2019年2月17日日曜日

準備が始まっているようです(^。^)

朝、あまり体調がよくなかったので
リハビリ散歩を中止しようかと思ったのですが
日差しが暖かそうで体調もよくなってきたので出かけました。
鬼の子も泣きたい――ミノムシ
 ミノムシは、枯れ葉や枯れ枝で作った巣が、
昔の雨具の蓑(みの)に似ていることから蓑虫となづけられました。
 ミノムシは別名を「鬼の子」といいます。
鬼に捨てられたミノムシは、
秋風の吹く頃になると「父よ、父よ」と
父親を慕って鳴くと伝えられてきたのです。
ところが、ミノムシはミノガというガの幼虫なので、
実際に鳴くことはできません。
 じつは、「チチヨ、チチヨ」と鳴いていたのは、
木の上にすむカネタタキというコオロギの一種だったのです。
 カネタタキはすばしこいので、なかなか姿を見ることができません。
そのため昔の人は、木の枝にぶら下がって揺れているミノムシが
鳴いているのだと勘違いしてしまったのです。
(『働きアリの2割はサボっている』
  稲垣栄洋著 小林木造絵 家の光協会 2008年)
 子どもたちは毛糸や色紙などでカラフルな巣を作らせました。
ミノムシは身近な遊び相手だったのです。
 ところが、どこにでもいたはずのミノムシですが、
その姿は、10年ほど前からすっかり見られなくなってしまいました。
ミノムシに寄生するヤドリバエという寄生バエが日本に侵入したため、
ミノムシの数は激減してしまったのです。
 しかし、最近ではミノムシの数が
少しずつ増えてきているといいます。
じつは、このヤドリバエにさらに寄生するハチが、
日本に侵入してきたのです。
「敵の敵は味方」。
ミノムシにとっては、まさに待ちわびた朗報だったことでしょう。
(『働きアリの2割はサボっている』
  稲垣栄洋著 小林木造絵 家の光協会 2008年)
エナガがいつもは群れているのに
二羽で行動して忙しそうに飛びまわっていると思ったら…
苔を集めていました。
巣作りが始まったのかな?

エナガは多量のコケをクモの糸でからげ精巧な巣をつくるので
〝たくみどり〟(巧婦鳥)の一つとされている。
(『図説 日本鳥名由来辞典
  菅原浩、柿澤亮三編著 柏書房 1993年)
この子も苔を集めていましたp(^^)q
ヤマガラ(山雀) 地域密着型の可愛い小鳥

 シジュウカラ科の鳥の多くは灰色を主体とした外見ですが、
そんな中でヤマガラだけは独特の赤茶色の色彩で目を引きます。
また、多くのカラ類がユーラシア大陸に広く分布しているのに対し、
ヤマガラは日本列島と朝鮮半島にしか生息しません。
ヤマガラはカラ類の中の異端児のように思えます。
(『庭で楽しむ野鳥の本』大橋弘一 山と渓谷社 2007年)
 ヤマガラは土地への執着が極端に強い鳥です。
東京・山手線の内側では明治神宮にしか生息していない事例などが、
そのことを物語っています。
留鳥(りゅうちょう)であることはもちろんですが、
冬季も含めほとんど移動しないのです。
一般に、留鳥も冬季の食物不足への対応として
小規模な「渡り」をすることは珍しくありません。
スズメでさえ若い個体は新天地を求めて
数百kmも移動することが知られています。
鳥が、種としての分布域を拡大できるのはこうした移動の成果なのです。
しかし、ヤマガラはそういう冒険はせず、
どの個体も毎年ほとんど同じ場所になわばりを持ちます。
貯食の性質があり、秋に蓄えた食物を
冬の糧の一部とするため冬も移動せずに済みます。
その結果、ヤマガラの分布域は狭いままになっていると考えられるのです。
日本列島と朝鮮半島にしか生息しないのに
9つもの亜種に分けられることも、
土着性の強さの反映といえます。
自分の生まれ育った場所を大切にして、
代々その土地を受け継いでいく……。
ヤマガラは、まるで地に足のついた分相応の生き方を
心得ているかのような鳥なのです。
(『庭で楽しむ野鳥の本』大橋弘一 山と渓谷社 2007年)
(こ)ひ恋(こ)ひて 
(のち)も逢(あ)はむと 
(なぐさ)もる 
(こころ)しなくは 
生きてあらめやも 
   卷十二・2904 作者未詳

恋い焦がれて、
いつかまた逢えるだろうと
自分を慰める
強い心をもたないと、
とても生きていけそうにない
(『NHK日めくり万葉集vol.1』中村勝行編 講談社 2009年)
――俳優の玉有洋一郎(たまあり・よういちろう)さんは、
学生時代に万葉集を勉強しました。
そして選んだのは、作者未詳で詠み手は
男性とも女性とも言われる一首です。

[選者 玉有洋一郎(俳優)]
 僕も学生時代みたいに、
やみくもに恋をする歳ではなくなったのですが、
いまだに共感できる歌ですね。
それこそ『ロミオとジュリエット』みたいに。
 初句の「恋ひ恋ひて」がとてもいい。
簡潔に言えば「恋焦がれて」なんでしょうが、
「恋ひ」をわざと繰り返している。
言葉の響きがとても好きですね。
 あとで会えるという確証がないのなら
生きていても仕方がないという気持ちが
「慰もる心しなくは」に詰まっている。
恋というのは本当に難しく、はかないとでも言えばいいのか。
(『NHK日めくり万葉集vol.1』中村勝行編 講談社 2009年)
――作者未詳の恋の歌ばかりが収録されている万葉集十二。
そのなかで、この歌は、「率直に心境を述べる」という意味の
「正述心緒(せいじゅつしんしょ)」に分類されています。
恋に喜び、悩む万葉人たちが、ストレートに心情を表現した歌が
百首以上も並んでいます。

[玉有]
 いまの歳になって読むと、ある意味で新鮮さを感じます。
こんなに純粋に、誰かを一途に思い続ける気持ちが、
たった三十数文字のなかに表されているのが素晴らしい。
 この歌を読んだときは、僕も恋をしていました(笑)。
こういう歌こそ、お年を召した方が読んで
懐かしいと振り返るののではなく、
いま恋をしている若い世代に読んで欲しい。
そして、「わかる、わかる」と共感してもらえればいいなあと思います。
(『NHK日めくり万葉集vol.1』中村勝行編 講談社 2009年)
 【恋と命
 卷十二は作者未詳の歌が集まり、全部で383首もある巻だが、
各歌は、題詞や左注がほとんど書かれていない。
同じ巻に、恋ひ恋ひての歌と少し似る歌がある。

 恋ひつつも後も逢はむと思へこそ己が命を長く欲りすれ
             (卷十二・2868)

 いつかは逢えると思うから長く生きたいのです、と歌うが、
作歌環境がみえないので理解が揺れる。
(『NHK日めくり万葉集vol.1』中村勝行編 講談社 2009年)
例えば、男に捨てられ、恋の病に命の灯の消えかかった娘は、

 我が命は惜しくもあらずさにつらふ君によりてそ長く欲りせし
              (卷十六・3813)

 あなたに逢いたくて、そのために少しでも長く生きたかったの、
という哀れさは左注から知られる。
寸前の長歌では、いよいよ臨終の時を迎え目も見えなくなり、
幻聴が響く状態に陥る。
その折に、命を「長く欲りせい」と歌って死んでいった。
(『NHK日めくり万葉集vol.1』中村勝行編 講談社 2009年)
 ところが、次の大伴家持歌は、似たような表現を基としているのに、
未来の妻を得るための愛の歌である。

 後瀬山(のちせやま)後も逢はむと思へこそ死ぬべきものを今日までも生けれ
               (卷四・739)
(『NHK日めくり万葉集vol.1』中村勝行編 講談社 2009年)
  後も逢いたくて、死ぬはずの命が今日まで永らえた。
あなたに逢うためにだけ生きてきたのだ、
そうでなかったら死んでいたはずと、恋人に信頼を求める。
夫に捨てられ寿命を終える女性と幸福な予感に心弾む男とが、
極端な境遇の違いを越えて言葉を通じさせてしまうのは、
恋の世界が、愛と不幸と、生と死とが踵を接する特別なものだからかと、
考え込まされてしまう。
   (藤原茂樹)
(『NHK日めくり万葉集vol.1』中村勝行編 講談社 2009年)