なんと被せていた冠(クラウン)が外れてしまった…
朝、昨日の雨が止むと思っていたら、土砂降りです…
リハビリ散歩をあきらめて、歯科医院に電話すると、
午前中に診てもらえることになりました。
受診すると、被せるだけですむと思っていたら
虫歯になっていて治療することになりました(;´Д`)
午後は、車の定期点検でディーラーの方が来てくれるのを待っていました。
代車をお願いしていて、運転したのですが、
歳をとるとそんなに変わっていなくてもまごつきます。
慎重に運転しました(^^ゞ
で、今日は本の紹介をします。 これまで石清水八幡宮を訪ねた時に、 『徒然草』の「第五二段 仁和寺に有る法師」を紹介しましたが、 『古今著聞集』にも石清水八幡宮が登場します。 『説話をつれて 京都古典漫歩』から現代語訳と、 『古今著聞集 上』より古文を転記します。 八幡に通夜の夜、夢に北条義時(よしとき)は武内宿禰(たけのうちすくね)の後身と知る事 ある人が、石清水八幡宮にひと晩籠って祈請した際、次のような夢告を得ました。 殿舎の扉がひとりでに開いたかと思いますと、八幡神が、誠に気高きお声にて、 「武内よ、武内はおるか」 とお呼びになったそうです。 すると、すぐに神前へ参上した御方がおられました。 お姿を拝見しますと、ご高齢で白髪、俗人の体(てい)です。 ご装束ははっきりとは分りませんでした。 白く長いひげをたくわえておられて、ご自身の座高と同じくらいに伸びておりました。 この御方が畏(かしこ)まって控えておられますと、殿舎の内から、さきほどのお声がまた聞こえました。 「天下が乱れようとしておる。放ってはおけぬ。そちは、しばしの間、北条時政の息子に転生して、世を治めよ」 こう命じられた武内は、 「はい、仰せのとおり致しまする」 と平伏しました。 と、ここで夢の光景は終わり、その人は目を覚ましたそうです。 この夢の意味するところを考えてみますと、北条時政様のご子息・義時様は、武内宿禰様の生まれ変わりでいらっしゃることになります。 ということは、義時様のご子息様の泰時様もまた、常人ではいらっしゃらないわけです。 かつて泰時様は、 「世の中に、麻は跡なく なりにけり 心のままに よもぎのみして (この世の中では、麻のように真っ直ぐで正直な人間は、絶えてしまいました。 よもぎのように性根の曲がりくねった者ばかりがはびこっています)」 と嘆じられましたが、夢告の内容と思い合わせますと、その胸中はいかばかりでいらっしゃったものかと、恥じ入るばかりです。 (『説話をつれて 京都古典漫歩』福井栄一著 京都書房ことのは新書) 二四 八幡に通夜の夜、夢に北条義時は武内宿禰の後身と知る事 誰と聞き侍りしやらん、名をば忘れにけり。 その人、八幡に参りて通夜したりける夢に、御殿の御戸(みと)をおしひらかせ給ひて、誠にけだかき御声にて、「武内(たけうち)」と召しければ、則ち御いらへ申して参らせ給ふ。 その御体(おんてい)を見たてまつれば、高年白髪の俗形(ごくぎやう)にまします。 御装束は分明(ふんみやう)ならず。 御前に畏(かしこ)まりて侍らひ給ふ。 御ひげしろくながくして御居長(ゐたけ)とひとしかりけり。 また御殿の内より、さきの御声にて「世の中乱れなんとす。しばらく時政(ときまさ)が子になりて世を治むべし」と仰せ出(いだ)されければ、武内、唯称(ゐしよう)しておはしますと思ふほどに夢覚めにけり。 この事を思ふに、されば義時朝臣(よしときあそん)は、かの御後身にや。 その子泰時(やすとき)までも只人(ただびと)にはあらざりけり。 世の中に麻は跡なくなりにけり心のままによもぎのみして (世の中に麻のように真直ぐな人間はいなくなってしまった。 勝手に曲りはびこる蓬(よもぎ)のような人間ばかりで。) この歌はかの朝臣の詠なり。 思ひあはせられて恥づかしくこそ侍れ。 ・御居長(ゐたけ)とひとしかりけり。 座高と同じほどであった。 ・唯称(ゐしよう)しておはします 応諾の返事をすること。 ・『新勅撰集』巻十七に「題しらず」として載る。 (『古今著聞集 上』) 注)原文通りではありませんし、転記間違いがあると思います。 |
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申し訳ありませんが,日本語だけを受けつけますm(_ _)m