2017年6月30日金曜日

四天王寺へのお参り

いつもの花屋さんで仏花を買って

四天王寺にお参りに来ました。
母さんのバックを肩に掛けて、母さんの杖をついてやってきました。
先ずは、父さんの父母と義弟が眠っているお墓にお参りしました。
祖母は九十九歳の長寿でしたが
祖父は、父さんが小学校2年生の時に亡くなったそうです。
祖父が亡くなった後、祖母の苦労は並大抵のものではなかったと
それまでの裕福な暮らしから、極貧の日々を送った思い出話をしてくれました。
今日は、義弟の月命日ですが、一番の目的は祖父母の永代供養
これまでの「月牌(がっぱい) 毎月の命日に供養」から
「日牌(にっぱい) 毎日の供養」に替えてもらう手続きにきました。
というのは、母さんを納骨するときに「日牌」をお願いしようと思っています。
母さんの性格から、祖父母と差をつけるのは嫌がると思います。
石舞台(いしぶたい 重要文化財)
 創建 未詳
 再建 文化五年(1808)
 寸法 東西六間三尺八寸(約9.9メートル)
    南北六間五尺六寸(約12.67メートル)

六時堂の南、亀の池の南北に架かる石橋に組まれたもので、
「聖霊会
しょうりょうえ」の舞台となっている。

 この四天王寺の石舞台は、住吉大社の石舞台、厳島神社の平舞台とともに、
「日本三舞台」の一つとされている。
文化五年(1808)に大坂の材木問屋の寄進により建造され、
欄干には「舞台講」の文字と、石舞台再建に努めた
大坂の材木問屋講、講元四名、講中75名の名が刻まれている。

 元は白木造であったが、再建の際、石切御影石造に変更された。
昭和29年に重要文化財指定。
 聖霊会
 聖霊会は四天王寺で最も重要な舞楽大法要であり、
聖徳太子の御霊をお慰めするもので、毎年4月22日に厳修される。
六時堂内中央に太子が自らの姿を楊の枝で写されたと伝わる

「楊枝御影ようじのみえい 摂政像)」をお祀りし、
舞台上では四天王寺一山衆僧による四箇法要と、
天王寺楽所
がくそによる雅楽が夕刻まで繰り広げられる。

賓頭盧尊者びんずるそんじゃ
古代インドの十六羅漢らかんの第一尊者。
羅漢とは正式には阿羅漢あらかんといい、尊敬される仏教の聖者を意味する。
神通力じんつうりきと説法に優れ、獅子吼ししく第一と呼ばれた。
獅子吼とは仏(仏陀ぶっだ・釋迦如來しゃかにょらい)が人々に向って法を説く姿が堂々としていて、
多くの悪魔達もみな降伏することを、百獣の王、獅子が吼
えている様に例えた語である。
聖徳太子の書かれた『勝鬘経義疏しょうまんぎょうぎしょ』に「獅子吼ししくというは、
自ら大理だいりを宣ぶるにおそれる所無し」と記されている。
賓頭盧尊者は古來、撫仏なでぼとけとして多くの人々の信仰を集め、
病ある者が患わずらっている部分と同じ尊者の箇所かしょを撫でると、
その病が平癒すると伝えられている。

   総本山 四天王寺
母さんとよく来た休憩所で一休み。
母さんは、冷たい飲み物を嫌がっていたので温かいお茶にして
釣鐘まんじゅうを一個ずついただきました。
そして母さんへのお土産にも買って帰りました(^_^)v

帰ってくるとゆうちょ銀行から速達があったみたいで不在のカードが入っていました。
後で取りに行くと母さんの通帳の「相続手続き完了」のお知らせでした。
なんか不思議な気がしました。

○ ○ ○ ○

夕方、父と妹。そして母さんと食事に行きました。
今日の報告を妹にして母さんの納骨をいつにしようかと相談しました。
もうしばらく母さんには家でゆっくりしてもらって
桜の季節がいいねと決まりました。

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