途中で傘をささなくてもいいほどの小雨が降りましたが
帰ってくると晴れてきました。今朝のEテレ0655のオープニングを見ていて勘違いしていたことが…
鮭(さけ)
鮭はこれからの時期が旬!
秋にとれる鮭は、北海道や東北地方では「秋味(あきあじ)」とも呼ばれ、季節を代表する味覚です。
ちなみに、身は赤くても、分類は白身魚なんですよ~!
「鮭は赤身魚?白身魚?」(食育大事典)九月九日は「重陽の節句」
春日大社では「重陽節供祭」で巫女神楽が奉納されます。
「春日大社の巫女神楽 受け継がれる伝統の舞」(みちしる NHK)
なお2021年の旧暦の九月九日は新暦では10月14日になるようです。
重陽~菊の節句~
2020年の「白露」は9月7日、「秋分」は9月22日、「重陽」の節句は9月9日です。
五節句などの行事はやはり旧暦のほうが季節の実状と合っています。
たとえば、新暦の7月7日の空はまだ梅雨の重い空であることが多く、天の川がくっきり見えるという空を眺めることが少ないのですが、旧暦の七夕の夜空はたいてい晴れ渡っています。
(『NHK俳句 暦と暮す 語り継ぎたい季語と知恵』宇多喜代子 NHK出版 2020年)
重陽は「菊の節句」とも呼ばれていますが、まさしく菊の花のさかりはこのころです。
よく知られた福井県武生(たけふ<越前市>)の菊人形展や東京・浅草寺の菊供養も、10月に入ってからです。 五節句の一つである九月九日の「重陽」は、古代中国では陽数(奇数)の大きな数字である「九」が二つ重なるめでたい日として、いまも年長者を敬う敬老の日となっています。
もう十年も前になりましょうか、たまたまこの日に中国に行っておりましたとき、知人の家族が私のために「おめでとう」の席を設けてくれたことがありました。
七十代で立派な敬老の対象者でした。 日本でも平安時代からこの日を「菊の節句」として、菊酒を飲み、菊花に綿を載せて朝露を吸わせた「菊の被綿(きせわた)」で身体を拭(ぬぐ)う風習があったそうです。
そうすることで、長寿を保てるという言い伝えがあったようです。
また、江戸時代には民間で栗飯(くりめし)を食べたそうです。
朝露や菊の節句は町中にも 太祇(たいぎ)
江戸中期の俳人である太祇のこのような句が、当時の町中の様子をよくあらわしています。
(後略)
(『NHK俳句 暦と暮す 語り継ぎたい季語と知恵』宇多喜代子 NHK出版 2020年)
「重陽節供の楽しみ方」(日本人形協会)〝財務省改ざん問題 「赤木ファイル」原本確認結果 裁判所が説明〟(NHK)
妻の雅子さんは、「誰が総理大臣になろうと再調査を」
と訴えておられますが…
〝安倍氏に配慮にじませる岸田氏…自民総裁選「3本の矢」は堅持〟(読売新聞)
中島岳志さんのTwitterに
自民党総裁選は、岸田氏と河野氏の「安倍忖度合戦」になっていますね。
これまで繰り返し書いてきたように、安倍元首相の特徴は「勘ぐらせる政治」です。
安倍氏が直接「主張を変えろ」と命じなくても、自発的に服従し、主張を変えていく。
このメカニズムに、岸田氏と河野氏ははまり込んでいます。
そして9月8日のTwitterには、
高市早苗さんを「右翼」というのは、右翼に対して失礼である。
右翼は「一君万民」を掲げ、天皇の超越性のもと、すべての国民は平等化されると考える。
苦しんでいる国民同胞がいれば救いの手を差し伸べる。
高市さんは再配分の削減を説く自己責任論者だ。
右翼ではなく日本型ネオコン。
大正十二年九月一日の大震災に際して
七 古書の焼失を惜しむ
今度の地震で古美術品と古書との滅びたのは非常に残念に思う。
表慶館(ひょうけいかん)に陳列されていた陶器類はほとんど破損したということであるが、その他にも損害は多いにちがいない。
しかし古美術品のことは暫らく措(お)き古書のことを考えると黒川家(くろかわけ)の蔵書も焼け、安田家(やすだけ)の蔵書も焼け大学の図書館の蔵書も焼けたのは取り返しのつかない損害だろう。
商売人でも村幸(むらこう)とか浅倉屋(あさくらや)とか吉吉(よしきち)だとかいうのが焼けたからその方の罹害(りがい)も多いにちがいない。
(『芥川龍之介全集 第七巻』伊藤整、吉田精一編 角川書店 昭和43年)
個人の蔵書はともかくも大学図書館の蔵書の焼かれたことは大学の手落ちである。大正十二年九月一日の大震災に際して
七 古書の焼失を惜しむ
今度の地震で古美術品と古書との滅びたのは非常に残念に思う。
表慶館(ひょうけいかん)に陳列されていた陶器類はほとんど破損したということであるが、その他にも損害は多いにちがいない。
しかし古美術品のことは暫らく措(お)き古書のことを考えると黒川家(くろかわけ)の蔵書も焼け、安田家(やすだけ)の蔵書も焼け大学の図書館の蔵書も焼けたのは取り返しのつかない損害だろう。
商売人でも村幸(むらこう)とか浅倉屋(あさくらや)とか吉吉(よしきち)だとかいうのが焼けたからその方の罹害(りがい)も多いにちがいない。
(『芥川龍之介全集 第七巻』伊藤整、吉田精一編 角川書店 昭和43年)
図書館の位置が火災の原因になりやすい医科大学の薬品のあるところと接近しているのも宜敷(よろし)くない。
休日などには図書館に小使ぐらいしかいないのも宜しくない、(そのために今度のような火災にもどういう本が貴重かがわからず、従って貴重な本を出すこともできなかったらしい)書庫そのものの構造のゾンザイなのも宜敷(よろし)くない。それよりももっと突き詰めたことをいえば、大学が古書を高閣(こうかく)に束(つか)ねるばかりで古書の覆刻(ふっこく)を盛んにしなかったのも宜敷くない。
いたずらに材料を他に示すことを惜しんで竟(つい)にその材料を烏有(うゆう)に帰せしめた学者の罪は鼓(つづみ)を鳴らして攻むべきである。
大野洒竹(おおのしゃちく)の一生の苦心に成った洒竹文庫の焼け失せただけでも残念で堪らぬ。
「八九間雨柳(はっくけんやなぎ)」という士朗(しろう)の編んだ俳書などは勝峯晉風(かつみねしんぷう)氏の文庫と天下に二冊しかなかったように記憶しているが、それも今は一冊になってしまった訣(わけ)だ。
(大正12年9月)表慶館 明治33年、大正天皇の成婚記念として東京市民が建てた美術館。上野公園内の国立東京博物館敷地の一部となっている。陶器が破損したのは表慶館ではなく煉瓦づくりの博物館本館である。
黒川家の蔵書 黒川春村(江戸末期の国学者)、黒川真頼(明治前期の国学者。春村の弟子で黒川家を継ぐ。東大教授。「古事類宛」編纂。明治39年没)の蔵書。
安田家の蔵書 安田銀行(富士銀行)の経営者、安田善次郎(1879~1936)の収集による蔵書。ひろく古書を集め文献学に貢献した。写経などが多い。
村幸 芝区日影町(港区新橋5丁目)にあった古書店。店主は村田幸兵衛。主として黄表紙類などの江戸軟派文学物を売った。
浅倉屋 台東区浅草広小路にあった古書店。店主は吉田久兵衛。東京で最も古く、蔵書数も最も多かった。主として歴史考証学関係の和書を売った。
吉吉 台東区下谷にあった古書店。店主吉田吉五郎。下吉ともいわれた。俳書。音曲や江戸軟派文学物を売った。医科大学 東大医学部の旧称。大正8年医学部と改称。
大野洒竹 (1872~1913)。明治の俳人。東大医科卒。学生時代より俳諧に趣味を持ち俳書収集渉猟に努めた。
大野洒竹文庫 大野洒竹が自己の蔵書より明治40年設立した文庫。没後、東大図書館に俳書4千種が洒竹文庫の名の下に保存された。
八九間雨柳 俳諧歌仙。「続猿蓑」所載の四吟歌仙八九間の巻の芭蕉筆削の草稿を所蔵する伊勢四日市の鈴木李東が師士朗の勧めによって模刻出版したもの。文化8年士朗の序がある。「士朗の編んだ」は誤まりで半一李東編である。
士朗 井上士朗(1742~1812)。俳人。本名正春。名古屋の医者。暁台に俳諧を宣長に国学を学ぶ。
勝峯晉風 (1887~1954)。国文学者。本名晉三。東洋大卒。俳諧関係の書を多数所蔵し著名。「日本俳書大系」編。
(『芥川龍之介全集 第七巻』伊藤整、吉田精一編 角川書店 昭和43年)
おわり
今朝の父の一枚です。
「城陽 特産のイチジク 収穫最盛期」(京都NHK)
昨日、父はかかりつけの病院の診察日でした。
そのときにインフルエンザワクチンについていつ頃から受けられるか聞いてきました。
「今シーズンの季節性インフルエンザワクチンの供給について」(日本医師会)
一方、新型コロナのワクチンについて
「途上国での接種加速へ “少なくとも年末まで3回目控えて” WHO」(NHK)
感染が爆発すると変異が生まれる。
大阪や東京でも変異が生まれていると思います。
これまで普通の風邪とも言われたコロナは、ワクチンを開発してもすぐ変異したからだと思います。
感染者を減らすことで変異を緩やかにすることができると思う。
ウイルスには国境がないのだから。
感染者を減らすことで変異を緩やかにすることができると思う。
ウイルスには国境がないのだから。