2022年9月18日日曜日

風が吹くのだけど…

台風から送られる風なのかなまあたたかい…
今のところ、北北西、毎時25㎞というゆっくりした動きなので
これからどう進むのか分からない。

台風14号 鹿児島県に暴風 波浪 高潮の特別警報 最大級の警戒を」(NHK)
「特別警報」について転記します( ..)φ
図や表は省略しますので、本をご覧ください。

第1章 温暖化で強靭化する「台風」、多発する「線状降水帯」
 4 地球温暖化と台風の強靭化
●特別警報とは何か?


 前述の台風で出された特別警報は、予報された雨や風などが異常に強い場合、重大な災害の起こるおそれが著しく大きいことを警告する防災情報です。
創設され運用が始まったのは、比較的最近の平成25年(2013)です。
(『図解・天気予報入門』古川武彦、大木勇人 講談社ブルーバックス 2021年)
 どうしてそれまでもあった注意報・警報に加えて「特別警報」を創設することになったのでしょうか?
そのきっかけのひとつは、大津波をもたらした東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)でした。
気象庁は大津波警報を発表しましたが、必ずしも住民の迅速な避難に繋(つな)がらなかった例があったからです。
また、平成23年(2011)台風第12号が大雨災害をもたらした際にも、気象庁は警報により重大な災害への警戒を呼びかけたものの、災害発生の危険性が著しく高いことを有効に伝える手段がなく、関係市町村長による適時的確な避難勧告・指示の発令や、住民自らの迅速な避難行動に必ずしも結びつかなかったこともきっかけのひとつです。
大規模な自然災害が頻発し、警報以上の注意を喚起する制度が必要になったのです。
 特別警報は、警報の発表基準をはるかに超える現象に対して発表されます。
例えば、「伊勢湾台風」(第2章第3節)の高潮、「平成23年台風第12号」の豪雨などは、警報の発令基準をはるかに超える現象となりましたから、これからこのクラスの台風が接近上陸する際には特別警報が出されるでしょう。
「〇〇特別警報」という名称で発表するのは、大雨、暴風、高潮、波浪、大雪、暴風雪の6種類です。
津波については、もともと「津波警報」に加えて、3~5mの津波が予想される場合の「大津波警報」があったため、特別警報への名称の変更は見送られるかわりに、「巨大な津波」などの表現が使われことになりました。
大津波警報は、特別警報と同じく重大な災害の起こるおそれが特に高い自然現象を警告するものです。
 気象に関する特別警報の出される基準は、表1-1のようになっています。
統計的に「数十年に一度の強さである」としており、言い換えると、長年生きてきたお年寄りでも「こんなことは初めてだ」ということが基準であるともいえます。
つまり一人ひとりのそれまでの人生における経験に基づいて行動すると、不十分な対応しかできないということです。
 特別警報が出たら「重大な危険が差し迫った異常な状況」であると認識し、「特別な備え」をしたり「避難行動」することが必要です。
特別警報を出す具体的な降水量などは、過去の気象データをもとにして、市町村ごとに基準が細かく設定されています。
 気象庁の注意報や警報、特別警報の発表にともない、行政機関から住民へ出される「避難情報」は、表1-2のように5段階の警戒レベルに分けられています。
大雨特別警報が出されるときは、警戒レベル5の緊急安全確保に相当します。
 緊急安全確保は、何らかの土砂災害や浸水害がすでに発生している可能性が極めて高く、命の危険にさらされていることを知らせています。
直ちに命を守る行動をとる必要があります。
ですから、警戒レベル4の「避難指示」が出たら必ず避難しなければなりません。
 警報や特別警報が発表されると、避難行動のほか、交通機関が運行を取りやめるなど、社会・経済活動に大きな影響を与えます。
ですから、特別警報は出されたけれども実際の雨や風が予報したほどでなかった場合、社会から疑問の声があがることもありました。
 気象庁は、特別警報を出す法的な権限をもつので、責任は重大です。
万が一の誤報の場合には、内容を訂正する続報を直ちに発信するとともに、誤報の影響が拡散しないよう最大限の措置を取ることになっています。
適切に特別警報を出すには、天気予報の精度向上への不断の取り組みが必要です。
(『図解・天気予報入門』古川武彦、大木勇人 講談社ブルーバックス 2021年)

荒木健太郎さんが情報をTwitterで発信しています。

伊勢湾台風 犠牲者5,000人」(NHKアーカイブス 1959年)
今朝の父の一枚です(^^)/

 ヒガンバナ Lycoris radiata

 暑さ寒さも彼岸まで、とよく云われるが、涼風が立ち始める秋の彼岸頃になると間違いなく咲き出すのが、このヒガンバナだ。
土手や田圃の畦などに群生して、真っ赤な花を群れ咲かせる様子は見事の一言に尽きる。
花時が訪れると、葉が出る前に花茎を伸ばし、その頂きに、真っ赤な六弁の花びらを放射状にくるっと反転させて咲かせ、長く曲線を描くように赤い蕊(しべ)を伸ばす。
その複雑な花蓉は、まさに自然が創り出した造形の妙とも云える美しさである。
 このヒガンバナは、東北南部から西の方へかけて広く分布していて、すっかりわが国の植物然とした顔をしているが、元々は中国原産の球根草花で、非常に古く、わが国へ入ってきたものである。
どのようにして入ってきたかは二説ある。
一つは人手によって持って来られたという説。
もう一つは、球根が大陸より海を渡って流れ着いたという説。
どちらが本当かは定かではないが、私は後者の流れ着いた説をとりたい。
中国で、このヒガンバナが最も多く野生しているのは、揚子江の中流域だそうだ。
洪水で、揚子江の土手に群生していた球根が土手崩れと共に流され、やがて海に出ると対岸はわが国の九州である。
ここへ流れ着き、居着いて野生化したものが、東へ東へと分布を広めたというわけである。
人手による渡来説でも、まず九州へ渡来したと云われるから、いずれにしても、わが国のスタート地点は九州であることは、ほぼ間違いない。
…後略…
(『柳宗民の雑草ノオト』 毎日新聞社 2002年)