2022年12月20日火曜日

気温が低くても

昨日と違って風がほとんど吹かなかったので陽ざしが暖かかったです。
一方、

大雪 新潟 国道で渋滞 立往生 20日中に解消目指す」(NHK)
中国政府の発表は、相変わらず信頼できないですよね。

動画:中国、ゼロコロナ緩和後初の死者公表 病院や火葬場は逼迫」(AFPBB)

世界のワクチン接種回数(累計)」(NHK12月20日更新)
を見ていると中国はかなり接種しているし(人口が多いこともあるけど)、
上海市、吸入型の新型コロナワクチン接種開始」(JETRO 10月28日)
2カ月前に開始されているはずなんだけど…

私は、5回目、2価ワクチンを受けましたが、
接種を受けるかどうかの選択は自由であるべきで、強制はされるべきではないと思っています。
また、ワクチン陰謀論を発信している人は、
ある意味、ワクチンを接種しないことに不安ではないのかな?
未接種の仲間を増やしたいだけではないのかと思ってしまう。

ワクチン接種をしていても発病することは当然あります。
現役の頃、インフルエンザワクチンを受けていたのに39度の発熱を経験しています。
それまで仕事で深夜遅くまで働いていて、寝不足になっていたことが原因の一つだと思います。
それでも解熱剤など風邪薬を服用しなくても昼ごろには37度台に下がりました。
ここまで新型コロナが感染拡大していると、私も含めて大概の人は感染していると思う。
インフルエンザのように教室の中で一人がクシャミすると
多くの人が感染するけど発病するとは限らないのと同じじゃないかな?
ETV特集 子どもたちのために(マジ時々笑)▽絵本「動物会議」で戦争を語りあう
番組に登場している子どもたちのものの見方にいいなぁと思ったり
大人(親)たちが戸惑っている姿に私も同じだと…(^^ゞ

ケストナーの『動物会議』は、名前だけ知っていて読んだことがなかったです。
さっそく図書館で借りました。
翻訳された池田香代子さんの解説「子どもたちのために!」を転記します( ..)φ
 子どもたちのために!

 これは、1949年に出された絵本です。
長らくドイツでは、ケストナーの子ども向け全集に、『エミールと探偵たち』や『点子ちゃんとアントン』といった物語といっしょに収録した形でしか、読むことができませんでした。
そこでは、ケストナーと名コンビの挿絵画家、ヴァルター・トリアーの絵も白黒で、それこそ小さくなっていました。
日本では、「岩波の子どもの本」として、ロングセラーになっていますが、これももとの本より小さな判型なので、やっぱり絵は小さくなっていました。
(『動物会議』エーリヒ・ケストナー文、ヴァルター・トリアー絵、池田 香代子訳 岩波書店 1999年)
 ケストナーは1899年生まれですから、これは50歳のときの作品で、生誕百年にあたる1999年、こんどは作品のほうが50歳を迎えました。
それが、生誕百年を記念して復刻され、大型絵本として、ケストナーを愛する子どもたちや、もと子どもたちのもとに帰ってきたのです。
 この作品は、第二次世界大戦が終わってすぐに書かれました。
ストーリーの原案をもたらしたのは、イェラ・レープマンという女性です。
戦争によって荒廃した人びとの心、とくに戦争になんの責任もない子どもの心に栄養を、それにはいい本を、と考えたレープマンは、のちに国際児童図書評議会(IBBY)へと発展した組織を立ち上げました。
そのとき、とりわけ親身に相談にのった作家が、ケストナーでした。
『動物会議』は、そんな活動のなかからひょっこり生まれたということです。
楽しいではありませんか。
そんなわけでこの作品は、50年前、レープマンやケストナー、そして『長くつ下のピッピ』のリンドグレーンや文学史家のヒューリマンなどが、わいわいと、でも真剣に子どもたちのために話し合った日々を、その話の中身にこよなくふさわしい形で記念することになったのです。
 そこに絵を描いたのは、もちろんヴァルター・トリアーです。
もちろん、というのは、トリアーはケストナーの最初の子ども向けの作品、『エミールと探偵たち』の挿絵を担当してから、ずっと作家と二人三脚で子どもの本を作ってきたからです。
ケストナーとはふたごのようだった、と伝えられるトリアーの絵は、おっとりとしていながらぴりっとしてもいるケストナーのユーモアにぴったりです。
トリアーの『動物会議』は、ケストナーとの最後の仕事になりました。
戦後も、亡命先のカナダに住み続けたトリアーは、この本が出た2年後に、60歳で亡くなりました。
亡命といえば、レープマンも戦中はイギリスに、ケストナーはスイスに難を逃れていました。
 この作品は、愚行をくりかえす人間社会を座視してはいられない思いにつらぬかれていますが、50年たった今も、事態はまったく変わっていないことに、ほんとうにいやになってしまいます。
戦争、難民、飢饉、それらに無力な国際政治。
まるっきり今も同じです。
いえ、世界大戦からなにも学ばなかったのがこの50年だったのか、と思い知らされて、今のほうがより悪い、とすら思えてきます。
 でも、絶望するのは簡単です。
「いやになってあきらめてしまうのは、もっとよくないことでしょう?」と、ケストナーはしぶとく言い続ける人でした。
しぶとさを支えるのは、目くじらを立てる対決の姿勢ではなくて、ユーモアと想像力です。
この50年の間、私たちの世界は、動物たちとの約束を破って、よくないことをだらだら続けてしまった一方で、ジョン・レノンの歌にも耳を傾けました。
「想像してごらん、国境なんかないのだと」(「イマジン」)――これこそ、ケストナーがこの作品で言っていることです。
 これを書いている今日も、どこかの国のおえらいさんたちが、自分たちがおえらいさんをし続けるという、ただそれだけの理由で、自分たちの国が国際的な平和のための条約に調印することを拒否しました。
動物たちは、今日も業を煮やしていることでしょう。
でも、いやにならずに踏みとどまる心の力が、私達にはあることを、この絵本に出てくる動物たちといっしょに確かめたいと思います。
  1999年10月
      池田香代子
(『動物会議』エーリヒ・ケストナー文、ヴァルター・トリアー絵、池田 香代子訳 岩波書店 1999年)
今朝の父の一枚です(^^)/

 アトリ(アトリ科 L:16cm)

 …前略…

生 活
 アトリ科の鳥は世界に120種類あまりいるが、せまい意味でのアトリの仲間(アトリ亜科)はたった3種類しかおらず、日本ではアトリだけだ。
カワラヒワやベニマシコ、イスカなどは、すべてヒワの仲間(ヒワ亜科)という。
冬鳥として彼らを迎えるだけの私たちにはピンと来ないが、ふたつのグループは繁殖の方法が大きく違う。
アトリたちはまずオスが広いなわばりをつくってさえずり、メスを呼び込むという手順だ。
食事もその中ですませ、基本的にはなわばりから出ない。
そのため、シベリアの広い樹林地帯にアトリのつがいが均一に散らばることになる。
 一方、ヒワの仲間はまずつがいをつくり、それから巣のまわりのせまい範囲をなわばりとして守る。
広大な針葉樹林の中に、そんななわばりが数つがい集まっている場所と、まったくない場所がある。
彼らは誰のなわばりでもない遠くまで飛んでいって食事をする。
 ヒワの仲間は植物の種子を吐き戻してヒナに与え、種子だけで子育てをするものさえいるのに対し、アトリの仲間は主に昆虫でヒナを育てる。
アトリという鳥はその名前でグループを代表していながら、こうした生態の違いで分けてみると、グループの中では少数派なのである。
(『鳥のおもしろ私生活(旧版)』ピッキオ編著 主婦と生活社 1997年)