今日、お参りしました。
「台風24号と秋雨前線の影響で大気不安定 今後の進路 見通しは」(NHK)これまでは上りも「石清水八幡宮参道ケーブル」を利用していましたが
数日前にタクシーで行きたいと話したので
京阪電車「石清水八幡宮駅」からタクシーで上がってきました。
タクシーの運転手さんが親切な方で1月は参道からお参りしたけど
今日は、タクシーで上がることにしたと話すと
駐車場でなく社務所のそばまで行ってくれました。
石清水 つきぬみいつを とこしえに
くみて あがめむ 神の御光
今月の言葉〔364〕令和8年9月5日
ひたすら道を行ひ道を楽しみ、若(も)し艱難(かんなん)に逢うて
之を凌(しの)がんとならば、彌々(いよいよ)道を行ひ道を楽しむ可し。
西郷隆盛
【意味】 古の聖賢が教え示した正しい道を誠実に踏み行い、その道中での様々な経験を楽しみ、もし困難な事態に遭遇し、それを乗り越えようとするのであれば、なおさら確かな足取りで道を進み、道を楽しもうではないか。
【出典】 『西郷南洲遺訓』―山田済斎編(岩波書店)昭和14年第一刷発行―より
西郷隆盛(省略)
国宝 御本社 寛永11年(1634) 造営ひたすら道を行ひ道を楽しみ、若(も)し艱難(かんなん)に逢うて
之を凌(しの)がんとならば、彌々(いよいよ)道を行ひ道を楽しむ可し。
西郷隆盛
【意味】 古の聖賢が教え示した正しい道を誠実に踏み行い、その道中での様々な経験を楽しみ、もし困難な事態に遭遇し、それを乗り越えようとするのであれば、なおさら確かな足取りで道を進み、道を楽しもうではないか。
【出典】 『西郷南洲遺訓』―山田済斎編(岩波書店)昭和14年第一刷発行―より
西郷隆盛(省略)
「石清水八幡宮本社 本殿」(文化遺産オンライン)初詣の時と違って誕生日の祈禱をしていただくのでこの急な階段を上がらないといけない本殿の中は撮影できませんが
「石清水八幡宮について」(石清水八幡宮)清め衣に記入しました
若宮に清め衣をおさめました。
「石清水八幡宮 摂社若宮殿社本殿」(文化遺産オンライン)帰りは、参道をゆっくり下りました。
タクシーで上まで来たのは、ここしばらく天気が悪かったり
妹や父、私の通院があってあまり歩けていなかった。
去年、2月に心不全と新型コロナで入院したときは、
主治医から覚悟するようにと言われた昭和6年(1931)生まれの父が
こうして歩いていることはすごいことだと思います!
「ケーブル八幡宮山上」駅のすぐそばに地蔵菩薩こうして歩いていることはすごいことだと思います!
第四章 石仏の歴史2――仏教の大衆化のなかで
1 地蔵信仰の広まり――鎌倉時代
地蔵の慈悲
さて、こうした新仏教興隆のなかで、大衆に広く普及していった浄土教の教えは、庶民にも造仏作善の功徳を与えた。
阿弥陀石仏や地蔵石仏が、庶民の浄財によって造立されるようになる。
この時代になって急激に、地蔵信仰が広く民間に流布し始めるのである。
もともと、大地の神として象徴され、インドで現われたという地蔵信仰が、やがて中国に伝えられる。
そこで、道教思想などの影響を受けて発展し、道教の死者追善の十王信仰とも結びついて、『地蔵十王経』が説かれて流行したともいわれる。
(『石仏 庶民信仰のこころ』清水俊明 講談社現代新書 昭和54年) わが国でも、奈良時代からその経典の書写が盛んになされていたことが、正倉院文書などにうかがわれるが、広く流行するのは、平安時代の浄土教の普及によるものである。
さらに一般庶民にも広く流行するのは、鎌倉時代に入ってからで、地蔵石仏の造立が、この頃より盛大に行われるようになる。
浄土教の説く阿弥陀信仰には、無量寿国の阿弥陀西方極楽浄土への憧れ、浄土欣求(ごんぐ)の思想が強調されている。
口に阿弥陀仏の称号を唱え、心に聖衆の来迎を待つのが、当時の人びとの願望でもあった。
その阿弥陀の極楽浄土とは対照的に、その反対概念である六道思想が説かれる。
その六道のなかでも、とくに地獄道・餓鬼道・畜生道の三悪道があって、地獄道に落ちるものには、見るも恐ろしい地獄の制裁が待っている。
生前、罪深き日々をおくったわれわれの行くところは、けっして極楽浄土ではなくて、やはり地獄の世界である。
阿弥陀の救いにもれた衆生や地獄に落ちた罪人を救済するのが、地蔵菩薩である。
「地蔵を信じない者は地獄に落つべし、地蔵は地獄におはする故に」(『沙石集』)。
地蔵と地獄との結びつきは深い。
奈良市十輪院町にある興善寺境内には、阿弥陀仏を中尊に、観音と地蔵の三尊の組合わせを見せる石仏(鎌倉時代)が見られるが、これなどは、地獄の罪人を救う地蔵が、その者を阿弥陀浄土へ導く姿を現したものである。
地獄に対する恐怖を背景に、地蔵の慈悲の姿が人びとの心をとらえた。
地蔵造仏作善の功徳を積むため、辻々に峠や山肌の岩に、地蔵を彫ることが流行する。
鎌倉時代は、庶民がもっとも宗教に親しみを深め、自らの仏を自らの浄財で造立した時代である。
(『石仏 庶民信仰のこころ』清水俊明 講談社現代新書 昭和54年)















こんばんは~
返信削除お父さま、とてもお元気にお誕生日を迎えられますね。
階段を登られるご様子、昭和6年にお生まれになった方とは。。
驚きます。
いつもきちんとお散歩されていらっしゃったことで
しっかりと歩いておられることと思います。
そしてKazeさんや妹さんがおそばに居られることで
安心感がお元気の力になっておられると思います。
おめでとうございます。
よいお誕生お詣りが出来て良かったです。
カイさんコメントありがとうございます!
削除さすがに父も年々、体力が落ちているのは
石清水八幡宮へのお参りで痛感しています。
でも、お参りすることを目標に散歩に取り組んでいる姿を見ていると
妹とあの努力は真似できないねと感心しています。
やはり目標があると人は頑張れるのだと思います。
今日は、祖母の月命日でもありました。
きっと祖母が応援していたと思います(^-^)