尊厳を平気で踏みにじるようになったら、社会の害になる。

Eテレ ドキュランドへようこそ「RBG 最強の85歳」(後編)
クリントン元大統領が「なぜかスカリア判事と仲が良かった」と語るのは、アントニン・スカリア判事との友情です。
スカリア判事が「“おかしな二人”と呼んでくれ」と言うほど。
保守派のスカリア判事の信念は
“憲法は条文の文言どおりに読むべきである”
考えがこんなに真逆でも友情を育むことができるのが凄いです。
また夫のマーティンさんの支えが大きいと思います。
ちなみに古語では「夫・妻」とも「つま」です(^_-)-☆
私は右利きなのですが、カメラのファインダーを左目で覗いています。
右目で見ようとするとどうもうまく見ることができません。
車のブレーキも左足で踏んでいます。
自動車学校では右足で踏むことを習いましたが
車に乗り始めたころAT車で急発進の事故が多発していたので左足で踏むようにしました。
高齢者の踏み間違え事故がよくニュースになっていますが、その心配はないと思います。
こんなことを書くのは、『テオリア 自然を知る50のヒント』を読んだからなんですが…
 1 感覚
 3 ルーペと双眼鏡を持って出かける ワンダフル・ワールド


 あなたはカメラのファインダーを、どちらの目で覗くだろう。
ふつうの人の利(き)き目は右で、カメラでもビデオカメラでも、右目で覗きやすいように設計されている。
ところが、ぼくは左で覗く。
一度、カメラを左目で覗いてみればわかるが、右目がボディーでかくされるうえに、鼻がカメラの裏蓋にあたって具合が悪いことおびただしい。
(『テオリア 自然を知る50のヒント』青柳昌宏 ちくま学芸文庫 1999年)
 実は、右利きの人間は、顕微鏡を左目で覗いて、右手でスケッチをしなければならないのだ。
それが習慣になると、右利きで、左目が利き目の人間が生まれる。
町でカメラを左目でかまえている変な人を見たら、生物学を勉強している人である確率が高い。
 顕微鏡をはじめて覗いたのは小学校5年生ぐらいの時だったと思う。
もっともぼくたちの時代は、国民学校と言っていたが、理科室に一台顕微鏡があって、放課後、理科専科の先生が「おい、青やん見てみるか」と言って見させてくれた。
理科の植野先生は、髭(ひげ)の濃い眼鏡の先生で、痩せて背が高く、いつも右手をズボンのベルトに差しこんで、今日はしんどいんや、という風情だった。
本当に病気だったのかもしれない。
 スライドガラスに水滴を落とし、カバーガラスをそっとかける。
横からながめながら対物レンズをカバーガラスぎりぎりまで下ろしていく。
左目を、接眼レンズに斜めにつけて静かに鏡筒を上げていくと、視野の中に、別世界が広がってくる。
疎開児童で、地元の子供からも集団疎開の子供からも疎外されて、ひとりぼっちでつらかった少年時代。
先生は体が悪くてしんどかったのかなあ。
ぼくは、ひとりぼっちでしんどかった。
そんなぼくにとって、顕微鏡の中の世界は、現実から離れられる夢の世界だった。
たった一滴の水の中で泳ぐ生物がいて、その心臓が動いているのを見たときの感動は、今も思い出すとわくわくしてくる。
「ミジンコだって、見ればグッとくるんだぞ」というミジンコ愛好家、ちょび髭のジャズマン坂田明さんは、たぶん少年の心を持ちつづけている人だろうと思う。
 鳥を見始めたのは、高校生になってからだが、双眼鏡を手にしたのは大学4年になってからだった。
質屋のウインドーで名器ミクロンの中古品を見つけて、アルバイトのお金に叔母からの借金を足して購入した。
今は、ニコンの二代目を愛用している。
東京の大学から和歌山に帰省した日、家の下の川で、はじめてカワセミをレンズの中に捕らえたときの感動は、ミジンコの心臓の拍動を見たときに匹敵するものがあった。
その頃の紀州粉河寺(こかわでら)の境内にサシバが営巣し、フクロウに毎日出会え、夕方キツネが走り、川にはカワセミが飛んだ。
〝ピッ、クィー。ピッ、クィー〟と鳴く、サシバの姿も、双眼鏡で飽かずながめたものだ。

(「世代を超える双眼鏡 双眼鏡が支えた創業期と復興期」ニコン)
 たとえテントウムシでも、ルーペで拡大して見ると、こんなきれいなものが生きている自然って素晴らしいなと、きっと思える。
どんなに科学技術が進歩しても、われわれにはアリ一匹造れないのだから、自然ってほんとうに貴重だと思う。
ぼくは、高校時代、ゴミムシダマシという甲虫類に夢中になって、和歌山県に分布するこの虫の仲間を次々と集めていたが(その標本は、大人になって和歌山県立自然博物館に寄贈した)、レンズで拡大すると、恐竜のようにすごい角が生えていたリ、歯ブラシのような角が二本突き出ていたり、体にほれぼれするような縦の線が彫刻されていたりして、それらを見るたびに「自然ってすごい」と思ったものだ。
 アウトドアには、ぜひルーペと双眼鏡を持参することをおすすめしたい。
(『テオリア 自然を知る50のヒント』青柳昌宏 ちくま学芸文庫 1999年)
今朝の父の一枚です(^_^)v

あをじ【アオジ】
 ホオジロ科の鳥でホオジロよりやや小型。
雄の頭は暗オリーヴ色、背はオリーヴ褐色で黒色の斑がある。
腹側は黄色。
雌は雄より全体にくすんだ羽色。
本州中部以北で繁殖し、秋に群れをなして南方に移る。
〝あをじ〟〝くろじ〟〝ほほじろ〟の類は奈良時代から〝しとと〟として知られている。
〝しとと〟には、〝かうないしとと〟〝かたかうなぎ〟〝みことり〟の異名があるが、これは、巫(みこ)が占いをする時に〝しとと〟を使ったからであろう。
〝しとと〟の中で特にアオジを、室町時代から〝あをじとと〟として区別するようになり、それを auojitoto と発音していたことは安土桃山時代の日葡辞書で分かる。
江戸時代になって〝あをじとと〟が簡略化して〝あをじ〟になり現在に至っている。
〝あをじ〟の漢字表記の鵐は、本来は、〝しとと〟〝みことり〟の漢字表記で、巫と鳥を合わせた国字である。
蒿雀(こうじゃく)は漢名である。
〝あをじ〟の語原は、緑色のしとと、〝あをじとと〟の略化したものである。
〝あをじ〟の異名の〝きあをじとと〟〝きあをじ〟は、頭と背がオリーヴ色、腹が黄色の〝しとと〟ということであろう。
(『図説 日本鳥名由来辞典』菅原 浩・柿澤 亮三編著 柏書房 1993年)