昨日(旧年)と今日(新年)、何も変わらず公園を歩いてきました。
世界をみると、こうして平凡な生活ができることは幸せだなと思います。 希望
夕ぐれはしずかに
おそってくるのに
不幸や悲しみの
事件は
列車や電車の
トンネルのように
とつぜん不意に
自分たちを
闇のなかに放り込んでしまうが
我慢していればよいのだ
一点
小さな銀貨のような光が
みるみるぐんぐん
広がって迎えにくる筈だ
負けるな
(『詩集 希望』杉山平一 編集工房ノア 2011年)
編集工房ノアのサイトが分からないので国立国会図書館にリンクさせています。
品切れにはなっていないようです。去年の紅白に趣里さんが出演されなかったので残念なのですが
ブギウギの撮影が大変なのだと思います。
演技だけでなく、これほど歌やダンスを要求される朝ドラはなかったと思います。
紅白のステージで歌い踊るには、準備にそれなりの時間が必要だったと思うので
紅白のステージで歌い踊るには、準備にそれなりの時間が必要だったと思うので
スケジュールとして無理だったのでしょうね。
先日、スズ子と愛助が太宰治と同じ三鷹に住んでいると書きました。
家を出ると、急にむづかしき顔して衣紋をつくろひ、そり身になつてそろりそろりと歩いて、物持の大旦那がしもじもの景気、世のうつりかはりなど見て廻つてゐるみたいな余裕ありげな様子である。先日、スズ子と愛助が太宰治と同じ三鷹に住んでいると書きました。
(この頃、笠置シヅ子が住んでいたのは世田谷区の三軒茶屋)
太宰治も原作や日記などに着想を得て新たな世界を展開しています。
「西鶴は、世界で一ばん偉い作家である」とまで書いている
西鶴の物語からいくつかを選んで『新釈諸国噺』にまとめています。
先日、紹介した『世間胸算用』から題材をとった作品もあるので
数回に分けて転記したいと思いますφ(.. )
転記している本は、昭和51年に出た本です。
旧漢字を新漢字に改めていますし、リンク先は、文庫本です。新釈諸国噺
粋 人
「ものには堪忍といふ事がある。この心掛けを忘れてはいけない。ちつとは、つらいだらうが我慢をするさ。夜の次には、朝が来るんだ。冬の次には春が来るのさ。きまり切つてゐるんだ。世の中は、陰陽、陰陽、陰陽と続いて行くんだ。仕合せと不仕合せとは軒続きさ。ひでえ不仕合せのすぐお隣りは一陽来復の大吉さ。ここの道理を忘れちやいけない。来年は、これあ何としても大吉にきまつた。その時にはお前も、芝居の変り目ごとに駕籠で出掛けるさ。それくらゐの贅沢は、ゆるしてあげます。かまはないから出掛けなさい。」
などと、朝飯を軽くすましてすぐ立ち上り、つまらぬ事をもつともらしい顔して言ひながら、そそくさと羽織をひつかけ、脇差さし込み、けふは、いよいよ大晦日、借金だらけのわが家から一刻も早くのがれ出るふんべつ。
(『太宰治全集第六巻』筑摩書房 昭和51年)
家に一銭でも大事な日なのに、手箱の底を掻いて一歩金二つ三つ、小粒銀三十ばかり財布に入れて懐中にねぢ込み、「お金は少し残して置いた。この中から、お前の正月のお小遣ひをのけて、あとは借金取りに少しづつばらまいてやつて、無くなつたら寝ちまへ。借金取りの顔が見えないやうに、あちら向きに寝ると少しは気が楽だよ。ものには堪忍といふ事がある。けふ一日の我慢だ。あちら向きに寝て、死んだ振りでもしてゐるさ。世の中は、陰陽、陰陽。」と言ひ捨てて、小走りに走つて家を出た。「西鶴は、世界で一ばん偉い作家である」とまで書いている
西鶴の物語からいくつかを選んで『新釈諸国噺』にまとめています。
先日、紹介した『世間胸算用』から題材をとった作品もあるので
数回に分けて転記したいと思いますφ(.. )
転記している本は、昭和51年に出た本です。
旧漢字を新漢字に改めていますし、リンク先は、文庫本です。新釈諸国噺
粋 人
「ものには堪忍といふ事がある。この心掛けを忘れてはいけない。ちつとは、つらいだらうが我慢をするさ。夜の次には、朝が来るんだ。冬の次には春が来るのさ。きまり切つてゐるんだ。世の中は、陰陽、陰陽、陰陽と続いて行くんだ。仕合せと不仕合せとは軒続きさ。ひでえ不仕合せのすぐお隣りは一陽来復の大吉さ。ここの道理を忘れちやいけない。来年は、これあ何としても大吉にきまつた。その時にはお前も、芝居の変り目ごとに駕籠で出掛けるさ。それくらゐの贅沢は、ゆるしてあげます。かまはないから出掛けなさい。」
などと、朝飯を軽くすましてすぐ立ち上り、つまらぬ事をもつともらしい顔して言ひながら、そそくさと羽織をひつかけ、脇差さし込み、けふは、いよいよ大晦日、借金だらけのわが家から一刻も早くのがれ出るふんべつ。
(『太宰治全集第六巻』筑摩書房 昭和51年)
けれども内心は、天神様や観音様、南無八幡大菩薩、不動明王摩利支天、べんてん大黒、仁王まで滅茶苦茶にありとあらゆる神仏のお名を称へて、あはれけふ一日の大難のがれさせ給へ、たすけ給へと念じて眼のさき真暗、全身鳥肌立つて背筋から油汗がわいて出て、世界に身を置くべき場所も無く、かかる地獄の思ひの借財者の行きつくところは一つ。
花街である。けれどもこの男、あちこちの茶屋に借りがある。
借りのある茶屋の前は、からだをななめにして蟹のやうに歩いて通り抜け、まだいちども行つた事の無い薄汚い茶屋の台所口からぬつとはひり、
「婆はゐるか。」と大きく出た。
もともとこの男の人品骨柄は、いやしくない。
立派な顔をしてゐる男ほど、借金を多くつくつてゐるものである。悠然と台所にあがり込み、「ほう、ここはまだ、みそかの支払ひもすまないと見えて、あるわ、あるわ、書付けが。ここに取りちらかしてある書付け、全部で、三、四十両ぐらゐのものか。世はさまざま、〆(しめ)て三、四十両の支払ひをすます事も出来ずに大晦日を迎へる家もあり、また、わしの家のやうに、呉服屋の支払ひだけでも百両、お金は惜しいと思はぬが、奥方のあんな衣裳道楽は、大勢の使用人たちの手前、しめしのつかぬ事もあり、こんんどは少しひかへてもらはなくては困るです。こらしめのため、里へかへさうかと考へてゐるちに、あいにくと懐妊で、しかも、けふこの大晦日のいそがいし中に、産気づいて、早朝から家中が上を下への大混雑。生れぬさきから乳母を連れて来るやら、取揚婆を三人も四人も集めて、ばかばかしい。
だいたい、大長者から嫁をもらつたのが、わしの不覚。奥方の里から、けさは大勢見舞ひに駈けつけ、それ山伏、それ祈禱、取揚婆をこつちで三人も四人も呼んで来てあるのに、それでも足りずに医者を連れて来て次の間に控へさせ、これは何やら早め薬とかいつて鍋で煮てござる。安産のまじなひに要るかと言つて、子安貝(こやすがひ)、海馬(かいば)、松茸の石づき、何の事やら、わけのわからぬものを四方八方に使ひを走らせて取寄せ、つくづく金持の大袈裟な騒ぎ方にあいそがつきました。旦那様は、こんな時には家にゐぬものだと言はれて、これさいはひ、すたこらここへ逃げて来ました。まるでこれでは、借金取りに追はれて逃げて来たやうな形です。けふは大晦日だから、そんな男あるでせうね。気の毒なものだ。いつたいどんな気持だらう。酒を飲んでも酔へないでせうね。いやもう、人さまざま、あはははは。」と力の無い笑声を発し、「時にどうです。言ふも野暮だが、もちろん大晦日の現金払ひで、子供の生れるまで、ここで一日あそばせてくれませんか。たまには、こんな小さい家で、こつそり遊ぶのも悪くない。おや、正月の鯛を買ひましたね。小さい。家が小さいからつて遠慮しなくたつていいでせう。何も縁起ものだ。もつと大きいのを買つたらどう?」と軽く言つて、一歩金一つ、婆の膝の上に投げてやつた。 婆は先刻から、にこにこ笑つてこの男の話に相槌を打つてゐたが、心の中で思ふやう、さてさて馬鹿な男だ、よくもまあそんな大嘘がつけたものだ、お客の口先を真に受けて私たちの商売が出来るものか。
酔狂のお旦那がわざわざ台所口からはひつて来て、私たちをまごつかせて喜ぶといふ事も無いわけではないが、眼つきが違ひますよ。
さつき、台所口から覗いたお前さんの眼つきは、まるで、とがにんの眼つきだつた。
借金取りに追はれて来たのさ。
毎年、大晦日になると、こんなお客が二、三人あるんだ。
世間には、似たものがたくさんある。玉虫色のお羽織に白柄の脇差、知らぬ人が見たらお歴々と思ふかも知れないが、この婆の目から見ると無用の小細工。
おほかた十五も年上の老い女房をわづかの持参金を目当てにもらひ、その金もすぐ使ひ果し、ぶよぶよ太つて白髪頭の女房が横坐りに坐つて鼻の頭に汗を掻きながら晩酌の相手もすさまじく、稼ぎに身がはひらず質八置いて、もつたいなくも母親には、黒米の碓(からうす)をふませて、弟には煮豆売りに歩かせ、売れ残りの酸くなつた煮豆は一家のお惣菜、それも母御の婆さまが食べ過ぎると言つて夫婦でじろりと睨むやつさ。
それにしても、お産の騒ぎとは考へた。
取揚婆が四人もつめかけ、医者は次の間で早め薬とは、よく出来た。
お互ひに、そんな身分になりたいものさね。
大阿呆め。
お金は、それでもいくらか持つてゐるやうだし、現金払ひなら、こちらは客商売、まあ、ごゆるりと遊んでいらつしやい。
とにかく、この一歩金、いただいて置きませう、贋金でもないやうだ。
…つづく…
(『太宰治全集第六巻』筑摩書房 昭和51年)今朝の父の一枚です(^^)/
一年をモズで始めることができたと喜んでしました。
質問31 鳥どうして前にひっくりかえらずに着陸できるのですか?
[回答]フルスピードで走っていた自動車が事故をおこすことなく急停車できないことは誰でも知っています。
鳥が着地する時も同様で、十分考慮しなければならない技術と用心がいるわけです。
鳥が大きければ大ほど、スピードがついてればいるほど、より大きな注意が必要です。
着陸前に鳥は滑空に移りスピードを落します。
尾羽を開き、下にさげてブレーキをかけ、体を直立姿勢に変えていきます。
そして、数回のすばやい前向きのはばたきをします。
翼は体のバランスがととのう前にいっぱいにひろげます。
着地の瞬間には長い脚と、弾力性のある脚の筋肉が衝撃を吸収します。
タカやモズのような鳥では、高いとまり場所にとまる直前に余分な滑空上昇を利用してとまります。
多くの水鳥たちは優美な長い滑空ののち、特別な減速の努力なしに、単純に着水できます。
どんな場合でも鳥が着陸のときつんのめるなどということはないのです。
(『鳥についての300の質問 君が知りたいすべてに答える』A.クリュックシァンク H.クリュックシァンク著 青柳昌宏訳 講談社ブルーバックス 1982年)
本年もよろしくお願いいたします。
返信削除kazeさん~
いつもお優しお声かけをいただき有難うございます。
>一年をモズで始めることができたと喜んでしました。
とても可愛いお顔のモズちゃんです。
お父様、とってもいい瞬間を撮られた思います。
>小さな銀貨のような光が
みるみるぐんぐん
広がって迎えにくる筈だ
どんな時にでもですね。(#^.^#)
良い年となりますように。。。
カイさん本年もよろしくお願いします
返信削除>とても可愛いお顔のモズちゃんです。
モズは猛禽類ですが、女の子はかわいいですよね(^_-)
12月30日にカワセミで1年を締めくくることができ
1月1日にモズで1年を始めることができて運がいいと喜んでいました。
杉山平一さんの詩集『希望』は、2011年11月に出版されました。
あとがきの最後に〝詩集の題名を「希望」としたが、少しでも復興への気持ちを支える力となれば、と祈るばかりである〟と書かれています。
私も2011年7月31日に心筋梗塞を発症しました。
「負けるな」という言葉に負けてたまるかと元気をもらいまいした。
カイさんの記事を楽しみに読んでいます。
良い年になりますように!