アルペンルートは夏に何度か訪ねたことがあるのだけど…
「アルペンルート開通に向けて除雪作業が始まる 立山町」(富山NHK)今日は「建国記念の日」
時々、日本は「単一民族の国」だと非科学的な主張をする方がおられますが
2月17日(月)に放送された視点・論点
寺尾知可史「全ゲノム解析で明らかになる日本人の遺伝的起源と特徴」
今まで、平安の貴族たちが東北の人たちを蝦夷と呼んでいたのは
蔑視からだと思っていましたが、それだけではないようです。
寺尾知可史
「沖縄、東北、近畿 西日本の三系統は、次第に混血して現在に至ったと考えられますが
その混血は、一斉に進んだわけではなく
例えば、平安時代には弥生人と縄文人の地域差がまだ顕著で
当時の人々は現在の『人種』の違いの感覚を国内で感じていたかもしれません」
よく在日の方に「○○に帰れ」と排斥しようとする人がいますが
一度、ご自分のゲノム解析をされたらどうかな。この機会に神話を学ぶといいと思いますよ。
古事記や日本書紀を読んでいると
第1章 日本人と神
1 神っていったいどういう存在?
…前略…
日本の神話を知ったときに「神さまなのに失敗するのか」といったような感想を抱いたとしたら、それはその神イメージのなかにキリスト教の超越的な存在としての神が含まれているからかもしれませんね。
…後略…
(『神話でたどる日本の神々』平藤喜久子 ちくまプリマー新書 2021年)
2 日本の神話を知ろう
…前略…
古事記は、「フルコトブミ」ともいいます。
「古いことをお話ししますよ」といえば、それが自分たちに関わることなのだということがすぐに分かる範囲で読まれることを前提としているのでしょう。
つまり、古事記は子孫たちに向けて作られたといえます。
前に「神」(カミ)の語源について紹介したときにも触れましたが、当時は表意文字である漢字を使って大和言葉を伝えていました。
古事記にもそうした使い方が多く見られます。
とくに固有名詞、歌、神名、地名です。
たとえば「くらげ」は大和言葉です。
それを漢字を使って表現するわけです。
中国で使われていた方法だと「海月」が「くらげ」を意味しますが、そう書くのではなく「久羅下」とかいてその音を伝えようとしています。
これは古事記が自分たちの物語、文化を後の時代の人々にそのまま伝えたいとする意識があったことを意味しているのでしょう。
古事記が編纂された8世紀は、大和朝廷が国内をまとめる力を強めていく時期でしたが、同時に国際政治のなかでも自国の立場をアピールしていこうとしていました。蔑視からだと思っていましたが、それだけではないようです。
寺尾知可史
「沖縄、東北、近畿 西日本の三系統は、次第に混血して現在に至ったと考えられますが
その混血は、一斉に進んだわけではなく
例えば、平安時代には弥生人と縄文人の地域差がまだ顕著で
当時の人々は現在の『人種』の違いの感覚を国内で感じていたかもしれません」
よく在日の方に「○○に帰れ」と排斥しようとする人がいますが
一度、ご自分のゲノム解析をされたらどうかな。この機会に神話を学ぶといいと思いますよ。
古事記や日本書紀を読んでいると
第1章 日本人と神
1 神っていったいどういう存在?
…前略…
日本の神話を知ったときに「神さまなのに失敗するのか」といったような感想を抱いたとしたら、それはその神イメージのなかにキリスト教の超越的な存在としての神が含まれているからかもしれませんね。
…後略…
(『神話でたどる日本の神々』平藤喜久子 ちくまプリマー新書 2021年)
2 日本の神話を知ろう
…前略…
古事記は、「フルコトブミ」ともいいます。
「古いことをお話ししますよ」といえば、それが自分たちに関わることなのだということがすぐに分かる範囲で読まれることを前提としているのでしょう。
つまり、古事記は子孫たちに向けて作られたといえます。
前に「神」(カミ)の語源について紹介したときにも触れましたが、当時は表意文字である漢字を使って大和言葉を伝えていました。
古事記にもそうした使い方が多く見られます。
とくに固有名詞、歌、神名、地名です。
たとえば「くらげ」は大和言葉です。
それを漢字を使って表現するわけです。
中国で使われていた方法だと「海月」が「くらげ」を意味しますが、そう書くのではなく「久羅下」とかいてその音を伝えようとしています。
これは古事記が自分たちの物語、文化を後の時代の人々にそのまま伝えたいとする意識があったことを意味しているのでしょう。
対外的に、自分たちの国はこのような国なのだと伝えることも考えて編纂されたと考えられるのが日本書紀です。
古事記は「フルコト」といえば通用する範囲で読まれることを想定していたと思われますが、日本書紀は「日本」と国名をつけています。
国際社会、日本以外の国を意識していたのでしょう。
古事記は万葉仮名を多く使っていましたが、日本書紀は比較的純粋な漢文で記されています。
このことから日本書紀が漢字文化圏、とくに中国(当時は唐)で読まれることを想定していたとわかります。
編纂の責任者は天武天皇の皇子である舎人(とねり)親王です。
古事記の太安万侶(おおのやすまろ)に比べると大変身分が高い人物でした。
日本書紀は720年に成立すると、最初の正式な歴史、「正史」と位置づけられ、その後朝廷でも尊重されていました。
国として力を入れて編纂したものだったのです。
…後略…
(『神話でたどる日本の神々』平藤喜久子 ちくまプリマー新書 2021年)
「古事記と日本書紀」(小学6年)
最近、読んでいて面白いな、こんなふうに考えたことがなかったなぁと思ったのが
第2章 神の家―建築の誕生
太陽信仰はなぜ生まれたか
地母信仰(ちぼしんこう)から太陽信仰へ、この変化はどうして起こったんだろう。
農耕のせいだったと私は考えている。
農耕を始めると、それまでの野生の米や麦を採集していた時とはまるで違う決断を農耕の主人公の女性たちは迫(せま)られる。
いつ種を播(ま)いたらいいのか。
いつ種を播けば、いつ頃に芽が出てスクスク育ってくれるか。
間違うと秋の稔(みの)りは減じ、場合によると食料不足におそわれて冬を越せない。
(『人類と建築の歴史』藤森照信 ちくまプリマー新書 2005年)
その年の気候によって種播きの時期は変わる。最近、読んでいて面白いな、こんなふうに考えたことがなかったなぁと思ったのが
第2章 神の家―建築の誕生
太陽信仰はなぜ生まれたか
地母信仰(ちぼしんこう)から太陽信仰へ、この変化はどうして起こったんだろう。
農耕のせいだったと私は考えている。
農耕を始めると、それまでの野生の米や麦を採集していた時とはまるで違う決断を農耕の主人公の女性たちは迫(せま)られる。
いつ種を播(ま)いたらいいのか。
いつ種を播けば、いつ頃に芽が出てスクスク育ってくれるか。
間違うと秋の稔(みの)りは減じ、場合によると食料不足におそわれて冬を越せない。
(『人類と建築の歴史』藤森照信 ちくまプリマー新書 2005年)
山の雪がいつごろ溶(と)けはじめるか、流水の温度はどのくらい上がったか、そうした冬から春へと移る気候の動きを鋭敏(えいびん)に感じ取り、早からず遅からず播かなければならない。
気温が上がったからといって播けば、芽が出たころに遅霜(おそじも)が来て全滅の恐れもある。
これまでの気候の動きから、先のことも予測しなければならない。
その年だけでなく、過去の気候変化の記憶も大事。
晩秋(ばんしゅう)の初霜が早いと春は早いとか、夏が日照ると春は遅いとか、現在のように農業の科学的研究が進んでも種をいつ播くのか決断を要するのだから、九千年前の祖先にとっては、時に生死を分ける決断となる。
初雪がくるのも雪が溶けるのも、地面が温まるのも芽がスクスク伸びるのも、実が稔のも、すべては太陽の動きに従っているのだ、と。
農耕のなかで太陽の特別な働きに目覚める以前、自然界のさまざまな現象は地母信仰によって理解されていた。
冬が去り、山の雪が溶け、雨が降り、水が大地をうるおし、草木が芽を出し、虫や動物も元気に動きはじめ、子が生まれ、育つ。
そして秋が来て、草木は枯れ、死ぬ虫や動物も多い。
同じように人間も、セックスがあって、妊娠し、生まれ育ち、やがて死ぬ。
このサイクルを繰り返す。 すべての自然現象も人間も、生から死へ、死から生へと繰り返し、循環する。
循環するかぎり、循環に加わる個々のものに本質的に上下はなく、平等である。
個々のものには、山には山の、川には川の、木には木の、動物には動物の、もちろん人間には人間の、神が宿っていると考えられていた。
そうした神々のなかで、生命現象を司(つかさ)どる神が地母神として最も大事に扱われてヴィーナス像に彫られたのだった。
人間と動物と植物の生と死を司どる地母神。
でも、農業によって生命現象を本当に動かしているのは太陽であることが分かってしまった。
生命現象のエネルギーは、すべて太陽から来るのだ。
太陽こそが自然界の循環をグルグル回している。
諸物に平等に宿る基本的な神々の上に立つ太陽の神。
地中と地上の循環的世界から切れた天空にあって、地上を支配するたった一人の神。
その弾性的な絶対神を、農業を通して発見したのは、皮肉なことに、地母神的なる女性たちだったのである。 新石器時代に出現する巨石建造物、そびえ立つ柱は、太陽に向けて作られた。
絶対性、唯一性を表現すべく巨大に、太陽にとどくほど高く。
でも、ここで注意してほしいのは、太陽信仰が生れたからといって地母信仰が消えたわけではないこと。
地母を動かすのが太陽であることが明らかになり、地母信仰の上に太陽信仰が重なったのである。
地母の上に太陽が重なって、生命が生まれる。 万物に宿る神々。
その神々を生み出す大地の母。
神々と大地の母の上に君臨する父なる太陽、王なる太陽、唯一絶対の神。
人類の信仰と文化と社会と政治は、新しい段階に入った。
(『人類と建築の歴史』藤森照信 ちくまプリマー新書 2005年)
これから私(歯科・循環器科・眼科)や妹(内科・歯科)の受診がありblogの更新を休むことが多くなります。