2026年10月31日土曜日

10月も31日に…

もう10月も終わりですね…
昨日は、雨で外に出られませんでした(^_^;
午後から心臓リハビリがあったので
トレッドミルで30分間歩いたのがいい運動になりましたp(^^)q
「心筋負荷方法:運動」(日本心臓核医学会)

夜になって雷の音が大きいなと思ったら落雷で京阪電車が止まったそうです。
「京阪電車運行情報」

学生の頃は、三条の駅がまだ地上にあった時代
ホームで待っているとピカッと光って
足の裏がちょっとシビれたような感じがあったのですが、
電車が止まらなかったので避雷針に落ちたみたいでした。
(1987年<昭和62>年に地下化 「京都エリア 蹴上~三条京阪」 京阪電車)
10月31日、近頃のハロウィンは、大人が夜に仮装して出歩くようですが……

 秋 十月 神無月(かんなづき)
 ハロウィン 
 新しい季節の節目に邪気や魔を祓い、新年を迎えるための気持ちを整える


 「ハロウィン」とは古代ケルト人の古いお祭りのことで、秋の収穫をお祝いし、季節の節目に現れる邪気や魔を追い出すための風習です。
 ケルト人の暦では、10月31日が1年の最後の日、つまり「大晦日」にあたるため、11月1日の「新年」を迎える「前夜祭」の意味もあったのです。
これが後にアメリカに伝わり、商業化されたものが日本へと伝わりました。
 最近では仮装をしてにぎやかに過ごす「日本風のハロウィン」が盛り上がりを見せていますが、もともとの由来を紐解いていくと、ハロウィンのイメージもずいぶんと違ってくると思います。
(『鳩居堂の歳時記』広田千悦子著 鳩居堂監修 主婦の友社 平成28年)
 時間や空間の狭間に現れる悪い自然霊や魔女を追い出すという発想は、たとえば豆まきをして鬼を祓うという日本の節分の風習に似ています。
 新しい季節の節目や壁を乗り越えていくための準備をする日がハロウィンと考えると、その過ごし方や捉え方も、日本人にとって、もう少し身近になってくるかもしれません。
 たとえばアロマキャンドルや気持ちを整えるお香を静かに炷くなど、今年のハロウィンは、邪気や魔を祓い、新年を迎えるための力を整えるという、本来の理にかなった、静かなひとときを過ごしてみてもよいかもしれません。
(『鳩居堂の歳時記』広田千悦子著 鳩居堂監修 主婦の友社 平成28年)
ケルトといえばラフカディオ・ハーンを思い浮かべます。
「[企画展]ラフカディオ・ハーンとアイルランド」(小泉八雲記念館 2015年)
『平家物語』に関連して思い浮かべるのは『耳なし芳一』ですが、今回は(^_-)

  平家蟹

 その国の信仰、思想、風習、芸術などが、自分の国のそれとなんらいっこうに共通した点がないために、その国に住んでいる人達が、われわれにとって非常におかしく見える国がほうぼうにある。
けれども、そういう国では、その国の国土の性質、あるいはそこに棲息(せいそく)している動植物にまで、それに類したふしぎな特色をもったものがあるのである。
おそらく、そういう国では、そうした相関的な異国的自然の珍らしさが、多少なりとも異国情緒の外見的な特異性を助長しているのだろうと思われる。
思想や感情の民族的相違などというものも、けっきょくは、やはり草木虫魚と同じように、どこまでもこれは進化論の上から解明すべきものであろうし、また、ある民族の精神的進化という点については、環境が想像力に及ぼす影響ということも、一つの要素として、当然数えなければなるまい。
(『骨董』ラフカディオ・ハーン作 平井呈一訳 岩波文庫 2025年)
 わたくしがこんなことを考えたのは、ちょうどそのとき、わたくしの家に長州から蟹の箱が届いたからであった。
この蟹は、わたくしどもが、平素、いかにも日本的なものと考え慣れている、あの奇妙な形を、そっくりそのまま具(そな)えているやつである。
この蟹の甲羅には、日本の細工師が、いかにもありのすさびに作ったとでもいったような、浮き彫りのお面(めん)まがいに、へんに恐ろしい人間の顔――ゆがみ曲(まが)った人間の顔が、でこぼこに刻みつけられている。
 この蟹は、――今、ここには、そのうちの二種類だけがあるが、どちらもよく干して磨きこんである。
これは、赤間(あかま)が関(外人には、下の関という名で通っている)へ行くと、いつでも店先に出して売っている。
壇の浦(だんのうら)という海岸の付近一帯でとれる蟹であるが、この壇の浦というところは、いまから七百年ほど前、かの平家が、その敵源氏とここの海上で戦って全滅したところである。
日本歴史を読まれた方は、二位尼(にいのあま)という局(つぼね)が、おそろしいその悲劇の最中に歌を詠んで、御幼帝安徳(あんとく)天皇をわが腕にいだきまいらせて、海中へ身を投じたという話をおぼえておられるだろう。
 ところで、この海岸でとれる、この奇怪な蟹は、「平家蟹」と呼ばれている。
なぜ、そんな名がついたかというのに、この土地の伝説に、この海に溺れて死んだ平家の士卒の亡霊が、こんな形になってあらわれたと言い伝えられているのである。
死物狂(しにものぐる)いのかれらの憤恚苦悶(ふんいくもん)の形相が、この蟹の甲羅に、今もってあらわれているといわれているのである。
しかし、この伝説のもつ、ロマンティックなおもしろ味を味わうためには、諸君は、壇の浦合戦の古い錦絵(にしきえ)――物すごい目をした鎧武者(よろいむしゃ)をかいた、昔の色刷りの錦絵に通じておかなくてはいけない。
 ここにある二種類の蟹のうち、小さい方は、ただ「平家蟹」という名で通っているが、これは、いずれも普通のサムライ、平家の士卒の亡霊が生き返ったものだと考えられている。
それから、大きい方の蟹は、又の名を「大将蟹」とか「竜頭(たつがしら)」などと呼ばれている。
この「大将蟹」だの「竜頭」の方は、西洋の紋章などにはちょっと類のない怪物や、きらきら光る角(つの)や、金の竜などを兜(かぶと)につけていた、平家の大将株の亡霊が生き返ったものだと考えられているのである。
 ここに掲げた二枚の平家蟹の絵(省略、以下同じ)は、わたくしが友人に描いてもらったものである。
わたくしは、この絵がどちらも正確なことを保証する。
だが、どうも描いてもらった竜頭の絵にも、ほんものの蟹の甲羅にある形にも、兜らしいものがいっこうに見えないが、……と、わたくしはその友人に話した。
 「どうだね、君には見えるかね」とわたくしは尋ねた。
 「ええ。見えますとも。――まず、こんなぐあいですかね」と、その友人は答えながら、上のような略図を描いて見せた。
 「なるほど。これなら、兜らしいところがわかる」と、わたくしはいった。
「しかし、君の描いた略図は、実物のとおりじゃないね。――顔なんか、まるでお月さまの顔みたいに、気が抜けている。見たまえ、この本ものの蟹の甲羅の、なにかこう、夢にでもうなされているような、このつらがまえを……」
(『骨董』ラフカディオ・ハーン作 平井呈一訳 岩波文庫 2025年)

〝海外で論争を巻き起こした「平家蟹」の宿命〟(関門時間旅行)

「赤間神宮 ご由緒」(赤間神宮)
今朝の父の一枚です(^^)/
今日は会えなかったなぁ……と残念がっていました。
日本にもハロウィンに似た風習があります(^_-)

 秋 01
 お月見どろぼうはハロウィンか?
 

 かつて旧暦八月十五日・中秋の名月の夜に、縁側に具えられたお月見団子などを子どもたちがそっと盗んでいく風習があった。
本来は里芋などの収穫祭であったとされ、大人たちはお供えを盗まれると「お月さまが召し上がった」などと言って喜んだ。
 この十五夜の盗みが形を変え、近年「お月見どろぼう」として再び盛り上がりを見せている。
団子は個包装の駄菓子になり、家の玄関先などに置かれたものを子どもがたちがもらい歩く行事に変化した。
かつては十五夜の満月のもとで行われていたが、現在は交通事故の心配や、子どもたちの習い事との兼ね合いなどで、日没前の明るいうちに行う地域が多い。
 お月見どろぼうは「和製ハロウィン」と説明されることもある。
しかし、お月見どろぼうでは、ススキとハギを飾ったり、月にちなんだイラストを飾るなど、「お月見」という点が現在も意識されている。
「収穫祭としての月見」という意味は失われたが、地域住民の交流の機会という新たな役割を担ってお月見どろぼうが行われているのである。

 十五夜の盗みの意味
満ち欠けを繰り返す月は再生の象徴であり、人々は作物が来年も再生するよう月=神に供物を捧げて祈った。
子どもは月=神の代理であり、供物が盗まれるのは、神が供物を受け取り、来年の収穫が約束されたことを意味する。

(『現代民俗学入門 身近な風習の秘密を解き明かす』島村恭則編 創元社 2024年)