2016年3月4日金曜日

春本番の陽気…

自花受粉するオオイヌノフグリ
オオイヌノフグリは一度咲いた花は数日しかもちません。
もしその日のうちに昆虫が訪れてくれなければ受粉できないわけです。
そこで,オオイヌノフグリは実をつけるためにひとつの裏技を持っていて,
花を夕方閉じるとき,自分で花粉を自分の雌しべにつけてしまうのです。
こうすることで,必ず花粉ができ,種子をつくることができるのです。
これはもう反則ではないかとも思うのですが,
意外にもこのように自分の花粉で種子をつくってしまうものは他にもあります。
子孫を残すためにはあの手この手を使うものなのです。

(『おもしろ花のフィールド図鑑(春)』)
ホトケノザ(シソ科)
畑周辺や道沿いなどで見られる。
花は紅紫色。唇形花(しんけいか)で茎上部の葉腋(ようえき)から出て密につける。
花の葉は段階上に対生,扇状円形で茎の中部より上に葉柄(ようへい)はない。
茎は四角,基部で分枝して直立する。
春の七草のホトケノザは別種のタラビコ。

(『ひと目で見分ける580種 散歩で出会う花 ポケット図鑑』)
 ヒメオドリコソウ(シソ科)
ヨーロッパ原産。
山野の荒れ地や,畑周辺,道沿いに群生する。
花は長さ1cmほど小さく目立たない。淡青色。
葉は対生し卵円形で先端は少しとがり,縁にはにぶい鋸歯がある。
上部の葉は密生し赤紫色を帯,下部の葉に長い柄がある。

(『ひと目で見分ける580種 散歩で出会う花 ポケット図鑑』)
遠くてピントを合わせられませんでしたが
久しぶりにアトリに会えました♪
エナガも動きが速くて(@@;)


コゲラはゆっくり撮させてくれました(^。^)
キツツキがくちばしで木をたたく時に使う筋肉はどこの筋肉なのか

強い首すじの筋肉――いろいろな種類の頸筋をつかって,
キツツキは木に穴をあけたり大きく響く音を出したりします。
そしてこの働きは強いくちばしと木をつつくショックを吸収する,
ふつうの鳥にはないような厚い頭の骨によって助けられています。

(『鳥についての300の質問』A&H・クリュックシァンク著
     青柳昌宏訳 講談社ブルバックス 昭和57年)
木を突くときに目を閉じていますが,鳥にはまぶたが三つもあるそうです。

眼球を保護しているまぶたはふつう上下のまぶただけですが,
鳥には三番目のまぶたがあります。
この三番目のまぶたは〝瞬膜(しゅんまく)〟とよばれて
人間の眼では内側のすみに痕跡として残っています。
瞬膜は半透明な膜で,くちばしから耳に向かって斜めに横切って閉じます。
疑いなく瞬膜は眼の表面をきれいにし,
保護する役割を持っています。
別の表現でいえば,瞬膜はビルトインされた
サングラス,ゴーグルあるいはアクアマスクです。
それは太陽からの直射や水面からの反射光のぎらぎらを減光し,
風から眼を守り,潜水性の鳥のとっては水中での遊泳を助けるしくみです。
ほとんどの鳥はこの瞬膜でまばたきをします。
このまばたきは目の大きいフクロウなどでよく観察されます。
ハトその他,二,三の鳥は全部のまぶたでまばたきをします。

(『鳥についての300の質問』A&H・クリュックシァンク著
    青柳昌宏訳 講談社ブルバックス 昭和57年)

「瞬膜」についてはこちらの記事を参照してください(*^O^*)/
メジロが顔を出した(*^▽^*)

かすかにですが赤いリボンが見えます(*^-^*)
コゲラが突く木は,枯れたりして弱った木です。

冬も枯れないつややかな緑の葉を保ち,美しい大きな花を咲かせる椿。
大ぶりの花の印象がとても強いですが,
古くはその固くて丈夫な木と,茶やタバコにもなる葉,
そしてよい油が取れる種子のほうが人々にとって身近な存在でした。
「カタシ」という古名があったほど丈夫な椿の木は,
縄文時代の石斧の柄などにも使われていたほど。
『日本書紀』には景行(けいこう)天皇が九州の土蜘蛛(つちぐも)族を
討つ際に椿で槌(つち)を作り武器の材料にしたと記されています。
椿で作った槌には霊力が宿るとされ,
今も神事で使う卯杖(うづえ)には椿の木が用いられます。
正月の七草粥を作るときに,
草をひとつひとつ玉椿の枝でつぶして粥にすれば
より一層の健康と長寿が得られるとも。
炭にしても長持ちし,その灰は紫草(むらさきぐさ)の染め物に
欠かせない灰汁(あく)として用いられました。
葉は茶葉や煙草としても用いられていました。
椿は本当に余すところなく人々の生活を支えてきた樹木なのです。

(『和ごよみで楽しむ四季暮らし』)
万葉集の中でかわいいなと思う歌があります(*^ー゜)

第十六巻3857
  夫(せ)の君(きみ)に恋ひたる歌一首
飯喫(いひは)めど 甘(うま)くもあらず 寝(い)ぬれでも 安くもあらず
 (あかね)さす 君が情(こころ)し 忘れかねつも
  
ご飯を食べてもおいしくない。寝ても安眠できない。
うるわしいあなたの心が忘れられないよ。

(歌につてい書かれているのは現代語訳だけを転記します)
 右の歌一首は伝えて言うには
「佐為王(さゐのおほきみ)に近く仕える侍女がいた。
当時宿直が続いて夫と逢うことができず,
心が落着かずに長く恋い慕う心が深かった。
そこで宿直の夜,夢の中で夫を見,
目をさまして手を伸ばして抱こうとすると,
手に触れるものは何もなかった。
女はむせび泣いて声高くこの歌を口ずさんだ。
これを聞いた王は女をあわれんで,長く宿直を免じた」という。
・侍女は原文で「婢(まかたち)」
婢は奴婢の婢でハシタメ。ここは従婢・侍婢の意。
(『万葉集(四)』)
 この歌について『藤原流万葉集の歩き方』より一部転記しますと

これは飲み食いを拒絶して細るような緊迫した悲壮な恋というものではない点である。
実際,歌声は,「高声」と大きな声で生命力が横溢している。
「飯食めど うまくもあらず」とか「寝ぬれども 安くもあらず」と歌うからには,
食べることはするのであるが,うまいと感じないという状態や,
まんじりともせず夜明けになる危うさではなく,寝てはいるのだ。
しかし夫が夢に現れて恋しさで安眠できないという心模様なのである。
なるほど,召使いの世界の恋とはそういうものかもしれないと納得させるそんな恋である。
日々の暮らしの中で,現実の世界をしっかり過しながら,
その中で精一杯の恋を生きているはした女の恋心。

(桃の花が開き出しました♪)

そんな庶民の恋愛生活と心理とがよく表されていて,
寝ぼけたあげくに思いあまって大声で歌ってしまう悲しみ歌の質は,
同情と微笑をともなって,胸の中にあたたかい灯火を導いてくれる。
時は奈良時代,天平の初め頃,世に風流侍従(『藤氏家伝』下)と
もてはやされた佐為王の邸宅では,こうして,下々の女の恋の事情が,
風通しよく主君の王のもとにつたわっていた。
王はそれに対して,実に粋な処遇をしたのである。

(杏はもうじき♪)

その人情味のあるエピソードがやがて世に広まり,『万葉集』に残される。
上層社会に勤めているとはいえ,低い奴隷階級の女の恋が,
千三百年の時をこえてわたしたちに伝わるのは不思議ともいえるが,
純な気持ちとこれを受けた粋な人格が,社会の片隅にあった恋を記憶したのである。

(『藤原流万葉集の歩き方』)
今日は春本番の陽気」でしたね♪
よく挨拶する方達と「お水取りが終わるまでは分かりませんよね」と…
最後に会えたのがジョウビタキ♂