2026年3月23日月曜日

阪神電車に乗って

今日は、地下鉄東梅田から阪神電車(大阪梅田)に乗りました。
阪神電車は発病前の2010年8月に乗っていらいです。
この時は、夏の甲子園大会が開催中でした。
現在、春の選抜大会が開催されていますが、
今日も「甲子園」駅には降りずに通過しました(^_-)
神戸に来たのは、妹が娘に会いに行きたいと言ったので荷物持ちを引き受けました。
姪が住んでいる駅で降りて買い物をしてから訪ねました。
姪の部屋には保護ネコが飼われていて
姪に貰われるまで辛い思いをしていたようで人見知りが激しいので
私は、しばらくウロウロする時間ができました(^_^)v
阪神電車に乗って「元町(もとまち)」へ
南京町にやってきたのが12時40分頃でお腹が空きました。
南京町にきたらやはり……と、思ったのですが
観光客がスゴイ! どの店も満員で並んでいる…
探している間に雨が降り出したので元町商店街に戻りました。
お店に入る前に「みに玉丼定食」(870円)が美味しそうだなと入ったのですが
通路を挟んで隣のテーブルに座った仕事着姿の若い女性が
メニューも見ずに「うどん定食」と注文されたのが聞こえた。
意志薄弱で流されやすいσ(^^;)
店員さんに聞かれて「うどん定食」を頼んでしまった(^^ゞ

電車の中で読んでいた本は『語りかける花』(ちくま文庫)
3月3日におとなのEテレタイムマシン
土曜美の朝 藍 一色一生 染織家 志村ふくみ
の再放送がありました。
番組の中で「緑」という色がなかなか出せない。
「緑」を出すために試行錯誤をされて
二つの色(植物)を合わせて染めたと話されていました。
その番組をみて購入した本だと思います。
ところどころに赤線を引いているのに
初めて読んだみたいなぁ……(^^ゞ

志村ふくみ 染織家」(NHKアーカイブス)

みどりご」(アルスシムラ 2021年1月27日)
「うどん定食」美味しかったですよ(^_^)v
お客さんを見ていると小さな子どもを連れたお母さんや
年配のご夫婦など地元の人たちが多いような気がしました。

手打ちうどん 京屋 元町店」(神戸元町商店街)
残念ながら
修繕工事中 完成予定:2026年4月中旬
龍神さまが雨を降らしたのかな……?
急に神戸行きが決まったので目的地はありません(^_-)
で、とりあえず海が見たいと、雨が降る中、歩き出しました。
 神戸海上保安庁の巡視艇が停泊していました。
  顕彰碑
 網屋吉兵衛
 
 碑 文 


天明5年(1785年)摂津八部郡二ツ茶屋村(現 生田区元町4丁目付近)に生まれる。
72才にして安永新田(現 新港第一突堤付近)に船●場(ふなたでば)(船底の貝殻や船虫などを焼く場所)の建造に着手、苦節3年大願成就す。
文久3年(1863年)時の将軍家茂公が小野浜に上陸の際「この地は港に最適でございます」と進言す。
後年この船●場は勝海舟の幕府海軍操練所となって神戸港の夜明けを迎え
今日の繁栄の基礎となる。明治2年9月5日天寿85才

 市民の碑 多くの市民の浄財にて建立す

 ●(たで)「火偏+翏」
 網屋吉兵衛顕彰碑 

当時、兵庫の津周辺には船底についた貝殻や船虫などを焼いて整備する「船たで場」が無く、船底をたでる場合には遠く讃岐國多度津(現在の香川県仲多度郡多度津町)まで船を廻航する必要がありました。
そのことを聞いた二つ茶屋村(現在の神戸市中央区元町通4丁目付近)の呉服商 網屋吉兵衛は、船たで場の設置願いを代官に提出して、許可を得ました。
船たで場は、築造をはじめてから3年余りの年月で完成しました。
網屋吉兵衛の船たで場は、現在の新港第1突堤の基部にある京橋付近(神戸市中央区新港町)にありました。

「船たで場」を「たで」とひらがなで表記されていますが
焚場」(鞆の物語)には、「焚場(たでば)」と表記されています。
焼いて整備するので「火編」を使いたかったのかな?
海に向っていると水族館があったので入りました。
今まで見てきた水族館のイメージと違う…
 ウシバナトビエイ
 Flapose Ray

●小笠原、沖縄;~南シナ海、北部および西インド洋

「牛の鼻」のように見える頭部(頭ビレ)が和名の由来。
頭ビレを使って海底にいるアサリなどの貝類や甲殻類を掘り起こして食べる。
 カリビアンシーホース
 Longsnout Seahorse 
●西大西洋

オスの腹部には育児嚢(いくじのう)という袋があり、メスが産んだ卵をふ化するまで保護する。
水の抵抗を最小限に抑えた頭部の形状で素早く餌を捉えることができる。
 ハナミノカサゴ
 Red Lionfish 
●沿岸岩礁域、駿河湾以南;~インド洋~太平洋域

大きな胸ビレを使って獲物を追い込み、一気に水ごと吸い込んで捕食する肉食魚。
ヒレに強い毒を持ち、危険な生物と知られているが、食べると美味。
雨で霞んでいました(13時50分頃)
 ピラルク
 Arapaima
 
●南アメリカ:アマゾン川流域

全長4.5mにもなる世界最大級の淡水魚といわれるが、実は明確な記録がなく、通常は成長しても2m前後。
エラ呼吸だけでなく、水面で直接空気呼吸も行う。
 ポルカドットスティングレイ
 White-Blotched River Stingray
 
●南アメリカ:シングー川流域

淡水に生息し、淡水でしか生きられないエイ。
成長すると体盤長(丸い部分)は60cmを超える。
卵胎生で、4~7尾の子どもが親と同じ姿で産まれてくる。
  トラフカラッパ
 Red-streaked Box Crab

●新潟県以南・相模湾以南;~インド洋~西太平洋

水深100m以浅の砂泥域に生息し、砂を掘って全身を隠して過ごす。
また、大きなハサミで口元を隠すように見える様子から、「Shame face crab」(恥ずかしがり屋のカニ)とも呼ばれる。
若い人たちが多かったです。
紹介したのはほんの一部ですし、見間違えているかも…
一度、こちらに足を運んで見てください(^^)/
雨が止んで青空になっていました(14時10分頃)。
プカリプカリと丸い玉が浮んでいました(*^O^*)
KOBE BUBBLUMI 2026」(3月20日~4月19日)
太陽の日ざしをうけているのも綺麗ですが
夜に見るとなおいっそう綺麗だろうなぁと思いました。
そろそろ帰ろうと思って姪にラインで水族館にいると送信すると
アトア?」と返事が届きました。
地元民はよく知っているみたいですね(^-^)
帰りに妹と会ったとき「水族館」に行ってきたと話すと「須磨の水族館?」
σ(^^;)の時代、神戸の水族館といえば須磨の水族館が真っ先に浮びます。
ここも「神戸須磨シーワールド」とリニューアルしている。
 メリケン地蔵尊 

 ここ、メリケン波止場を取り巻く港は、かつて港湾荷役の花形であった「はしけ」の基地=はしけ溜まりでした。
ところが、貨物のコンテナ化とともにはしけの需要は激減し、このはしけ溜まりも廃止されて埋め立てられ、昭和62(1987)年、新しいウォーターフロントゾーン「メリケンパーク」として生まれかわりました。
 はしけは、貨物船であると同時に乗組員家族の住居でもあったのですが、子供たちの中には船上や岸壁から海に転落して亡くなる子も少なくありませんでした。
また、危険な労働の中での殉職者も数多くありました。
 このお地蔵さんは、そのような犠牲者の慰霊のため、港湾荷役従事者の小野米吉氏(昭和57(1982)年没)によって昭和50(1975)年頃この場所に安置され、「いかり地蔵」と呼ばれて親しまれていましたが、昭和62(1987)年5月、それまでの廃材を利用した質素な祠にかえて現在の総チーク材の祠が建立されたのを機に「メリケン地蔵尊」と改名しました。
 メリケン地蔵さんは、今日も港町神戸の発展と安全を見守って下さっています。
  神戸港を考える会・メリケン地蔵尊奉賛会
 「阪神・淡路大震災」とメリケン地蔵尊 

 昭和62(1987)年、「メリケン地蔵尊」と名付けられたお地蔵さんの祠には、平成3(1991)年、鯉川筋での共同溝工事中に中突堤基部から出土した、花隈城の歴史にまつわると見られる五輪塔も安置されました。
 平成7(1995)年1月17日、この町を襲った兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)の時には祠周辺の岸壁も全壊、その復旧工事のため、祠も一時約30メートル北の歩道橋脇に仮移転しましたが、完工と共に平成9(1997)年10月、元のこの位置に復帰しました。
祠の山側にあるクロマツの木は、その時に植樹されたものです。
 平成10(1998)年10月には、長く待ち望まれていた祠への電灯線引込みも実現し、常夜灯がお地蔵さんを照らすようになりました。
 今も毎年8月下旬の日曜日には、「メリケン地蔵盆」として供養祭や精霊流し等が催され、この祠は神戸の復興と新たな飛躍を願う神戸っ子たちの熱意に支えられて常に護持されています。
  神戸港を考える会・メリケン地蔵尊奉賛会

「花隈城」の別名「花熊城」について
花熊城と花熊村」(神戸大学附属図書館)
 神戸税関 萬國波止場

 メリケン波止場

(碑文)
 昔なつかし メリケン桟橋 

ころは明治のはじめ
ここに小さな突堤があり
その先に浮き桟橋があった
近くに、アメリカ領事館があったので 
人びとはアメリカ桟橋をなまって
メリケン桟橋と呼ぶようになった
のち、神戸港は出船入船が繁くなり
世界的に発展したので
その玄関口として
長い立派な突堤を築いた
世人は、ここを神戸の名所と一つとして
メリケン波止場と呼んで親しんでいる

  洲崎喜夫
  小野米吉

   … ◆ … ◆ … ◆ … ◆ … ◆ …

3月24日の
ばけばけ(122)第25週「ウラメシ、ケド、スバラシ。」
サワに「取り乱せちょる…。」と抱かれて泣いているトキの姿に
義弟の葬儀で、最後、斎場で蓋が閉まったときに
中学時代からの友人に抱かれながら子どものように泣いた妹の姿を思い出しました。

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