2021年7月3日土曜日

本格的な梅雨になりました

雨が止んでくれて歩けたけど…
各地で被害が出ています。
まるで東日本地震での津波の場面を思い出しました。

静岡 熱海市 土石流が発生 20人程度が安否不明」(NHK)
天気予報を見ていると雨の日が続きます…
今朝、よく出会ったのがピントを合わせる前に気づかれてしまうカナヘビ。
カタツムリは、ユックリなんだけど暗い所にいるのでピントを合わせたつもりでも…
この時期の雨のことを
半夏雨(はんげあめ)
 暦の雑節の半夏生(七十二候の一。7月2日ごろ。太陽の黄経100度)のころに降る大雨。
そのとき起こる洪水を「半夏水(はんげみず)」という。
西日本のことば。
梅雨後期の大雨である。
半夏生前後に降る大雨を、長崎県壱岐島地方では「はんげあめ」と呼んでいる。

 医通ひの片ふところ手半夏雨  大野林火

(『雨のことば辞典』倉嶋厚・原田稔編著 講談社学術文庫 2014年)
Ⅱ 愛の章
     結婚の日


 貞恵は原と反対の、物事にこだわらない明るい性格だった。
原にとって永遠の女性となった貞恵の姿は、作家生活を通して繰り返し描写されることになるが、結婚式の当日を描いた「華燭」では、結婚式のあと、初めて新妻と二人になる場面が描かれている。
(『原民喜 死と愛と孤独の肖像』梯久美子 岩波新書 2018年)

その場面は、最後になるのですが、少しずつ転記したいと思いますφ(..)
貞恵さんがいなかったら民喜は、作家として生きていけなかっただろうな…
    華  燭

 その前の晩、家の座敷に嫁入道具が運ばれて来た。
運んで来た人々や、親類縁者が集まつてざつと酒盛がすむと、てんでに座敷に陳列された品々を見て歩き、暫く何の彼のと批評するのであつた。
しかし、肝腎な明日もあることだし、あんまり遅くなつてもいけないので、一同は早目に解散した。
(『定本原民喜全集Ⅰ』編集委員 山本健吉・長光太・佐々木基一 青土社 1978年)
 駿二はぐるりと嫁入道具に取囲まれた座敷のまんなかに寝間を敷いてもらつて寝た。
灯を消すと隣室の薄明りが縁側の方から洩れて来て、箪笥や長持が茫とした巨大な姿で聳えてゐるので、谷底にでも寝てゐるやうな感じであつた。
駿二は酒の酔もあつたが、つとめて落着かうとしてゐたので、やがて大海原へ浮ぶ船のやうな放心状態で、すやすやと鼾をかきだした。
 ものの一時間も熟睡んだかと思ふと、縁側の方を誰かとんとんと忙しさうに歩いてゆく音で眼がさめた。
気がつくと障子の方が大変明るく、隣室には煌々と燈が点されてゐるのだ。
何かしめやかなひそひそ話が続いてゐたが、突然、「ワハハそれはその」と、学務課長の木村氏の大声に変つた。
駿二はさつきの連中がまた改めて酒盛をはじめたのだらうと思つて、あまり気にすまいとした。
ところが向の連中はとうとう「駿二、駿二」と襖越しに声をかけた。
「もう一度起きて来て飲めよ」と、兄が呼んでゐるのだつた。
それで駿二はめんどくさいとは思つたが寝巻の上に著物を重ねて、のそのそと隣室へ這入つて行つた。
  やはりさつきの連中が女も男も車座になつて、大きな青磁の皿に並べられた半透明の肉のやうなものを食つてゐるのだつた。
銚子が向の壁際へ四五十本林立していゐるところをみると、駿二は何だか凄いやうな気持がした。
「これを食べると温まるから食べておきなさい」と、母が皿の肉を箸で摘んでくれた。
噛んでみると、何だかぐにやぐにやして味は不明瞭だつた。
「駿二さん」と、彼の脇に坐つてゐる彼より大分若い従弟が話しかけた。
 「一体、あなたはどういふつもりで結婚なんかするのですか」駿二はその男とこの前も父の法事の時やはり隣り合はせて、大変酒豪の上にしつこく絡んで来られて弱つたことがあつたので、「どういふつもりと云つて何も……」と詰つてゐると、相手はすぐに彼の言葉を継いで、「それ見給へ、何もはつきりした見徹しもないくせに、世間並に結婚なんかする。成程、君は大学は卒業したかもしれんが、現にまだ無職ではないか。経済的に独立も出来ない癖に女房なんか抱へ込んでまるきし、人間がなつてはゐない」と、駿二の方へ詰寄つて来る。
すると駿二の真向でうつらうつらとしながら聞耳を立ててゐたらしい木村氏が突然、赤く爛れた眼を開いて、「さうだ、さうだ」と相槌を打つた。
「さうだ、駿二、貴様は実にけしからんぞ! 愚図で、間抜けで、無責任で、まるで零だ!」と、媒妁人の木村氏も今にも彼に飛掛りさうな気勢を示した。
「申訳けありません」と、駿二は誰にといふことなしにぴよこんと頭を下げた。
「ワハハ何? 申訳ありませんか。成程なあ、こいつは乙な返答だ。まあまあ、今いぢめるのは少し時期尚早だな。なにしろ明日は芽出度いのだからなあ」すると駿二の姉が妹の方を顧みながら云つた。
「ええ、まあまあ、いぢめるのはこれからぽつりぽつりで充分ですよ。何しろ私達だつて身に憶えのあることだし、今度こそは小姑の立場として腹癒が出来ると思ふと、痛快よ」そして何か蓮葉な表情でお互いに意を通じ合つてゐた。
駿二は自分の姉妹達が実に変なことを云合つてゐるので呆然としてゐると、「駿二君」と、横合から声を掛けられた。
さつきは来てゐなかつた筈の三等郵便局長の叔父が羽織袴で控へてゐた。
叔父は駿二に盃を勧め、それから、木村氏の方へ向きながら、一人合点な口調で、「何せ、これは芽出度いですな。肉親眷属合相寄つて、お互いにいぢめたり、いぢめられたりしてゆくところに人間が練れて行くといふものでせうな」と頻りに弁じ立てた。
見ると木村氏の夫人は木村氏の側で銚子を持つたまま居眠りをしてゐたが、「姐さん、お銚子」と、木村氏に頬をつつかれて、ぽつと腫れぼつたい瞳を開いた。
駿二はそのあどけない姿が何だかおでん屋の娘に似てゐるなと思つてゐると、木村氏の夫人は退儀さうに小さなあくびをして、誰彼に酒を注いで廻る。
そのうちに室内は轟々と笑声や放歌や勝手な熱で充満して来た。
今、室の片隅の方では駿二の友達が四五人、一人のマダムを取囲んで何か面白さうにうち興じてゐたが、「あの、どら息子がね今度……」と、一人が話し出すと、「あんなに生活力のない男が結婚するかと思ふと俺はまさに憂鬱だ」と、一人は忌々しさうに顔を顰め、「それにしても、あんな野郎のところへ来る女房はさぞ悲惨だらうな」「ええ、それは全く女のひとが可哀相だわ」と、マダムが大溜息をつくと、「義憤に燃えるぞ」と、一人は気色ばんで起立しかけたが、「まあ待ち給へ」と一人が頤を撫でながら制し、それから低い声で何か打合はせてゐたが、突然一同はワハハハと痛快さうに笑ひだし。
すると、この時まで駿二の脇でぐつたり頭を垂れて睡つてゐた従弟が急にブルブルと酔が覚めたらしく眼を開き、「おい! 何だと! とにかくビール持つて来い!」と、呶鳴り散らした。
そのためにあたりの空気はすつかり白らけて来た。
(『定本原民喜全集Ⅰ』編集委員 山本健吉・長光太・佐々木基一 青土社 1978年)

つづく…