キツツキの特徴といえば,木に垂直に止まる姿です。
コゲラも小さいといえキツツキですから,もちろんできます。
足もそれができるように,スズメなどと違い,
対趾足(たいしそく)とよばれる構造をしており,
前に2本,後ろに2本の指で,がっちりと止まれます。
もちろん,そのまま,木を叩く動作もします。
ただし,大型のキツツキよりも弱々しいものです。
大型のキツツキがタラララララララララと,
大きな音をたてて1.5秒くらい叩くのに対して,
コゲラは,コココココと音も小さく,叩いている時間も短めです。
それでも,0.5秒の間に10回くらいは叩いています。
(『身近な鳥の生活図鑑』)
コゲラも小さいといえキツツキですから,もちろんできます。
足もそれができるように,スズメなどと違い,
対趾足(たいしそく)とよばれる構造をしており,
前に2本,後ろに2本の指で,がっちりと止まれます。
もちろん,そのまま,木を叩く動作もします。
ただし,大型のキツツキよりも弱々しいものです。
大型のキツツキがタラララララララララと,
大きな音をたてて1.5秒くらい叩くのに対して,
コゲラは,コココココと音も小さく,叩いている時間も短めです。
それでも,0.5秒の間に10回くらいは叩いています。
(『身近な鳥の生活図鑑』)
曇り空で気温が低かったので
母は,散歩に出るのをしぶりましたが
がんばって一緒に来てくれましたp(^-^)q
母は,散歩に出るのをしぶりましたが
がんばって一緒に来てくれましたp(^-^)q
少年の影刻明に四十雀 飯田龍太
(『図説俳句大歳時記 秋』 角川書店 昭和39年)
(『図説俳句大歳時記 秋』 角川書店 昭和39年)
秋山を わが越えくれば たまぼこの 道も照るまで もみぢしにけり
秋の山道をたどり私が越えてくると,
道を赤く照らすまでに山の木々は紅葉になったことよ。
「たまぼこの」は「道」の枕詞。
この歌は良寛が実際に紅葉の山道を歩いた印象を詠みとめた属目(しょくもく)の歌で,
すがすがしい感じがある。
(『良寛 旅と人生』)
秋の山道をたどり私が越えてくると,
道を赤く照らすまでに山の木々は紅葉になったことよ。
「たまぼこの」は「道」の枕詞。
この歌は良寛が実際に紅葉の山道を歩いた印象を詠みとめた属目(しょくもく)の歌で,
すがすがしい感じがある。
(『良寛 旅と人生』)
皇帝ダリア(キク科ダリア属)
飛んでった…
エナガの口を見ると本当に小さいなと思います(^-^)
鴨 かも
[名前の由来・文化] 「かも」の語源については,
[名前の由来・文化] 「かも」の語源については,
「浮かぶ」が「うかむ」→「かむ」→「かも」となった。
あるいは雁がもとで,「がん」→「かむ」→「かも」となったなど諸説ある。
カモ類は「かも」の名で奈良時代から知られているが,
そのなかで,コガモ,トモエガモ,オシドリ,アイサ類はすでに区別され,
「たかべ(コガモ)」,「あぢ(トモエガモ)」,「をし(オシドリ)」とよばれていた。
(『俳句の鳥・虫図鑑』復本一郎監修 成美堂出版 2005年)
あるいは雁がもとで,「がん」→「かむ」→「かも」となったなど諸説ある。
カモ類は「かも」の名で奈良時代から知られているが,
そのなかで,コガモ,トモエガモ,オシドリ,アイサ類はすでに区別され,
「たかべ(コガモ)」,「あぢ(トモエガモ)」,「をし(オシドリ)」とよばれていた。
(『俳句の鳥・虫図鑑』復本一郎監修 成美堂出版 2005年)
脚を垂れ鷺とべりけり男とふ鬱悒(いぶ)せき性を思ひゐしとき 高野公彦
鶴と異なり,鷺の飛翔は優美ではない。
沈黙,憂鬱を象徴する,無様な飛翔の姿は下の句の男性心理と照応し笑いを誘われる。
(『岩波現代短歌辞典』)
鶴と異なり,鷺の飛翔は優美ではない。
沈黙,憂鬱を象徴する,無様な飛翔の姿は下の句の男性心理と照応し笑いを誘われる。
(『岩波現代短歌辞典』)
山しばにおのれとくるふ鶲かな 飯田蛇笏
(『俳句の鳥・虫図鑑』復本一郎監修 成美堂出版 2005年)
(『俳句の鳥・虫図鑑』復本一郎監修 成美堂出版 2005年)
アイシャドウ(過眼線)がクッキリ見えているのでモズ♂
貧乏のどんぞこで百舌鳥がなく
(『山頭火大全』 講談社 1991年)
(『山頭火大全』 講談社 1991年)
もみぢせる諸木がなかに銀杏葉のこのゆたかさのをしくおほゆ 土田耕平
(『植物歳時記』)
(『植物歳時記』)
踏切より径は下りの秋桜
(『しづ子』)
(『しづ子』)
冬空でしたが,あまり風が吹いていなかったので助かりました(o^^o)
「鳥を誘う赤い実 ガマズミ」(動画)