2025年1月24日金曜日

暖かいのは…

春霞ようにお日さんがぼんやりとしていました。
天気予報を見ていると3月並みの暖かさだそうですが
明日からは、平年より気温は高めだけど下がるそうです。
今までが暖かすぎたので体調管理に気をつけてくださいと話しておられました。
2月は、気温が低いそうですよ(^_^;

Eテレ2355(1月22日 水曜日)
「チームにょろにょろ 2025年豆知識 その2」 「春の花粉 多いらしい
福島 檜枝岐村で震度5弱 今後1週間程度 雪崩など注意」(NHK 1月23日)
最近地震が多いですね……

内陸地震“見えない脅威”最新研究 あなたの地域のリスクは」(NHK 1月17日)
○ランク分けに関わらず、日本ではどの場所においても、地震による強い揺れに見舞われるおそれがあります
 中井先生に会いに、神戸へ  宮地尚子
     
 …前略…
 
 最初の直接記憶

 中井先生と直接お会いした時々の記憶をよみがえらせる。
そして、それらを時系列に並べて、整理してみようとすう。
中井先生の各著作の発行年や社会の大きな出来事なども並べてみたくなる。
原稿は遅々として進まないが、とても豊かな時間ではある。
 直接的な最初の記憶は、中井先生の手書きの地図である。
多文化間精神医学会の立ち上げの会だったと思う。
六甲山のふもとにある神戸大学の、見晴らしのよい会場だった。
いま調べてみると、1993年7月のことである。
一年半後に阪神淡路大震災が起きることなど、誰も予想しなかった。
穏やかな時期の神戸である。
『中井久夫 <増補新版>』河出書房新社編集部編 2022年)
 私自身は、精神科医としての臨床研修の後、医療人類学や文化精神医学を学びにボストンに渡り、3年間の留学生活を経て、帰国し1年たった頃である。
日本社会に戻って、閉塞感を感じはじめた時期だったかもしれない。
神戸の街と、その向こうに海が見渡せる会場は、新しい学会設立時特有の熱気にあふれていた。
多様な文化の中でこころの問題を考えたいという志を持った人たちが集まっており、私もそこで何人かの知己を得て、その後長い交流が続いていくことになる。
 そこで配られていたのが、中井先生の手書きの六甲周辺の地図である。
あの地図には魅了された。
達筆で書かれたメモ混じりの地図は、要点を得、わかりやすく、やさしく、かつ美しかった。
こんな地図をさらさらと描ける人がいるのだ、文化人とはこういう人たちのことを意味するのか、と感動した。
私は一参加者に過ぎず、遠くから(確か山側の一番後ろの席に座っていたような気がする)中井先生の講演を聞くだけだったが、あの地図のおかげで、個別にそっと声をかけてもらったような気がした(きっと他の参加者もそうだったと思う)。
 阪神淡路大震災を経て

 その後、1995年1月に阪神淡路大震災が起き、神戸の風景は一変する。
中井先生は震災の渦中、まさに渦のまっただ中にありながら、熱心な執筆活動を続ける。
ジュディス・ハーマンの『心的外傷と回復』の翻訳出版が1996年11月。
1997年には、神戸連続児童殺傷事件が起き、中井先生はその精神鑑定にも関わる。
 2000年12月、中井先生の後輩であり、心的外傷や解離の専門家であり、私にとってはかけがえのない仲間である安克昌さんが亡くなる(今や伝説のメーリングリスト・デルタを安さんが主宰していた。デルタはディソシエーション〔解離〕の頭文字である)。
お通夜も告別式も寒かったということだけをよく覚えている(ただし、共に見送る仲間たちはそばにいた)。
中井先生の追悼の辞(『時のしずく』に所収)は、悲痛であり、痛切なものである。
悲しみは痛く、痛みは切ない。

 …後略…

(『中井久夫 <増補新版>』河出書房新社編集部編 2022年)
手書きの地図の画像を載せることができませんが
中井久夫 <増補新版>』(232-233頁)に載っています。
その中からほんの一部、メモを転記すると
☆迷ったら山に神戸市のマークのネオンがある、そっちが北(上)です。
雨なら、石をころがして落ちて行ったほうが南(浜側)です

食事をするお店の情報や交通機関の情報などがたくさんメモされています。
観光用のガイドブックよりも詳しいのではないかな!
100分de名著「安克昌“心の傷を癒すということ” (4)心の傷を耕す
で、取り上げられると思いますが
(リンク先は「新増補版」です)

災害と地域社会
  マイノリティ問題
 

 コミュニティとは、地域における人と人との具体的なつながりである。
だが、コミュニティは助けあいという美しい面だけをもっているわけではない。
一方でコミュニティは、マイノリティの人たちを排除しようとすることがある。
村八分や差別という残酷なことも行なうのである。
たとえば、震災後の「ハネムーン期」においてすら、排除されようとした人たちがいる。
精神障害者・外国人・ホームレスが、避難所で冷遇されたケースがあった。
(『心の傷を癒すということ』安克昌 作品社 1996年)
 かつて関東大震災の直後、朝鮮人が混乱に乗じて井戸の中に毒を投入するなどという流言飛語が飛び交い、官憲や一般市民によって多数の朝鮮人が虐殺された。
そのため阪神・淡路大震災の後には、韓国のマスコミが「今回は朝鮮人虐殺はなかった」旨の報道を行なった。
 阪神・淡路大震災で、外国人は173人の死者を出している。
内訳は、韓国・朝鮮111人、中国・台湾44人、アメリカ2人、ペルー1人、ブラジル8人、フィリピン2人、オーストラリア1人、ミャンマー3人、アルジェリア1人(96年1月12日、兵庫県警発表)などとなっている。
被災地にはさまざまな外国人が住んでいたことがわかる。
 韓国・朝鮮人および中国・台湾人は、日本に定住する外国人として歴史が古い。
すでに三世以上の人たちも少なくない。
そして、今では日本社会と独特の混じり方をしながら共存している。
つまり、特定地域に在日韓国・朝鮮人あるいは在日華僑が集まって住んでいるわけではなく、閉鎖的な独自のコミュニティをもっているわけでもない。
日本語も日本人同様に話し、日本の文化への同化度も高い。
文化への同化度が高い分だけ、日本のコミュティに深く浸透してきているといえるだろう。
 震災のときには、朝鮮人学校が避難所として日本人にも開放されていたし、在日韓国居留民団の炊き出しは日韓の区別なく配られたという。
神戸朝日病院の医師・金守良氏は「日本人と韓国・朝鮮人は共に死んだ(共死)だけでなく、共に生き延びた(共生)のである」(「第三回多文化間精神医学会抄録集」より)と述べている。
また華僑団体も同文学校(中国人学校)を避難所として開放するなど、「地震後かえって地域住民との心の交流がスムーズになったという感想が各所できかれた」(神戸商船大学の陳来幸氏、同「抄録集」より)という。
 このように在日外国人としては歴史の古い韓国・朝鮮、中国・台湾の人々は、自らの民族団体を持ちながら、日本のコミュティとうまく相互浸透して、震災を乗り切ったのだという。
 震災前から、とくに神戸は外国人にとって住みやすい土地であると評される町であった。
それは港町であるという特性もあるだろう。
また大阪と京都が近くにあることも関係しているだろう。
大阪は経済活動の中心であり、京都は伝統文化の中心である。
大阪や京都と比べると、神戸は周辺であるという気安さがあり、それが外国人を受け入れやすい土壌になっていたのだろう。
 その意味で神戸および阪神間は、外国文化だけでなく多様なサブカルチャーを含んだ重層的なコミュニティだった。
多様なサブカルチャーはけっして摩擦なく存在していたわけではないが、さまざまな外国人が住み、下町もあれば高級住宅街もあり、古い家並みとハイカラな街が入れ子になっていた。
それぞれが重なり合うように存在していた。
このような神戸・阪神間のコミュティの良さが、震災で失われてほしくないと思う。
 マイノリティの問題は、外国人の問題にとどまらない。
身体・精神障害者や被差別部落に対する差別問題などは、震災前からあったことである。
神戸では現在、復興計画が展開されている。
コミュニティに大きな変動が起こるとき、多数派の論理が跋扈し、マイノリティが、排除か同化か、の二者択一を迫られやすい。
排除か同化かではなく、マイノリティがそのアイデンティティを保ちながら、地域のコミュティに属する方向を模索することが大切なのである。
 私たちはコミュニティの問題について、改めて問い直してみるべきだろう。
人間らしい暮しとは家の広さやモノの豊かさだけではない。
どのようなコミュニティをつくるのかということもひじょうに重要な問題である。
(『心の傷を癒すということ』安克昌 作品社 1996年)
 〝トランプ氏に主教が「慈悲」求める 「ジェンダーは二つ」や移民に関する発言めぐり〟(BBCNEWS JAPAN 1月23日)

トランプ氏による恩赦、議会襲撃の暴徒らをほぼ完全解放 支持者ら歓迎」(BBC NEWS JAPAN 1月22日)

「あの日私たちは間違っていた」 米議会襲撃で有罪の女性、トランプ大統領の恩赦を拒否〟(BBC NEWS JAPAN 1月23日)

トランプ氏の「出生地主義」廃止令、連邦地裁が差し止め 「あからさまに違憲」〟(BBC NEWS JAPAN 1月24日)

1期目の時は、トランプ大統領に意見をいう側近がいました。
2期目は……
今朝の父の一枚です(^^)/
故郷では、鳴き声がうるさいほどいるそうです。

 磯鵯[いそひよどり] 
  海岸の鳥か山岳の鳥か

 雄はコバルトブルーと赤茶色の取り合わせが美しい小鳥です。
それに比べて雌は地味な姿です。
海岸の岩場を中心に、河口、港湾などに生息しています。
特に沖縄では数が多く、最も身近な野鳥のひとつに数えられるほどです。
 ヒヨドリの名が付いていますが、分類上はヒヨドリ科のヒヨドリとは無縁で、ヒタキ科(かつてはツグミ科)イソヒヨドリ属の鳥です。
磯に棲(す)むヒヨドリに似た鳥という意味の和名ですが、ヒヨドリに似ているとは思えませんし、分類もそれを示しています。
生息環境としては、日本ではその名のとおり磯(海岸)にいることが多いのですが、海外ではちょっと様子が違います。
例えば、英名の Blue Rock Thrush は直訳すれば「岩場にいる青色のツグミ」となり、海を直接表す語は出てきません。
また学名(ラテン語)のモンティコラ( Monticola )は「山の住人」という意味で、ますます海から遠ざかった名になっています。
実際、中東やヨーロッパ南部などの生息地では、この鳥は海辺よりも山岳地帯の岩場で多く見られるのだそうです。
 これは、どうやら日本の地形の特徴を示唆する現象のようです。
つまり、日本は山と海の距離が近く、急峻(きゅうしゅん)な地形のため、結果として岩場が海岸沿いに多く存在するわけです。
これに対してヨーロッパなどでは岩場は必然的に山岳地帯のものとなることが多いようです。
つまり、海沿いであれ山岳地であれ、イソヒヨドリにとっては岩場でさえあればどちらでもいいということなのです。
(『日本野鳥歳時記』大橋弘一 ナツメ社 2015年)
午後から心臓リハビリでした。
待っている時間に読んでいたのは『新版 ウイルスと人間』(試し読みができます)
最近、新型コロナはもう大丈夫みたいなことを発信する方がいますが
逆なんですよね
ウイルスにとってみれば、人間はとるにたらない存在にすぎない

心臓リハビリはトレッドミルを30分間、10分おき位に酸素飽和濃度や脈拍を測ってもらいました。
30分間で歩いた距離は1.85km。
消費カロリーは112kcal。
マスクをして運動なので負荷をあまり上げないで歩きました。