2026年4月9日木曜日

あしたは

歩いている間に曇ってきました。
 天気予報を見ていると、明日は、雨のようです……
明日は、母の命日なので志村ふくみさんの随筆を紹介したい思っていました。
この頃、巷に溢れる言葉を見ていると
荒々しい言葉を平気で流す人がいる。
それも地位ある人が汚い言葉を発している。
入院していたとき、病室の高齢者が看護師などにちょっとしたことで怒鳴り散らしていた姿と重なる。
一方、志村ふくみさんの言葉は、転記していると心が浄化されます。
一日、早いですが(^_-)
  一条の煙

 土曜日の夕方、仕事を終えると、毎週近江の母のもとに通った。
この冬の寒さに耐えて、春を待ちかねていたが、三月に入ると起き上がれなくなり、かぼそく葉脈の透けた白い葉のようになって、九十歳の母は寝ていた。
 その母の傍らに床を並べて、一夜の介抱をする。
夜中、手をさしのべて、「わたしの手はこんなにかわいらしいなりました。あんたの手は大きいなりました」と童女にかえったように云う。
いそがしいのに、またきてくれたのか、早ようかえってトントン(機織りの手まねをして)してや、と何ども云った。
(『語りかける花』志村ふくみ ちくま文庫 2007年)
 いつまで通えるか、私は薄氷を踏む思いだった。
もう食物はほとんどとれず、何が食べたいと聞くと、「家のつごう」と云う。
黒豆がとくに好きなのでたいて持って行くと、「いい味したあるなぁ」とゆっくり、刻みこむように云った。
妹がサラダをたべさせると、おいしいと云い、そのあとすまなさそうに「セイヨウクサイ」と云った母の口真似をして笑った。
消え入りそうな様子なのに、なぜかよく人を笑わせ、たくまずユーモアが飛び出した。
まだ自室にひとりでいる時、ストーブを消しているので、どうしたのと聞くと、「勿体(もったい)ない」とこたつに入っていたという。
明治の人間というのか、一生つつましく生きた。
 漸く堰を切ったように春がそこまで訪れていた四月上旬、母は亡くなった。
介護のため庭に目をやることもなかった今、窓一杯に侘助(わびすけ)、れんぎょう、水仙が一斉に咲き、母がその花の間を徘徊しているようであった。
亡くなってからすぐ、明方に夢をみて、馬車が私の前をよぎり、花の幕の中に一気にかけぬけようとした時、何かがぽろっと落ちたようで、ハッと目がさめた。
永い年月、庭の一木一草をいつくしみ、今その花々が一斉に咲いて、その主のいないことへの哀惜が合わさったのだろうか。
 こんな年になって、天寿を全うした母をこんなにもいとおしく思うとは、全く思いがけなかった。
若い時に母を亡くされた方はどんなであろうと思い、年齢とは関係ないのかと思う。
老いて病み、枯れてゆく人間のあわれさ、いとおしさを身をもって示していったのだろうか。
この世に生のある母と、その母を看取る子のかぎられた時を、今は千万の重みとして、近江にかよった幾度かをなつかしく思う。
 最後の昏睡に入る直前、物を云わず、じっと食い入るように私をみつめたその眼を、最後ともしらずにいた他愛のなさ、むごいほどに老いてゆくあわれさを、身一つにかえて死に近づいていることを目前にしながら、その棺をおおうまでは、決してみえていなかった。
突然幕が下ろされ、白日の下にその人をみることのなくなったその時から、実は本当にその人をみるのだった。
空洞が日ましに深く、その人とのかかわり合いの深さを身に刻んでゆく。
 織の道に私を導き、一を云えば、十をわかってくれる人だった。
私は仕事のどんな些細なことも、母に伝えたかった。
それを無上のよろこびとする人だった。
蒲生野(がもうの)の果てに母をおくった。
樹々の芽はかたく、こんなにおそい春はめずらしいと山すそをめぐる東の窓に、まっすぐ一条の煙がのぼっていた。
  (京都新聞<現代のことば>1984年5月2日)
(『語りかける花』志村ふくみ ちくま文庫 2007年)
 音たててキャベツをきざむ吾が母よとみにめしひし人と思はれず 
                     鹿児島寿蔵(かごしまじゅぞう)

『やまみづ』(昭40)所収。
紙塑(しそ)人形で人間国宝になった寿蔵は、アララギ派歌人としても名高かった。
学歴は高等小学校卒。
刻苦の人だった。
それだけに母親思いだったが、戦中から戦後にかけて母は緑内障で失明する。
昭和23年、十年ぶりに故郷福岡県に帰郷した彼を迎えた母の姿。
「失明の母の目どろりとにぶく光り涙の玉が吾が前に落つ」。
それでも毅然と生きる母に、感無量の子。
(『折々のうた 三六五日 日本短詩型詞華集』大岡信 岩波文庫 2024年)
鹿児島寿蔵(1898-1982)
歌人、人形作家。
紙塑人形の創始者で、重要無形文化財の保持者。
福岡県生まれ。
「アララギ」入会。
島木赤彦、土屋文明に師事。
「潮汐」創刊、主宰。
『潮汐』『新冬』『花白波』など歌集多数。
(『折々のうた 三六五日 日本短詩型詞華集』大岡信 岩波文庫 2024年)

鹿児島寿蔵(かごしまじゅぞう)人形作家」(NHKアーカイブス)
鹿児島寿蔵

 秋月山中回顧

山峡に住める盲目の母のへに蛍よ点せ吾が去る今宵も

手仕事の切れ間ひねもす坐りゐて無上のねむりせりかむ母よ

晴眼のときにはかつて摂(と)らざりし泥鰌うましとよろこびしとふ

別れむと立ちあがり眼鏡ぬぐふとき声ありき盲目の吾が母の声

(『現代日本文學体系94 現代歌集』筑摩書房 昭和48年)
今朝の父の一枚です(^^)/
明日は、花散らしの雨と風

 4月 

 春の野にすみれつみにと来しわれぞ
   野をなつかしみ一夜寝にける
 山部赤人(『万葉集』巻八)

 春の野に霞たなびきうらがなし
   この夕かげに鶯
(うぐいす)鳴くも 大伴家持(『万葉集』巻十九)

 世の中にたえて桜のなかりせば
   春の心はのどけからまし
  在原業平朝臣(『古今和歌集』)

 進学・入学おめでとう。
春が日一日と、足音を立ててかけ足ですぎさっていく四月は、身近な自然に目を向けるいちばんよいチャンスです。
新学期をむかえて、はればれとした気持で勉強に自然観察にはげんで下さい。
 学校の行き帰りに、家の近くの空地や道ばたに咲く植物に注意をはらい、花の蜜(みつ)を求めてやってくる昆虫を観察してみましょう。
 ときにはちょっと足をのばして河原に出かけ、草むらに寝ころびながら春の息吹を思う存分すいこむのも、この月ならでは楽しみです。

 …つづく…

(『自然観察12ヵ月』海野和男編著 岩波ジュニア新書 1983年)