阿国の墓も京にあるのですね…
歌舞伎踊りを始めた謎の女
出雲阿国(いずものおくに)
女が男を演じる奇抜な手法が新しい時代の人々の心を掴んだ
…前略…
高桐院(こうとういん)は紫野にある大徳寺の広大な境内の西端に位置する。
その本堂の裏手の墓所のなかほどに、五輪塔のような墓石がずらりと並んでいる。
一番手前の墓石が出雲阿国の墓といわれ、ほかは名古屋山三郎とその一族のものである。
墓所はうっそうとした竹林に囲まれ、そこだけが現代とは違うおだやかな時間が流れているような気がする。
人々の前から忽然(こつぜん)として姿を消した阿国の眠る場所は、四条河原の華やかさとはほど遠い凜(りん)とした禅寺の一角であった。
(『京を彩った女たち』川端洋之文、中田昭写真 学研グラフィックブックス 2004年)急な階段を2階へ上がっていくと座った席の向こうに
レストラン菊水
レトロモダンな建物の
ビアガーデンで飲む麦酒は
「死ぬほどうまい」!
四条大橋の東詰にレストラン「菊水」があって、屋上にはビアホールらしい明かりが灯っている。
真ん中がぽこんと高く飛びだしていて、そのてっぺんがつるりと丸いのがいつ見ても妙ちくりんである。
壁面に並んでいる縦長の二連窓から細く明かりが漏れてきらきらしているのが、酩酊(めいてい)している私には模型細工のように見えた。
『有頂天家族』
(『森見登美彦の京都ぐるぐる案内』森見登美彦 新潮文庫 2014年)先日、さば煮弁当をいただきましたので
今回は松葉で「にしんそば」をいただきました。
店内には若い人もいましたが(松葉のメニュー)、
にしん蕎麦は、私とちょっと離れた席に座った年輩の男性(^_-)
撮し方が悪くて蕎麦のお布団をかぶっているので、ニシンが見えにくいですが(^^ゞ
食べていると骨があったのかな?と思うくらい美味しかったです(^_^)v北へ
しっぽくとあんかけとにしんそば
そんなきわもの好き、ぎんぎらぎん好きの京都人は、これはだれもが想像しているとおり、「あっさり」にもうるさい。
いや、めっぽう弱い。
そう言えばかつて京大には、素(す)うどんを食べながらボードレールを読むのが一番、とのたまう仏文の先生がおられた。
京都人は、ラーメンとともに、蕎麦ではなく「おうどん」が大好物だ。
それも讃岐うどんや名古屋の味噌煮込みうどんのような腰の強いものではなくて、舌でかんたんに切れるようなふにゃふにゃの「おうどん」。
東京のうどんのように醤油に浸かったような濃い汁ではなくて丼の底がうっすらと見えるくらいの薄味で、「お汁」を最後まで残さずすする。
これを食べようとおもえば、町中どこにでもある、たとえば「力餅食堂」という名前の庶民的なうどん屋がおすすめである。
店先におはぎなど甘い物が並べてあり、中ではうどんと丼を出す。
もちろん中華そばもかならずある。
薄口醤油味のうどんと砂糖味のおはぎや饅頭という取り合わせである。
こういった店で、京都ならではの「しっぽく」や「にしんそば」をいただく。
「しっぽく」は湯葉に麩に椎茸にほうれん草といったあっさり系のおうどん、「にしんそば」は乾燥にしんを甘辛く煮たものを、刻みネギを散らして蕎麦と汁の上に乗せる。
…後略…
(『京都の平熱―哲学者の都市案内』鷲田清一 講談社学術文庫 2013年)この本を紹介してくださったのは鴨さん
「京都の平熱」(2011年10月2日 日曜日)
下鴨ご出身の博子さんから1冊の本をいただきました。
タイトルは「京都の平熱」(講談社)で
サブタイトルが「哲学者の都市案内」。
うっ、難しそう・・・。
著者も阪大の鷲田清一さんとか・・・やめようかなぁ。
表紙の写真もモノクロやし・・・
と思いきや市バス206系統にちなんだ軽い(?)エッセイで
「べた焼」「ラーメン激戦区」「さてん(喫茶店)」などなど京都のよもやま話が盛りだくさんで
下手な小説やテレビ番組よりず~っと面白い内容でした。
読み始めると止まらない、読書の秋に肩の力を抜いて楽しめる「京都本」です。
さしずめ私は「京都の微熱」くらいいっている?
1700円は高いから図書館で借りるのもありかな。
博子さん、ありがとうございました
(私は、文庫本を買いました)先日、お弁当の殻を持っていたので寄れなかった
「何必館(かひつかん) 京都現代美術館」へ
14年前に訪ねました。
この時は、「ロベール・ドアノー展」を見ました。
2024年にも開催されていたのですね。
チケットに書かれていたのが
About time Sarah Moon展
何必館・京都現代美術館において、約10年ぶりとなる4度目の今展覧会は、25年に渡るサラ・ムーンとの信頼県警において実現したものです。
何必館と共同で企画・編集した、写真と童話による物語を、写真作品と映像を交えて紹介します。
また、当館館長の梶川芳友との対話から生まれた書と写真による歳時記「儚―HAKANAI」も合わせて展覧いたします。
是非ご高覧下さい。受付でお聞きすると1階と5階の作品などは撮影可だそうです。
サラ・ムーンからのメッセージ
今日ここに、25年にわたる協力と友情を祝う時がきました。
ここにある5冊の本は、コレクションの中の象徴です。
1階では、3編の短編小説から抜粋した作品を紹介します。
『オーデルヴィルの人形姫』(2007年)H.C.アンデルセン『人形姫』を基にした物語。
『サーカス』(2003年)H.C.アンデルセンの『マッチ売り少女』を基にした物語。
『黒ずきん』(2010年)シャルル・ペローの『赤ずきん』を基にした物語。
床の間に飾られた鑑賞陶器に感心するといったような出会い方ではなく、いい器で食事をすることの喜びを思い知らされたその出会い方は、魯山人を識る上では一番いい入門の仕方だったように思う。
貧しい若者にとって、食事に使う器に心を配る、まして凝るなどということは、考えもつかぬ贅沢だろう。
私には、その頃、現実的でつまらぬ問題が山積しており、食器に心をめぐらすなどという余裕はもちろんなかったし、そのことの意味を知る機会とてなかったのである。
私は、魯山人の器を初めて手にしたときのその生理的とすらいえる心地よい感触に戸惑いを感じた。
自分が日々使っている食器の貧しさを知って、思わず赤面したのを覚えている。 魯山人その人は昭和34年にすでにこの世の人ではなく、私は、魯山人を識るために、書き残されたものをむさぼるように読み、そして魯山人が触れた器を追い求めた。
以来二十数年、少しずつ買い集めてきた魯山人の器もそれなりの数になった。
手に触れるのも憚れるほど高価になってしまった今とは時代が違ったし、最初の出会い方からしても、私は魯山人の器を使いこなすことに心を砕いた。
毎日の生活の中に魯山人をおいて、茶を飲み、飯を盛り、皿に料理を取り合わせ、口をつけ手で触ってはその肌を識り、あちこちに置いて眺めてみてはその形と色を確かめた。
そういうふうに接することで、生身の魯山人と知り合っていたらかえって分からなかったろう魯山人を識ったように思う。 魯山人その人は、世評として決して評判のいい人ではなかった。
傲岸不遜、大言壮語、非常識、好色漢……。
そんな悪評が常についてまわる。
しかし、魯山人の、人を人とも思わぬような言動を知るにつけ、私は、魯山人がつくった器との距離を思う。
器にほどこされたあのこまやかな配慮は、悪漢魯山人の一体どこから生まれてくるのだろうか。
料理を盛ってみて初めて料理も生き、皿も映える。
花が活き、壺が際立つ。
単に料理や茶や華道といった狭い範囲にしばられない器というものの〝用〟に即した造形美、そこにおいて魯山人は他の追随を許さぬ人だというのが、魯山人の器を使ってきた私の印象である。
使う側から見れば、魯山人の悪評などというものは、正直なところ、誰か別人のことのようにきこえてしまうのだ。
…後略…
(『魯山人の世界』梶川芳友他著 とんぼの本 1989年)人通りが多いのですが、 お土産を「土井志ば漬本舗 祇園店」
2016年にお店に入ったとき
「抹茶大根」を買おうとしたら小銭入れからコロコロと転がり落ちたのを
若い女性店員さんが拾って下さったうえに小銭を手で拭いてくださった。
あっという間に自然にされた!
マニュアルにない対応で素敵だなと思いました。歯が悪い父のことを考えて「志ば漬 きざみ」。
母の好きな「山椒ちりめん」(しば漬けも好きです)。
「はんなり漬胡瓜」がありました。
まるまる1本の胡瓜、切り分けるようになっているみたいでした。
Eテレ2355「ヨルガヤ姉妹の今夜も眠れません」
キュウリの1本漬けが話題になっていました。
私も歯が丈夫だったらカリッとかじりつきたいなぁ!帰宅前に喫茶店で珈琲タイム
読んでいた本は葉室麟さんの『恋しぐれ』(文春文庫)
与謝蕪村のことを少しでも知っていると
次どうなるか予想してしまうのですが…
思った結末と違い、ア~ヨカッタとなりました(^_^)v
史実がどうとかこうとかよりも納得できる展開と結末。
作家の方の創作能力は、凡人にはわかりません。
だからこそ本を読む楽しさがあります。南座向かいの「コーヒーショップ ナカタニ」
2019年に玉子トーストをいただきました。
その時、美味しかったなぁと思ったのですが
玉子トーストを食べるのは、無理なので珈琲だけにしました。
前回は、カウンター席だったので気がつかなかったけど喫煙可のお店でした。
〝舞妓さんにも人気♡ 名劇場のある街の絶品たまごサンド「祇園」編〟(和樂 2024年12月25日)
撮し方が悪くて蕎麦のお布団をかぶっているので、ニシンが見えにくいですが(^^ゞ
食べていると骨があったのかな?と思うくらい美味しかったです(^_^)v北へ
しっぽくとあんかけとにしんそば
そんなきわもの好き、ぎんぎらぎん好きの京都人は、これはだれもが想像しているとおり、「あっさり」にもうるさい。
いや、めっぽう弱い。
そう言えばかつて京大には、素(す)うどんを食べながらボードレールを読むのが一番、とのたまう仏文の先生がおられた。
京都人は、ラーメンとともに、蕎麦ではなく「おうどん」が大好物だ。
それも讃岐うどんや名古屋の味噌煮込みうどんのような腰の強いものではなくて、舌でかんたんに切れるようなふにゃふにゃの「おうどん」。
東京のうどんのように醤油に浸かったような濃い汁ではなくて丼の底がうっすらと見えるくらいの薄味で、「お汁」を最後まで残さずすする。
これを食べようとおもえば、町中どこにでもある、たとえば「力餅食堂」という名前の庶民的なうどん屋がおすすめである。
店先におはぎなど甘い物が並べてあり、中ではうどんと丼を出す。
もちろん中華そばもかならずある。
薄口醤油味のうどんと砂糖味のおはぎや饅頭という取り合わせである。
こういった店で、京都ならではの「しっぽく」や「にしんそば」をいただく。
「しっぽく」は湯葉に麩に椎茸にほうれん草といったあっさり系のおうどん、「にしんそば」は乾燥にしんを甘辛く煮たものを、刻みネギを散らして蕎麦と汁の上に乗せる。
…後略…
(『京都の平熱―哲学者の都市案内』鷲田清一 講談社学術文庫 2013年)この本を紹介してくださったのは鴨さん
「京都の平熱」(2011年10月2日 日曜日)
下鴨ご出身の博子さんから1冊の本をいただきました。
タイトルは「京都の平熱」(講談社)で
サブタイトルが「哲学者の都市案内」。
うっ、難しそう・・・。
著者も阪大の鷲田清一さんとか・・・やめようかなぁ。
表紙の写真もモノクロやし・・・
と思いきや市バス206系統にちなんだ軽い(?)エッセイで
「べた焼」「ラーメン激戦区」「さてん(喫茶店)」などなど京都のよもやま話が盛りだくさんで
下手な小説やテレビ番組よりず~っと面白い内容でした。
読み始めると止まらない、読書の秋に肩の力を抜いて楽しめる「京都本」です。
さしずめ私は「京都の微熱」くらいいっている?
1700円は高いから図書館で借りるのもありかな。
博子さん、ありがとうございました
(私は、文庫本を買いました)先日、お弁当の殻を持っていたので寄れなかった
「何必館(かひつかん) 京都現代美術館」へ
14年前に訪ねました。
この時は、「ロベール・ドアノー展」を見ました。
2024年にも開催されていたのですね。
チケットに書かれていたのが
About time Sarah Moon展
何必館・京都現代美術館において、約10年ぶりとなる4度目の今展覧会は、25年に渡るサラ・ムーンとの信頼県警において実現したものです。
何必館と共同で企画・編集した、写真と童話による物語を、写真作品と映像を交えて紹介します。
また、当館館長の梶川芳友との対話から生まれた書と写真による歳時記「儚―HAKANAI」も合わせて展覧いたします。
是非ご高覧下さい。受付でお聞きすると1階と5階の作品などは撮影可だそうです。
サラ・ムーンからのメッセージ
今日ここに、25年にわたる協力と友情を祝う時がきました。
ここにある5冊の本は、コレクションの中の象徴です。
1階では、3編の短編小説から抜粋した作品を紹介します。
『オーデルヴィルの人形姫』(2007年)H.C.アンデルセン『人形姫』を基にした物語。
『サーカス』(2003年)H.C.アンデルセンの『マッチ売り少女』を基にした物語。
『黒ずきん』(2010年)シャルル・ペローの『赤ずきん』を基にした物語。
地下には「北大路魯山人 作品室」がありますが、撮影できないので
私の魯山人観
梶川芳友
魯山人の器を初めて識ったのは、まだ二十代の初めのことだった。
人に連れられていった築地の料亭で、ごはんを盛った飯茶碗を手にしたときのそのしっくりした手ざわりは、私の若い感性に新鮮な驚きを与えた。
当時、私は魯山人のことをまったく知らなかった。
北大路魯山人という名前をそのときに初めて知った。
若く貧しい頃のことである。
私は、茶碗一つで、食事そのものがこんなにも変わるものかと驚いた。
(『魯山人の世界』梶川芳友他著 とんぼの本 1989年)
最初の出会いというものの中には、その後を決定する何かがある。私の魯山人観
梶川芳友
魯山人の器を初めて識ったのは、まだ二十代の初めのことだった。
人に連れられていった築地の料亭で、ごはんを盛った飯茶碗を手にしたときのそのしっくりした手ざわりは、私の若い感性に新鮮な驚きを与えた。
当時、私は魯山人のことをまったく知らなかった。
北大路魯山人という名前をそのときに初めて知った。
若く貧しい頃のことである。
私は、茶碗一つで、食事そのものがこんなにも変わるものかと驚いた。
(『魯山人の世界』梶川芳友他著 とんぼの本 1989年)
床の間に飾られた鑑賞陶器に感心するといったような出会い方ではなく、いい器で食事をすることの喜びを思い知らされたその出会い方は、魯山人を識る上では一番いい入門の仕方だったように思う。
貧しい若者にとって、食事に使う器に心を配る、まして凝るなどということは、考えもつかぬ贅沢だろう。
私には、その頃、現実的でつまらぬ問題が山積しており、食器に心をめぐらすなどという余裕はもちろんなかったし、そのことの意味を知る機会とてなかったのである。
私は、魯山人の器を初めて手にしたときのその生理的とすらいえる心地よい感触に戸惑いを感じた。
自分が日々使っている食器の貧しさを知って、思わず赤面したのを覚えている。 魯山人その人は昭和34年にすでにこの世の人ではなく、私は、魯山人を識るために、書き残されたものをむさぼるように読み、そして魯山人が触れた器を追い求めた。
以来二十数年、少しずつ買い集めてきた魯山人の器もそれなりの数になった。
手に触れるのも憚れるほど高価になってしまった今とは時代が違ったし、最初の出会い方からしても、私は魯山人の器を使いこなすことに心を砕いた。
毎日の生活の中に魯山人をおいて、茶を飲み、飯を盛り、皿に料理を取り合わせ、口をつけ手で触ってはその肌を識り、あちこちに置いて眺めてみてはその形と色を確かめた。
そういうふうに接することで、生身の魯山人と知り合っていたらかえって分からなかったろう魯山人を識ったように思う。 魯山人その人は、世評として決して評判のいい人ではなかった。
傲岸不遜、大言壮語、非常識、好色漢……。
そんな悪評が常についてまわる。
しかし、魯山人の、人を人とも思わぬような言動を知るにつけ、私は、魯山人がつくった器との距離を思う。
器にほどこされたあのこまやかな配慮は、悪漢魯山人の一体どこから生まれてくるのだろうか。
料理を盛ってみて初めて料理も生き、皿も映える。
花が活き、壺が際立つ。
単に料理や茶や華道といった狭い範囲にしばられない器というものの〝用〟に即した造形美、そこにおいて魯山人は他の追随を許さぬ人だというのが、魯山人の器を使ってきた私の印象である。
使う側から見れば、魯山人の悪評などというものは、正直なところ、誰か別人のことのようにきこえてしまうのだ。
…後略…
(『魯山人の世界』梶川芳友他著 とんぼの本 1989年)人通りが多いのですが、 お土産を「土井志ば漬本舗 祇園店」
2016年にお店に入ったとき
「抹茶大根」を買おうとしたら小銭入れからコロコロと転がり落ちたのを
若い女性店員さんが拾って下さったうえに小銭を手で拭いてくださった。
あっという間に自然にされた!
マニュアルにない対応で素敵だなと思いました。歯が悪い父のことを考えて「志ば漬 きざみ」。
母の好きな「山椒ちりめん」(しば漬けも好きです)。
「はんなり漬胡瓜」がありました。
まるまる1本の胡瓜、切り分けるようになっているみたいでした。
Eテレ2355「ヨルガヤ姉妹の今夜も眠れません」
キュウリの1本漬けが話題になっていました。
私も歯が丈夫だったらカリッとかじりつきたいなぁ!帰宅前に喫茶店で珈琲タイム
読んでいた本は葉室麟さんの『恋しぐれ』(文春文庫)
与謝蕪村のことを少しでも知っていると
次どうなるか予想してしまうのですが…
思った結末と違い、ア~ヨカッタとなりました(^_^)v
史実がどうとかこうとかよりも納得できる展開と結末。
作家の方の創作能力は、凡人にはわかりません。
だからこそ本を読む楽しさがあります。南座向かいの「コーヒーショップ ナカタニ」
2019年に玉子トーストをいただきました。
その時、美味しかったなぁと思ったのですが
玉子トーストを食べるのは、無理なので珈琲だけにしました。
前回は、カウンター席だったので気がつかなかったけど喫煙可のお店でした。
〝舞妓さんにも人気♡ 名劇場のある街の絶品たまごサンド「祇園」編〟(和樂 2024年12月25日)


















0 件のコメント:
コメントを投稿
申し訳ありませんが,日本語だけを受けつけますm(_ _)m