2026年5月24日日曜日

薫風かな

久しぶりに公園を歩くと季節が一気に進み
アジサイも咲き出しました。
コスモスまで咲いていてビックリです!
暑いですが、梅雨入り前で風が爽やかでした。
未来へのプレイリスト
ピーター・バラカン プレゼンツ メッセージソング with いとうせいこう
何か緊急事態が起きると音楽などは自粛をもとめられるけど
番組の最後に紹介されていた曲は、50年以上前の歌ですが、いまだに慕われている曲。
大きな災害や9・11米国同時多発テロの後などに励ましの歌として人々に歌われてきた。
コロナの時の映像が流れていました。

日曜美術館「暢気な破壊者 日本画家・今村紫紅
明治時代に天皇の逆賊といわれた平将門を描いていたのにビックリしました。
それも怨霊でない!
平親王(たいらのしんのう)」(横浜美術館)
風、薫る(36)第8週「夕映え」で千佳子(仲間由紀恵)が読んでいたのは、

『源氏物語』第四十帖「御法(みのり)

朝ドラ「風、薫る」公式(5月18日)

 第二章 源氏物語五十四帖のあらすじ、別離と死別

 この章では、五十四帖の大まかな流れを辿ります。
その際、登場人物たちの年齢も明記します。
年齢が分かると、より物語を身近に感じるはずです。
 源氏物語の大きな特徴は二つあります。
ひとつは人物の描き方が三段構えになっている点です。
たとえば、ある人物が心の内であれこれと思案します。
いわゆる心中思惟です。
あれでもない、こうでもない、いやそうともいえないし、これも考慮しないといけない、というように、登場人物は種々に思い悩みます。
 その挙句、発言するときは、そんな複雑な心中思惟を簡略化して、なおかつ世間体も考慮しながら「これこれで」と口にします。
これが大抵は嘘になってしまいます。
本音はどうなるかというと、発せられる和歌に盛り込まれます。
(『源氏物語のこころ』帚木蓬生 朝日新聞出版 2024年)
 つまり、Aの心中思惟、Bの嘘っぽい発言、Cの本音というように、登場人物は三段構え、もっと正確に言えば、三層の言辞の上で動くのです。
そのため各人物は、あたかもスローモーションのように、考えを巡らし、心の内をはずれた発言をし、和歌で本音を吐きます。
この意味で、最後の和歌が重要な役割を果たします。
和歌にこそ心が内包されているからです。
源氏物語には全部で七百九十五首の和歌が挿入されているといいます。
本居宣長が源氏物語を歌物語と指摘したのは、誠に言い得て妙です。
平たく言えば、源氏物語はミュージカルなのです。
ミュージカルでも、切々と、あるいは朗々と歌い上げられるのは心の内面です。
 以上の三層構造によって人物に深みがもたらされます。
ABCの隔たりが大きいほど、人物に厚みが出るのです。
その代表が光源氏と紫の上(むらさきのうえ)、薫(かおる)の三人です。
光源氏はこれによって太っ腹な人物、多情多恨ながらも泰然さを失わない人間として描かれます。
紫の上は、内面に抱えた懊悩を決して表には出さず、女三の宮(おんなさんのみや)が正妻として光源氏に降嫁しても、動揺は見せません。
穏やかに対処します。
 薫も、この三層の幅が大きいため、結局は何を考えているのか解し難い人間になっています。
浮舟(うきふね)はそこに戸惑いを覚え、直情径行(けいこう)で単純な匂宮(におうみや)の方に心を惹かれてしまうのです。
 今日ではこのような心理描写の超絶技巧を駆使できる作家は、もはや稀でしょう。
 特徴の第二点は、紫式部が力を込めて、これでもかこれでもか、と筆で石を刻むが如く、描写するのが、人との別れ、人の死です。
この別離、死別に対する紫式部の目には、一分の隙もありません。
別れる人の心理を含めて、現象のすべてを、余す所なく書きつけます。
このねばり強い筆致は、もう私たち現代作家からは消え去っているように感じます。
さらに、別離を丁寧に描いているからこそ、再会の場面が生きてきます。
 以下の源氏物語の要約では、この別離と死別の哀しみ、そして再会を強調します。
 四十帖「御法(みのり)」 紫の上との死別

 この帖では、光源氏五十一歳、紫の上四十三歳、秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)四十二歳、明石の君(あかしのきみ)四十二歳、明石の中宮二十三歳、夕霧三十歳、匂宮(におうみや)五歳、薫(かおる)四歳です。
四年前に大病をして以来、紫の上は少しずつ弱ってきた自らを悟り、出家を望みますが、光源氏は相変わらず許しません。
三月、二条院で、紫の上主催の法華経千部の供養が催されたのも、後世を願うためで、今上帝や夕霧、秋好中宮、明石の中宮、花散里(はなちるさと)、明石の君も参列します。
夏になると紫の上の衰弱はひどくなり、自分が育て上げた明石の中宮と匂宮に、さりげなく遺言します。
光源氏は二条院に籠ってひたすら紫の上の看病に尽くすのですが、容態は急変し、紫の上は明石の中宮に手を取られたまま、息絶えます。
茫然自失のまま、光源氏は灯火をかかげて、紫の上の美しい死顔に見入り、夕霧もその顔を初めて間近に目にし、感動します。
 八月十五日の葬送の際も光源氏は足が地につかず、家に帰りついたあとも、臥しても起きても涙の涸れる間もありません。
弔問の人々とも会わず、悲嘆の内に勤行に励むのです。
(『源氏物語のこころ』帚木蓬生 朝日新聞出版 2024年)
 11 死ぬ時って、結局ひとりなの?
 コラム14 ヒロインの最期――紫の上と光源氏の別れ

  おくと見るほどぞはかなきともすれば風にみだるる萩(はぎ)のうは露(つゆ)

げにぞ、折れかへりとまるべうもあらぬ、よそへられたるをりさへ忍びがたきを、見出(みい)だしたまひても。

  ややもせば消(き)えをあらそふ露の世(よ)におくれ先(さき)だつほど経(へ)ずもがな

とて、御涙を払ひあへたまはず。宮、

  秋風にしばしとまらぬつゆの世をたれか草葉(くさば)のうへとのみ見ん
(『源氏物語入門』高木和子 岩波ジュニア新書 2023年)
  (露が置くように、起きると見る間もなく、ともすれば風に乱れる萩の上の露のように、はかない私の命ですよ(紫の上)

なるほど、萩は折れ返って露がとどまるはずもない様子で、紫の上の命となぞらえられる折であって、光源氏はとても耐えがたいので、外をご覧になっても、

  ともすれば消えるのを争う露のような人の命に、一方が後(おく)れて一方が先だつ間もなく、一緒に死ねればよいがなあ(光源氏)

といって御涙を払いのけることがおできにならない。明石中宮(あかしのちゅうぐう)は、

  秋風にしばしもとどまることのない露のような世を、いったい誰が草葉の上のこととだ見ましょうか)    (御法巻40)
 紫の上の臨終には、光源氏と紫の上と明石中宮の三者が歌を詠み交(か)わします。
秋草に露の宿る折、人の命のはかなさが露に喩(たと)えられ、紫の上との最後の別れのひと時が惜しまれます。
 それにしても、紫の上は死ぬ間際(まぎわ)になぜ光源氏と二人だけで向き合わないのでしょうか。
そこに養女の明石中宮がいることで、けっして世の継子(ままこ)物語の継母(ままはは)のように意地悪ではなく、あくまで情愛深く、実子さながらの信頼関係を結んだ紫の上の優(すぐ)れた人柄が確かめられます。
 と同時に、陪席(ばいせき)できる血縁の身寄りのない紫の上は、ただ光源氏との関係だけを頼りに生きてきたし、光源氏もただ一人だけで紫の上の死を引き受けられなかったのでしょうか。
 萩に宿る露が秋風に乱れ、風前の灯火(ともしび)であるかの様子に、紫の上の残りわずかな命を喩えながら、人の世の無常を三人は唱和します。
風景と人物の感情が一体となった名場面です。
(『源氏物語入門』高木和子 岩波ジュニア新書 2023年)
この「御法」の次が「」、そして「雲隠」なのですが

 薫のはじまり

「幻」の巻で、一年にわたって紫の上を偲びつづけた光源氏。
つづく「雲隠(くもがくれ)」の巻は、タイトルだけあって、本文がないという異例の巻である。
そして次の「匂兵部卿(におうひょうぶきょう)」の巻の冒頭には「光隠れたまひしに後……(光源氏の君が、この世からお隠れになってしまった後)」とある。
つまり「雲隠」で光源氏は亡くなったというわけだ。
本文のない「雲隠」については、さまざまな説がある。
紫式部のアイデアなのか、はたまた後の時代の人のしわざなのか。
はっきりしたことは、現在でも明らかになっていない。
(『愛する源氏物語』俵万智 文春文庫 2007年)
 が、一人の読者としての印象を言えば、これはまことにカッコいい。
主人公の死といえば、もっともドラマチックな場面だ。
もちろん、それを読んでみたい、という気持ちもある。
でもいっぽうで、それが空白として手渡されるというのは、また刺激的なことだ。
私たちは、ある意味自分で、光源氏の死を描くことができるのだから。
 すべてを描ききらず、読者を信頼してゆだねる――というのは、短歌や俳句などの短詩型が得意とするところ。
それを、この大長編小説のクライマックスでやってのけるというのは、なかなか心憎い。
真相はわからないが、紫式部なら、それぐらいのことは、してくれそうな気がする。

 …後略…

(『愛する源氏物語』俵万智 文春文庫 2007年)

国語の授業で文学作品は「行間を読む」ことが大事だと教えられてきたと思います。
なのに朝ドラなどで語らない(「空白」)場面があるとSNSなどで叩かれるみたい
私は、饒舌なドラマは好きではないです!
朝ドラ「ばけばけ」の蛇と蛙のナレーション「ネェ~!」が大好きでしたね~(^_-)
今朝の父の一枚です(^^)/
ヤマボウシがまだ咲いていました。

 芽吹き 

 5月はクヌギやコナラを主体とする雑木林に行ってみましょう。
できれば4月中旬から毎週おとずれてみると、落葉樹の葉の生長の速さに驚かされます。
 山梨県の韮崎市(にらさきし)から長坂町(ながさかちょう)にかけて畑の間に点在している雑木林では、4月下旬に、クヌギやコナラの木は白い房のような目立たない花を咲かせます。
そして花とほぼ同時に芽吹きがはじまります。
芽吹いたばかりの葉は、クヌギもコナラも緑色というよりも白っぽく、遠くから眺めると、まるで枯木に灰白色の小さな花がいっぱい咲いているように見えます。
 この時期から3週間は、1年のうちでもっとも雑木林の木々が生き生きする時期です。
ほんの小指ほどの葉が、みるみるうちにのびてきます。
芽吹きから、わずか3週間で葉はほぼ完全にのび、クヌギでは10センチ以上の大きさになります。
平均すれば1日に5ミリほど生長したわけです。
(『自然観察12ヵ月』海野和男編著 岩波ジュニア新書 1983年)