2025年2月8日土曜日

雪がちらちら

出かける前に天気予報を見ると雪が降るみたいだったので
90mmのレンズで出かけました。
日ざしは暖かいのに風が冷たい。
途中で雪がちらちら降ってきました。
こういう時に限って普段会えない子と会えるんですよね(^_^;

近畿 8日夜にかけ雪ピーク 北部は警報級大雪 京都市も積雪」(関西NHK)
中谷宇吉郎の「立春の卵」のつづきを転記しますが、
ヘルツ式、ヤング率などが正しく表示されているのか、自信がありませんので本を参照してください。

 「立春の卵」つづき 

 物理学の方では、つりあいの安定、不安定ということをいう。
つりあいの位置から少し動かした場合に、もとの位置にもどるような偶力(ぐうりょく〔互いに平行で異なる二本の作用線上で働く、大きさが等しく、向きが反対の一対の力〕)が出て来る場合が、安定なのである。
卵が立っているような場合は、よく不安定のつりあいといわれる。
しかし物理学の定義では、この場合も安定なのであって、ただ安定の範囲が非常に狭いのである。
(『雪は天からの手紙 中谷宇吉郎エッセイ集』池内了編 岩波少年文庫 2002年)
 物が立つのは、重心から垂直に下ろした仮想線が、底の面積内を通る場合である。
底は下の台に接しているので、台から上向きに物体をささえる力が、その物体に働いて、その力と物体に働く重力とがつりあっているのである。
ところで日常生活でわれわれが常識的に使っている安定不安定という言葉には、安定の範囲という要素がはいっている。
物体を少し傾(かたむ)けても、重心から下ろした垂直線が、底面内を通る範囲内では、旧位置にもどるような方向に偶力(ぐうりょく)が働き、物体はもとにもどる。
すなわち安定である。
ところがその垂直線が底面をはずれると、偶力はますます傾くような方向に働き、物体は自分で倒れてしまう。
重心からの垂直線が底面をはずれる時の傾きが大きい時を安定といい、少し傾いてもすぐはずれてしまう場合を不安定といっているが、これは素人(しろうと)ふうないい表わし方である。
ほんとうは安定の範囲が広い狭いという方が、よいのである。
ピサの斜塔がよい例であって、土台が悪かったためにあのような傾斜した形で落ちついたのであるが、あの程度の傾斜では、重心からの垂直線はまだ十分底面内を通っているので、あの形で安定なつりあいを保っている。
それで少しくらいの地震があっても、倒れることはない。
ただあの塔がまっすぐに立っている場合よりも、安定の範囲が狭いだけである。
 卵を立てる場合は、この底面積、すなわち卵の殻と台の板との接触している面積が非常に狭い。
卵の表面が完全な球面で、板が完全な平面ならば、接触は幾何学的には、ただ一点である。
すなわち接触面積はほとんどゼロといっていい。
しかし物理的に考えてみると、卵が立った場合、卵の目方は全部その一点にかかるので、圧力からいうと、大変な大きさになる。
圧力というのは、目方をそれが働いている面積で割ったものであるから、卵の目方が50グラムしかないとしても、面積がゼロの近かったら、圧力は無限大となる。
物体にゆがみを生じさせるのは、力ではなくて圧力である。
棒でてのひらを押してみても何でもないが、それと同じ力で針でつけば、つきささるわけである。
それで球を平面の上にのせた場合には、平面の接点付近がその圧力のために少しゆがみ、球の接点付近もまた少しゆがむ。
そしてきわめて小さい円形の面積で球の底と板とが接し、その面積で球の目方をささえるのである。
 球と平面との接触面積は、球の半径と目方と物質の弾性(だんせい)とによってきまる。
球と平面とが同じ物質で、両方とも完全に幾何学的な形をしている場合には、その接触面積は、理論的に計算できる。
それにはヘルツ式というのがあって、すぐ計算できる。
(かし)の卓の上に立てるとすると、樫のヤング率は1.3×1011くらいである。
だいたいの見当をみるのであるから、卵殻(らんかく)の固さも樫と同程度と見ておく。
卵の目方を50グラム、底部を球とみなし、その半径を2センチ半として、接触面積を出してみる。
簡単な計算ですぐ分ることであるが、円の直径は2.2×10-3となる。
すなわち直径百分の2ミリくらいの円形部分がひずんで、その面積で卵をささえていることになる。
それで卵の重心から下ろした垂直線が、その面積内を通れば、卵は立つわけである。
問題はそういうふうにうまく中心をとる技術だけにかかることになる。
要するに根気よく、静かに少しずつ動かして、中心がとれた時にそっと手を放せばよいのであるが、1ミリの百分の1とか2とかいう精密な調整は、とても人間の手ではできそうもない。
 それで次に考えてみるべきことは、卵の表面の性質である。
卵の表面は、完全な球面または楕円面でなく、表面がざらざらしていることは誰でも知っているとおりである。
百分の1ミリ程度を論ずる場合には、もちろん、このざらざらが問題になる。
表面に小凹凸(おうとつ)があると、その凸部の3点あるいは4点で台に接し、それがちょうど五徳(ごとく<炭火などの上におく三脚または四脚の輪形の器具)の脚のような役目をして卵をささえるはずである。
そうすると卵の「底面積」は、相隣(あいとな)る凸部の3点または4点の占(し)める面積になる。
理論的には三角形の頂点の3点でよいはずであるが、実際には四角形の四隅(よすみ)の点、あるいはもう少し多い点になるであろう。
いずれにしてもこの方は前述の百分の2ミリなどという値(あたい)よりも、ずっと大きくなりそうである。
 教室の昼飯(ひるめし)の時に、この話を持ち出してみたら、H君が一つ顕微鏡で見てみましょうということになった。
H君は人工雪の名手(めいしゅ)である。
顕微鏡の下で雪の結晶を細工するのになれているので、卵の凹凸くらいは物の数でない。
さっそく台の上に墨を塗って、その上に卵を立て、卵の尻に黒いマークの点をつけた。
そしてそのマークのところで殻を縦に切り、その切口を顕微鏡でのぞいてみた。
 まず驚いたことは、卵の表面の凹凸は、きわめてなめらかな波形をしている点であった。
ざらざらの原因であるところの凹部と凸部との高さの差すなわち波の高さは、百分の3ミリ程度にすぎず、それに比して凸部間の距離、すなわち波長は、この卵では十分の8ミリくらいもあった。
これで問題は非常にはっきりしたのである。
五徳の三本脚あるいは四本脚の間隔は、約十分の8ミリであるから、半ミリ程度の精度で中心をうまくとれば、卵は立派に立つわけである。
それくらいの精度でよければ、人間の手でも、落ちついて少し根気よくやれば、調整できるはずである。
百分の2ミリではちょっと困るが、この程度ならば大丈夫である。

 …つづく…

(『雪は天からの手紙 中谷宇吉郎エッセイ集』池内了編 岩波少年文庫 2002年)