2026年1月16日金曜日

春がきたような陽気に

朝の天気予報で近畿地方は3月下旬から4月上旬の気温になると話していました。
春のような陽気になったのでミツバチが活動していました。
同時に黄砂の飛来…
青空なのに洗濯物は外に干せないし、
遠くの景色が霞んでいました。

近畿各地に黄砂が飛来 1月に大阪で観測は27年ぶり」(関西NHK)
今朝のニュースで
あのとき、ここで、なにが。災害記録マップ 阪神・淡路大震災」(1995年1月17日)
が紹介されて、「JR大阪駅前の地震2日後の様子」が映し出されていました。
大勢の人が献血のために並んでいました。
あの時、何かしたいと思いながら何をすればいいのか判らない人が大勢いたと思います。
あの日、JR大阪駅前には行列ができた」(NHK 1月15日)

私は、2011年に心筋梗塞を発症し、肺炎も併発し人工呼吸器をつけました。
腎不全になり血液交換もしています。
献血をしていただいた方のおかげで、今、こうして日々を暮らしています。
知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?「巨大噴火が“日本人”を生んだ!?
では、日本は、狭い国土なのに世界有数の火山噴火、巨大地震に見舞われてきた災害列島だということを教えてくれました。
たとえば安政2(1855)年に発生した

  三 安政江戸地震

 前兆

 朝晩の肌寒さが身に沁みるようになった10月2日(陽暦11月11日)。
 江戸は、はっきりしない空模様だった。
黄ばみはじめた銀杏(いちょう)の葉を時雨(しぐれ)が濡らしたかと思うと、薄日が顔をのぞかせたりもした。
 この日の昼ごろ、深川辺で井戸を掘っていると、地の底がしきりに鳴った。
職人は気味が悪くなり、仕事をやめて帰ってしまった。
利根川岸の布川(ふかわ<茨城県北相馬郡利根町>)でも井戸の中が鳴動した。
(『大地動乱の時代 地震学者は警告する』石橋克彦 岩波新書 1994年)
 数日前には、浅草蔵前の茶店の土間で、清水が急にこんこんと湧き出すということがあった。
そこは昔の掘抜井戸を埋めた跡だったが、大勢の見物人が押しかけて不思議がった。
神田でも水の湧いたところがあり、各所で増水した井戸も多かった。
また、二日の朝には、あちこちの井戸で水位が下がったり、濁って汐気を含んだりした。
 二日の夕暮れが迫るころ、ある旗本屋敷の老門番が四方を眺めてただならぬ気配を感じ、すぐに飯や味噌を用意して、裏の馬場に蓆(むしろ)を敷いて座った。
彼は、越後と善光寺の二つの大地震を生き延びた体験から、今夜必ず激しい地震がおこると直感したのである。
駒込白山下の質屋の丁稚(でっち)も、夕空を見て、善光寺地震を経験した父親の言葉を思い出し、大地震がくると呟(つぶや)いた。
ただし、これらに合理的な根拠があるかどうかはわからない。
 夜に入って雨はすっかり上がったが、天色朦朧(もうろう)としていた。
雲間に見える星は妙に近かったが、江戸の住民の大半は、黒々と密集する屋根の下で何も知らずに寝静まろうとしている。
 しかし、本所の川で鰻漁をしていた人は、鯰(なまず)がしきりに騒ぐばかりで鰻は一匹も取れないので心配になり、急いで帰宅して、家財道具とともに庭に出て異変に備えた。
また、夜回りの拍子木が四ツ(午後十時)を告げるころ、芝に住む弥八という魚屋は、悲しげに吠えながら着物を引っ張る飼い犬にさそわれて外に出た。
 おりしも、海上から、江戸の上空がにわかに明るく光るのが望まれた。
それは、船上で衣服の色や模様がはっきりわかるほどだった。
この発光現象の正体は現代科学ではまだ解明されていないが、市中でも何ヵ所かで見えたことが記録されている。
 船の人たちは、やがて海底が不気味に轟き、船底へ砂利でも打ち当てるような響きを聞いた。
光りものがまた閃いた。
 発震

 江戸直下の岩盤が、ついに大破壊をおこした。
 世にいう「安政の大地震」、または「安政江戸地震」、M6・9。
最悪の都市直下型大地震の発生である。

 …中略…
 世直りの兆し

 いっぽうで、幕府の町方にたいする震後措置はなかなか迅速だったようである。
発災直後の夜中に物価・手間賃値上げ禁止の急触(きゅうぶれ)を市中に回したのを皮切りに、多くの町触(まちぶれ)をつぎつぎに出した。
また、下層の窮民にたいし、被災の程度におうじて焚出し・御救米(おすくいまい)・御救小屋(おすくいごや)を提供した。
御救小屋は今日のプレハブ式仮設住宅に相当し、千坪くらいのものが半日でできるだけの資材と業者が常備されていた。
五日の夕方から順次五ヵ所が開設され、十月二十八日の記録では、二千数百人が収容されたという。
しかし、もちろんそれだけではとうてい足りず、多くの人々が自分たちで小屋掛けをして暮らした。
 突然の大災害という非日常状態のなかで、生き残った民衆のあいだには奇妙な解放感と世直りの気分が広がった。
幕府のたび重なる取り締まりにもかかわらず、大工・左官・鳶(とび)などの手間賃は高騰し、地震前は極貧だった裏長屋の職人たちも復興景気に活気づいていた。
また、公の救災だけでは足りないぶん、富裕町人が「施行(せぎょう)」としてかなりの金や米を放出したが、それは富の偏在をいくらかでも正すようにみえた。
 こうした民衆の雰囲気は、「鯰絵(なまずえ)」と総称される膨大な刷り物によく表われている。
地震後間もない図柄は、地震をおこすとされていた鯰をこらしめるものが多かったが、やがて、鯰が富を平均化して理想の世の中を作りだす福の神のように描かれている(図1-6 安政江戸地震後の鯰絵「大鯰江戸の賑ひ」:省略)。
 たしかに、時世は維新に向けて動き始めようとしていた。
しかし、大震災のなかに束の間の理想郷を味わった「災害ユートピア」から現実に引き戻されてみると、そこには依然として身動きのとれない憂き世があった。
しかも翌年以降、大風水害、コレラ・はしかの猛威、外国貿易による物価高が待ち受けており、四民平等の世の中を迎えるには、なお十余年の激しい混迷と流血の歳月をくぐりぬけなければならなかった。
それと同じように、江戸を中心とする南関東の地下に溜まっていた地震エネルギーが完全に解放され、「大地の平和の時代」を謳歌するためには、あと64年の大地の動乱期と、最後の恐るべきフィナーレを経なければならなかったのである。
 12月7日の夕方、まだ痛々しい江戸の町に雪が降りはじめた。
依然蓆(むしろ)や破れ障子の小屋掛けで野宿している人々は寒さに震えた。
(『大地動乱の時代 地震学者は警告する』石橋克彦 岩波新書 1994年)

江戸の鯰たち~幕末の江戸に群れる地震鯰~」(東京大学地震研究所)

1855 安政江戸地震」(内閣府 防災情報のページ)
ぼやきたくなかったのですが…

杉並区長・岸本さとこ事務所(1月14日)の投稿

自治体はいま、新年度の当初予算編成作業のまっただ中です。
そのような中、高市早苗首相が衆院解散の検討に入ったと報じられています。首相本人からの正式な表明はありませんが、選挙事務を担う自治体は準備を進めざるを得ない状況に置かれています。
選挙を実務として支えるのは自治体職員です。
 …後略 …

(全文をお読みください)

首相就任当時の
「ワークライフバランスという言葉を捨てます」…高市早苗氏、新総裁選出後のあいさつ全文〟(読売新聞 2025年10月4日)
働くといいながら予算成立を後回しにして総選挙とはどういう魂胆なのでしょうね…
さらに大阪では
山本けい交野市長の投稿(1月15日)

大阪府内33市の市長の1人として、率直な思いを発言します。
2月8日の衆議院解散総選挙で、大阪府内各市は四苦八苦してます。
選挙期間は12日にも及び、1月27日告示です。
しかしながら、死にもの狂いで交野市役所一丸となってがんばってます。
しかしながら、選挙期間17日の大阪府知事選挙なんて、もうムリです。
1月22日告示なんて、ムリというか、あと、1週間しかありません。
公営掲示板は間に合いません。
期日前投票所開設も間に合いません。
ここまできたら、大阪府知事によるただの権利の濫用で、大阪府知事による各市長や各市役所職員へのパワハラです。

…後略…

大阪ダブル選挙へ 維新の党内には反対意見も」(関西NHK)
知事、市長のやりかたは「『だまし討ち』のようなタイミング」なので
お二人とも当選するでしょう。
知事の任期は、令和5年4月9日から令和9年4月8日(4年)」(大阪府)
ですから、今回当選しても令和9年4月8日には再び選挙です。
府民や市民の税金をどれだけ使えば気が済むのでしょう?
大阪府の財政は豊かなんですかね…
今朝の父の一枚です(^^)/
紅梅の蕾を撮していました。

 ウメ <白梅> 

 ウメが日本に渡来したのは、そもそも薬用目的であったと言われます。
『延喜式(えんぎしき)』(典薬式)には「烏梅丸(うばいがん)」という薬が「中宮臘月(ろうげつ)御薬」「雑給料」として常備されていたことが記されています。

 烏梅(うばい)

 ウメにはコハク酸・クエン酸などの有機酸や、オレアノール酸などの成分が含まれていて、整腸・駆虫・解熱・咳止めなど薬として使われました。
薬としての使い方は「烏梅」(未熟なウメの果実を燻製にし、乾燥させたもの)として用いたのです。
色が真っ黒なので「烏(からす)」の字が付けられました。
 三世紀中国の『傷寒論』では駆虫剤「烏梅丸方」として、烏梅・細辛・乾姜・黄連・当帰・附子・蜀椒・桂枝・人参・黄柏と配剤を示します。
また烏梅はその酸性を利用して、ベニバナ染めの触染剤・発色剤としても使われました。
(『有職植物図鑑』八條忠基 平凡社 2022年)
午後から心臓リハビリでした。
30分間のトレッドミル(ウォーキングマシン)で30分間の歩行。
万歩計は9516歩を示していますが、午前中に公園を歩いた歩数が5820歩でした。
歩行距離は、1.76km
消費カロリーは、112kcalでした。