2019年2月10日日曜日

雲が隠すと…

寒さが厳しいのでリハビリ散歩を控えていました。
そろそろ目が痒くなってきたようなので眼科を受診したり
熱はないけど咳が出るので耳鼻科に通院したりしていました。
まだまだ寒いですが、日差しがあると暖かく感じます。
それでも雲が陽を隠すと急に寒さを感じますね…
『平家物語』「灌頂巻(かんじょうのまき)」より
「大原入(おおはらいり)」を転記しますφ(..)
   大原入り(おおはらいり)

 けれども冷泉大納言隆房卿(れいぜいのだいなごんたかふさきょう)
七条修理大夫信隆(しちじょうのしゅうりのだいぶのぶのぶたか)卿との北の方は、
人目を忍びながらさまざまにお見舞いになさった。
「あの人々の世話で生きていこうとは、昔は思いもしなかったよ」
といって、女院が御涙を流されると、
お付き申し上げている女房たちも、みな涙で袖をぬらされた。
(『平家物語二 日本古典文学全集30』
   市古貞次 校注・訳 小学館 昭和50年)
 今の女院のお住まいも都がまだ近くて、道を往来する人の人目も多く、
風に吹かれて露の散るように、お命が尽きるのを待つ間は、
つらいいやな事の耳にはいらぬ山の奥の奥へでも
はいってしまいたいものと思われたが、適当な便宜もおありにならない。
ある女房が参って申すには、
「大原山の奥、寂光院と申す所は静かでございますよ」
と申したので、
「山里は何かと寂しい事はあるそうだが、
 世間でいやなつらい思いをするよりは住みよいだろうよ」
といって、お移りになる事を思い立たれた。
御輿(おんこし)などは、隆房卿の北の方がご用意なさったとかいうことだ。
文治元年九月の末に、その寂光院におはいりになる。
(『平家物語二 日本古典文学全集30』
   市古貞次 校注・訳 小学館 昭和50年)
道中四方の木々の梢(こずえ)がさまざまな色に
色づいているのを見てお通りになってゆくうちに、
山陰(やまかげ)だからであろうか、日ももはや暮れかかった。
野寺に鳴らす入相(いりあい)の鐘の音がさびしく感じられ、
踏み分けて行く草葉の露がしっとり置いており、
涙でぬれたお袖がいっそうぬれて、
はげしく吹き下ろす嵐に、木の葉が乱れ散っている。
空が急に曇って、はやくも時雨(しぐれ)がはらはらと降り落ち、
鹿の音がかすかに聞こえ、虫の訴えるような鳴き声がたえだえに聞こえる。
何やかや見る物、聞く物すべて心細く感じられお心細さはたとえようもない。
かつて西国へ落ちた頃、浦伝い、島伝いに旅を続けた時も、
それでもこんなに心細くはなかったものをと、
お思いになるのは悲しい事であった。
寂光院は岩に苔がむして物さびた所だったので、
いつまでも住んでいたいと思われる。
露をおいている庭の萩原は霜に枯れて、
(まがき)の菊が枯れ枯れに色が変わるのを御覧になるにつけても、
ご自身の身の上のようだと思われた事であろう。
仏の御前に参られて、
「天子聖霊(てんししょうりょう)、成等正覚(じょうとうしょうがく)、頓証菩提(とんしょうぼだい)
とお祈りなさるにつけても、先帝の御面影がぴったり身に寄り添って、
いつの世にお忘れるになる事があろう。
さて寂光院の傍に一丈四方のご庵室を造り、昼夜・朝夕の御勤行(おつとめ)
常に絶えず行なうお念仏をおこたらずはげんで、月日を過ごしておられた。
(『平家物語二 日本古典文学全集30』
   市古貞次 校注・訳 小学館 昭和50年)
 こうして十月十五日の暮れがたに、
庭に散り敷く楢(なら)の葉を踏みならして来る物音が聞こえたので、
女院は、
「世をいといさけている所に、何者が尋ねて来るのかしら。
 それを見て来なさい、隠れなければならぬ者なら、急いで隠れよう」
といって女房に見させられると、牡鹿(おじか)が通るのであった。
女院が、「どうだった」とお尋ねになるので、
大納言佐殿(だいなごんのすけどの)は涙をこらえて、

  岩根(いはね)ふみたれかはとはんならの葉のそよぐはしかのわたるなりけり
 (この辺鄙(へんぴ)な山間の岩を踏んで、誰が訪ねて来よう、
  楢の葉がかさこそと音を立てたのは、鹿が通るのだった)

女院は哀れにお思いになり、窓の小障子にこの歌を書かれてお残しになった。
(『平家物語二 日本古典文学全集30』
   市古貞次 校注・訳 小学館 昭和50年)
 こいう所在ない寂しいご生活の中で、
物によそえて思われる事は、つらい中にもたくさんあった。
軒に並んで立っている植木を、極楽の七重の宝樹に擬して考える。
岩の間に積もりたまる水を、極楽の池の八功徳水(はつくどくすい)と思いになる。
無常は風の吹くに従って散りやすい春の花のようなものであり、
人の一生は、雲が出るにつれて雲間に隠れやすい秋の月のようなものである。
内裏の後宮の昭陽殿(しょうようでん)で花を翫賞(がんしょう)した朝には、
風が吹いて匂いを散らし、長秋宮(ちょうしゅうきゅう)で月をながめた夕べには、
雲が月をおおって光を隠した。
昔は玉楼金殿(ぎょくろうきんでん)に錦の敷物を敷き、優美なお住まいであったが、
今は柴(しば)を結んで作ったそまつな草庵で、
はたで見ていてもお気の毒さに涙が落ちるのであった。
(『平家物語二 日本古典文学全集30』
   市古貞次 校注・訳 小学館 昭和50年)
ハシボソガラスが枯れ草をくわえて…
枯れ草を積んでいるような…
なにかを隠している様子…
枯れ草を取り除くと…
「貯食(ちょしょく)行動」と呼ばれ
何度か目撃しています。
見た後は元に戻しておきました(^_-)
今朝の父の一枚です。
花壇がバレンタインバージョンになっていました(^^♪
(2011年12月19日)
今日は、母の月命日です。
2012年の干支の辰が描かれているのを楽しそうに見ていました。
花壇を見るのが母の散歩の楽しみの一つでした。