2021年10月12日火曜日

雨がやんで…

5時前に起きたときは、外は雨で濡れていました。
風もひんやりしていたのですが、
公園を歩くときは蒸し暑かった…
予報を見ていると平均気温より高めだったけど
今のように温暖化が進むと平均気温はどんどん上がるのだろうなぁ!

日本の年平均気温」(気象庁)
同じ道を通ふほかなき朝夕に藍深めゆく常山木(くさぎ)の実あり

(『大西民子歌集』短歌研究社 昭和54年、平成29年改版)
永麻里さんのTwitterに

1969年に始まった東京やなぎ句会のメンバーがひとり、またひとりと旅立たれ・・・
定例の集まり、今月からは小三治さんも加わってあちら側のやなぎ句会は11人、ますます賑やかになりますね
合掌


写真は吟行でのひとコマ
部活合宿の学生みたいな笑顔

永六輔HP
Eテレ0655で読書の秋に聞きたい
おはようソング「きょうの選択」(見逃し配信:10月19日まで
又吉直樹さんが太宰治を選択したのですが…

 (「畜犬談」つづき)

 七月にはひつて、異変が起つた。
私たちは、やつと、東京の三鷹村に、建築最中の小さい家を見つけることができて、それの完成し次第、一ケ月二十四円で貸してもらへるやうに、家主と契約の証書交して、そろそろ移転の仕度をはじめた。
家ができ上ると、家主から速達で通知が来ることになつてゐたのである。
ポチは、勿論、捨てて行かれることになつてゐたのである。
(『太宰治全集 第三巻』太宰治 筑摩書房 昭和50年)
「連れて行つたつて、いいのに。」家内は、やはりポチをあまり問題にしてゐない。
どちらでもいいのである。
「だめだ。僕は、可愛いから養つてゐるんぢやないんだよ。犬に復讐されるのが、こはいから、仕方なくそつとして置いてやつてゐるのだ。わからんかね。」
「でも、ちよつとポチが見えなくなると、ポチはどこへ行つたらう、どこへ行つたらうと大騒ぎぢやないの。」
「ゐなくなると、一そう薄気味が悪いからさ。僕に隠れて、ひそかに同志を糾合してゐるのかもわからない。あいつは、僕に軽蔑されてゐることを知つてゐるんだ。復讐心が強いさうだからなあ、犬は。」
 いまこそ絶好の機会であると思つてゐた。
この犬をこのまま忘れたふりして、ここへ置いて、さつさと汽車に乗つて東京へ行つてしまへば、まさか犬も、笹子峠を越えて三鷹村まで追ひかけて来ることはなからう。
私たちは、ポチを捨てたのではない。
全くうつかりして連れて行くことを忘れたのである。
罪にはならない。
またポチに恨まれる筋合も無い。
復讐されるわけはない。
「大丈夫だらうな。置いていつても、飢ゑ死するやうなことはないだらうね。死霊の祟りといふこともあるからね。」
「もともと、捨犬だつたんですもの。」
家内も、少し不安になつた様子である。
「さうだね。飢ゑ死することはないだらう。なんとか、うまくやつて行くだらう。あんな犬、東京へ連れて行つたんぢや、僕は友人に対して恥かしいんだ。胴が長すぎる。みつともないねえ。」
 ポチは、やはり置いて行かれることに、確定した。
すると、ここに異変が起つた。
ポチが、皮膚病にやられちやつた。
これが、またひどいのである。
さすがに形容をはばかるが、惨状、眼をそむけしむるものがあつたのである。
折からの炎熱と共に、ただならぬ悪臭を放つやうになつた。
こんどは家内が、まゐつてしまつた。
「ご近所にわるいわ。殺して下さい。」
女は、かうなると男よりも冷酷で、度胸がいい。
「殺すのか?」私は、ぎよつとした。
「も少しの我慢じやないか。」
 私たちは、三鷹の家主からの速達を一心に待つてゐた。
七月末には、できるでせうといふ家主の言葉であつたのだが、七月もそろそろおしまひになりかけて、けふか明日かと、引越しの荷物をまとめてしまつて待機してゐたのであつたが、仲々、通知が来ないのである。
問ひ合せの手紙を出したりなどしてゐる時に、ポチの皮膚病がはじまつたのである。
見れば、見るほど、酸鼻の極である。
ポチも、いまは流石に、おのれの醜い姿を恥ぢてゐる様子で、とかく暗闇の場所を好むやうになり、たまに玄関の日当りのいい敷石の上で、ぐつたり寝そべつてゐることがあつても、私が、それを見つけて、「わあ、ひでえなあ。」と罵倒すると、いそいで立ち上つて首を垂れ、閉口したやうにこそこそ縁の下にもぐり込んでしまふのである。
 それでも私が外出するときには、どこからともなく足音忍ばせて出て来て、私について来ようとする。
こんな化け物みたいなものに、ついて来られて、たまるものか、とその都度、私は、だまつてポチを見つめてやる。
あざけりの笑ひを口角にまざまざと浮べて、なんぼでも、ポチを見つめてやる。
これは大へん、ききめがあつた。
ポチは、おのれの醜い姿にハツと思ひ当る様子で、首を垂れ、しをしをどこかへ姿を隠す。
「とつても、我慢ができないの。私まで、むず痒くなつて。」家内は、ときどき私に相談する。
「なるべく見ないやうに努めてゐるんだけれど、いちど見ちやつたら、もう駄目ね。夢の中にまで出て来るんだもの。」
「まあ、もうすこしの我慢だ。」
がまんするより他はないと思つた。
たとへ病んでゐるとはいつても、相手は一種の猛獣である。
下手に触つたら嚙みつかれる。
「明日にでも、三鷹から、返事が来るだらう。引越してしまつたら、それつきりぢやないか。」
 三鷹の家主から返事が来た。
読んで、がつかりした。
雨が降りつづいて壁が乾かず、また人手も不足で、完成までには、もう十日くらゐかかる見込み、といふのであつた。
うんざりした。
ポチから逃れるためだけでも、早く、引越してしまひたかつたのだ。
私は、へんな焦燥感で、仕事も手につかず、雑誌を読んだり、酒を呑んだりした。
ポチの皮膚病は一日一日ひどくなつていつて、私の皮膚も、なんだか、しきりに痒くなつて来た。
深夜、戸外でポチが、ばたばたばた痒さに身悶えしてゐる物音に、幾度ぞつとさせられたかわからない。
たまらない気がした。
いつそ、ひと思ひにと、狂暴な発作に駆られることも、しばしばあつた。
家主からは、更に二十日待て、と手紙が来て、私のごちやごちやの忿懣が、たちまち手近のポチに結びついて、こいつが在るために、このやうに諸事円滑にすすまないのだ、と何もかも悪いことは皆、ポチのせゐみたいに考へられ、奇妙にポチを呪咀し、或る夜、私の寝巻に犬の蚤が伝播されて在ることを発見するに及んで、つひにそれまで堪へに堪へて来た怒りが爆発し、私は、ひそかに重大な決意をした。
 殺さうと思つたのである。
相手は恐るべき猛獣である。
常の私だつたら、こんな乱暴な決意は、逆立ちしたつて為し得なかつたところのものなのであつたが、盆地特有の酷暑で、少しへんになつてゐた矢先であつたし、また、毎日、何もせず、ただぽかんと家主からの速達を待つてゐて、死ぬほど退屈な日々を送つて、むしやくしやいらいら、おまけに不眠も手伝つて発狂状態であつたのだから、たまらない。
その犬の蚤を発見した夜、ただちに家内をして牛肉の大片を買ひに走らせ、私は、薬屋に行き或る種の薬品を少量、買ひ求めた。
これで用意ができた。
家内は少からず興奮してゐた。
私たち鬼夫婦は、その夜、鳩首して小声で相談した。
(『太宰治全集 第三巻』太宰治 筑摩書房 昭和50年)

つづく…
今朝の父の一枚です(^^)v
カワセミに出会ったのですが、コンデジで撮影するのは難しい!
野外で液晶モニターを見ながら写すとピントが合っているのか分かりづらいです。

父が喜んでいたニュース
わずか3人の中学野球部 島の少年がプロへ 神村学園・泰投手」(NHK 鹿児島 10月11日)