2026年4月19日日曜日

大阪城公園から大阪歴史博物館へ

昨夜、父が、明日は準備したいことがあるので散歩を休むと言ったので
急遽、西外堀沿いに大阪城天守閣を見ながら目的地に向かいました(大阪城公園MAP)。
いろんな国からの観光客やランナーのみなさんで賑やかでした。
本日の目的地は大阪歴史博物館で開催されている
 特別展「小泉八雲―怪談とフォークロリストのまなざし―

9時半の開館に間に合ったので「展示資料」をゆっくり見ることができました。
 『ケルズの書』(複製版) 
 The Book of Kells(Replica Edition)
原品:8世紀
個人蔵

 ラテン語で書かれた「福音書」大型冊子本で、アイルランドの国宝。
ケルト文化特有の繊細かつ鮮やかな螺旋・組紐模様、動植物の図案などが施される。
初期キリスト教時代の写本のなかでもきわめてすぐれ、3大ケルト装飾写本に数えられる。
本書は、スイスのファクシミリ・フェアラーク社が1990年に1480冊限定で製作したもの。
 『古事記』2版 
 KO-JI-KI or“Records of Ancient Matters”[2nd edition]

昭和7年(1932)
近畿大学中央図書館蔵

 チェンバレン訳『古事記』の2版。
通常版が1000部制作され、さらに7部限定で和紙に印刷された特別版が出版された。
本書はその限定版のうちの1冊である。
チェンバレン訳『古事記』は、西洋圏に日本文化や出雲神話を知らしめる役割を果たした。
 『ラフカディオ・ハーンのアメリカ時代』より日本に旅立つハーン 
Hearn Departing for Japan from the‘ Lafcadio Hearn’s American Days ’

大正13年(1924)
近畿大学中央図書館蔵

 1890年3月8日、ハーンはハーパー社の特派記者として、画家のウェルドンとともにニューヨークを出発、大陸横断鉄道でバンクーバーを経由し、汽船で横浜へ向かった。
本書の挿絵は、ニューヨークを出発するハーンの後ろ姿で、後年にウェルドンが描いたものである。


(係の人に聞くと、カメラのマークに「OK」は、撮影可、「NG」は、撮影不可)
 子負い帯 
Sash for Carrying a Child

明治時代~昭和時代
松江歴史館蔵

 松江を含む出雲地方では、嫁入り道具や孫拵えとして、筒描染(つつがきぞめ)が贈られる。
筒描染は糊で絵を描き、その部分を防染したうえで藍染めする技法である。
本資料には、松竹梅と鶴亀の吉祥文が施されている。
 花鳥図足付盆 
 Pedestal Tray with Floral and Bird Design

明治時代
松江歴史館蔵

 松江では明治10年代に漆器製作が盛んとなり、明治20年代に「八雲塗」と名付けられた。
漆絵を表面に描き透漆を塗り重ね、絵を研ぎだし磨きあげるのが特徴である。
本品は盆の中央に椿が配され、2羽の鳥を色漆と錫粉で描く。
ここには創始者・阪田平一の銘がないことから、八雲塗の名が使用される以前のものであろう。
大社教雑誌 第五捨弐号』 
 Taishakyo Magazine vol.52

明治23年(1890)
島根県立古代出雲歴史博物館蔵

 ハーンは杵築大社の建築や内装、昇殿の感想を「杵築」に残している。
一方、『大社教雑誌』に、ハーンが熱心に大社を観察していた様子がみえている。
大社側からのハーンの昇殿記録であり、貴重な記述といえる。
 出雲国醫王山一畑寺之略図
 Temple Grounds Map of Ichibata-ji Temple

大正2年(1913)
島根県立古代出雲歴史博物館蔵

 眼病平癒の霊験で知られる「目の薬師」こと一畑寺の境内略図。
ハーンは「杵築」にて、「ここ一畑では、むしろ体の病苦、とりわけ盲目を治す仏様として知られている」(遠田勝訳)と記している。
赴任後に泊っていた富田旅館の女中・ノブが目を患い、その平癒祈願に訪れている。
 ハーン宛感謝状 
 A Thank you Letter to Hearn

明治29年(1896)
池田記念美術館蔵

 ハーンは出雲大社保存会設立にあたり5円を寄付した。
本資料はその令状で、複数存在していることから、ハーンが何度も寄付していたことがわかる。
 実盛(さねもり)人形
Sanemori Doll Used to Ward Off Rice Pests 

昭和時代
島根県立古代出雲歴史博物館蔵

 イネにつく害虫は悪霊によるものと考えられていた。
虫送りは、藁人形を作り、松明を焚いて鉦などを打ち鳴らすことで悪霊ともども害虫を払おうとする儀式である。
実盛人形は虫送りに使用された人形で、稲株につまずいたところを討たれた平安末期の武士、斎藤実盛の怨霊が害虫と化した、とする伝承に基づいている。

👉かつての実盛人形はシンプルなものであったが、現在の人形は巨大化し装飾もきらびやかになっている。
 シャーラ船
 Spirit Boat

平成時代
島根県立古代出雲歴史博物館蔵

 「シャーラ」とは精霊(しょうりょう)の転訛(てんか)した呼び名である。
8月15日の深夜12時に、盆に迎えた祖先の霊を船に乗せ送り流すシャーラ流しで用いられる麦稈製の船。
この習俗は、海の向こうに浄土(じょうど)を見出す海上他界の思想によるものである。
明治時代には、人が乗れる大型のシャーラ船も生み出された。

  ……  ……  ……

 この土地の人々の不思議な想像の中では(中略)海の世界と死者の世界との間にはなにか神秘的な畏怖の念を呼びおこさずにはおかぬ、つながりがあるらしい。
(中略)お盆のお祭りの後、精霊が薄明の国、冥土へ帰るのは、海の上を渡ってのことである。
7月16日に精霊送りのため、お伽話の中に出てきそうな小さな藁船に乗って魂は自分たちの国へ帰るのである。

(『知られぬ日本の面影』所収「加賀の潜戸」、平川祐弘訳)
 大社龍宮祭龍神図
 Picture of Dragon-Snake Deity at the Dragon Palace Festival

江戸時代~明治時代
大阪歴史博物館蔵

 神在月(旧暦10月)になると、出雲の浜辺にはセグロウミヘビが漂着する。
人びとはこれを竜宮の使いと考え、「龍蛇様」と呼び、三方に置いて祀り上げる。
ハーンは漂着後まもないウミヘビを見たようで、その観察内容を「杵築」注釈に詳述している。
本図は、出雲の信仰を広める御師(おし)が頒布したものと考えられる。
 美保神社神影図 
 Picture of Kotoshironushi(Ebisu)Enshrined at Miho Shrine

明治時代
島根県立古代出雲歴史博物館蔵

 ハーンは、美保神社の主祭神・事代主(ことしろぬし)が鶏卵を嫌うという伝承に興味をもち、「美保関にて」に「当時、雄鶏は事代主神の信頼厚い僕で、神が帰宅させねばならぬ時刻になると雄々しく時を告げて鳴くのが課せられた義務だった。ところがある朝、雄鶏はその義務を怠ったのである。」(平川祐弘訳)と説明している。
  『知られぬ日本の面影』 
 Glimpses of Unfamiliar Japan

明治27年(1894)
近畿大学中央図書館蔵

 来日後の第1作となる、ハーンの代表的な日本印象記。
表紙には雪輪と竹が描かれ、ハーンは「竹の本」と呼んだという。
松江の小豆磨(あずきとぎ)橋の幽霊話や月照寺(げっしょうじ)大亀の怪異譚、実盛送りや精霊船など、山陰地方に伝承される民間信仰や俗信についての記述が厚く、ハーンの民俗学的な関心が伺える。
 神戸での足跡 
 Hearn in Kobe

●神戸第1住居(説明は省略、以下同じ)
●神戸第2住居
●神戸第3住居
●神戸クロニクル社
●兵庫県庁
●英国領事館
●居留地
●湊川神社~神戸駅
●兵庫大仏
●和楽園
 京都での足跡 
 Hern in Kyoto

<明治25(1892)7月>
●金閣・銀閣・知恩院
●日光屋
●粟田焼製造所

<明治28年(1895)4月>
●第四回内国勧業博覧会
●東本願寺

<明治28年(1895)10月>
●御室御所(仁和寺)
●仙洞御所
●新京極
●平安遷都千百年紀念祭
●畠山勇子墓(末慶寺)
  大阪にて
  ―八雲の大阪紀行
 

●川崎造幣寮
●朝日新聞社
●川口居留地
●北御堂・南御堂
●千日前
●高津宮
●一心寺
●四天王寺
●住吉神社
●難波屋の笠松
●妙国寺
●土佐十一烈士墓
●朝日五郎八郎墓
●平山半兵衛墓
●井上伝之助墓

 一心寺にある墓なのですが…気がつかなかったです(^_^;
 『日本―ひとつの解明』校正刷 
 Japan:An Attempt at Interpretation Proof Copy

昭和時代
池田記念美術館蔵

 『日本』の校正刷を一雄が表装したもの。
表装は、戦前に一雄が東京で知り合った表具師・佐藤正三による。

👉八雲は、「活字を組む音がカチカチ聞こえる」と『日本』の出版を楽しみにしていた。

 『日本―もうひとつの解明』
 Japan:An Attempt at Interpretation

明治37年(1904)
近畿大学中央図書館蔵

 日本研究の集大成であり、八雲の遺作。
そのほかの著書と異なり論文形式で、日本における宗教の役割について、家族や地域社会、国家という異なるレベルから論じている。
八雲は、日本では祖先崇拝を基軸とした宗教に基づく慣習が維持されることで社会道徳の秩序が保たれてきたと指摘、「死者の法律」の重要性を説いた。

👉象徴天皇制の実現に尽力したボナー・フェラーズは八雲の著書の愛読者で、『日本』から天皇制の重要性を学んだという。
 子守歌の草稿 
 Lullaby Draft

草稿:明治時代
池田記念美術館蔵

 眠りに誘う子守唄の歌詞がローマ字で書かれている。
表装に使われている絣(かすり)は、八雲が亡くなる時に敷いていた布団地の切れ端である。
『小泉八雲』より「思ひ出の記」 
 Reminsiscences of Lafcadio Heron from the Koiszumi Yakumo

大正14年(1925) 個人蔵

八雲の死後、彼と親校の深かったエリザベス・ビスランドは八雲の伝記・書簡集を編集した。
セツはビスランドの依頼を受け、八雲とともに暮らした思い出の追想記を編んだ。
日本では、八雲の教え子・田部隆次による伝記『小泉八雲』に収められた。
坪内逍遙は一雄に、妻とともに涙ながらに読んだと伝えている。
この記事を編集中に
【津波情報】岩手 青森 北海道太平洋沿岸中部に津波警報〟(NHK 4月20日)

特別展でも
64 『風俗画報臨時増刊第百十八号 大海嘯被害録上巻』より「海嘯の害人畜家屋を捲去るの図」(復刻版)
65 『風俗画報臨時増刊第百十九号 大海嘯被害録中巻』(復刻版)
66 『地震津波末代噺乃種』
67 『小学国語読本 尋常科用 巻十』より「稲むらの火」 

が、展示されていて

明治29年(1896)6月15日、三陸沖を中心にマグニチュード8.2-8.5の大地震が発生、」その後およそ35分で津波が到来し、死者約2万2000人、家屋流出および半壊およそ1万戸以上という被害をもたらした。
『風俗画報』では、3回にわたり臨時増刊後である大海嘯
(かいしょう)特集号を発刊し、津波被害を取りあげた。
三陸津波を知ったハーンは、「生き神様」の執筆に取り掛かった。

(『展覧会公式図録』より)

被害が出ませんように!
特別展を見た後、館内のレストラン「ZIPANG」で
コラボメニュー「ジャンバラヤ」(1,800円 特別展のチケットを提示すれば10%引き)
クレオール料理を前から食べたいなぁと思っていました。
スパイスがきいて美味しかったです。
日本人の舌に馴染むように味つけされていると思いますが(^_-)

展覧会公式図録」(2,200円)を購入しました。
展示品が多くて頭の整理ができないので助かります(^_^)v
難波宮跡公園は、以前来たときと様変わりしていてビックリしました。
10年以上前に訪ねているのですから無理もないですね…

 …つづく…

2 件のコメント:

  1. おはようございます~

    大阪城へは、お花見でなくて。。
     特別展「小泉八雲―怪談とフォークロリストのまなざし―」
    の観覧に行かれたのですね。(*^-^*)
    八雲には、大阪紀行もあるのですね。
    ほんとうにKazeさんは、いつも良く調べられていて
    凄いなぁ~と思っています。
    おかげさまで。。
    あっ、そんなことが。。
    と教わることが多々あるのですが。。
    近頃は忘れることが多くなっています。
    難儀な事ばかりです。(;^ω^)

    クレオール料理も初めて教わりました。
    有難うございます。

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    1. カイさんコメントありがとうございます(^^)/
      前日の夜に父が散歩を休むと言ったので
      急遽、どこに行こうかと考えていたら歴史博物館で小泉八雲の特別展が開かれていました。
      先日、ばけばけのセットが公開されているときでしたら
      観覧者も多かったと思いますが、
      開館と同時に入場したのでわりとゆっくり見ることができました。

      京都、大阪も旅しているのですが、
      先日訪ねた一心寺にあんな可愛い(?)タヌキをかたどったお墓があるのを知らなかったです!
      京都や大阪の町歩きの時、訪ねてみたい候補地ができました(^_^)v

      今回もですが、街歩きの前にあまり調べずに出かけて、帰ってから本を見たりしていますので
      アレッ!そんなところがあったのかと思うことがしばしばです(^_^;
      更新が翌日以降になるのは、帰ってきたから調べることが多いからです。

      ばけばけに出演していたトミー・ バストウさんが、ハーンの足跡を訪ねていたときクレオール料理を紹介していたので、機会があれば食べたいと思っていました(^。^)

      方向音痴ですので、次に向かった場所も
      以前訪ねたはずなのに迷いながら歩きました(^_^;
      忘れてしまうことが多いですよね(^^ゞ

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