2026年10月3日土曜日

洗濯日和

公園のガマズミ、花と実を一緒に見ることができました(°0°)

ここ数日、洗濯日和が続いています。
秋の長雨というけど、それにしても9月は雨の日が多かったですね……

「東京都心 34日連続で雨を観測 統計開始以来最長に 【なぜ?】」(NHK 9月29日)
10月の100分de名著は、『万葉集』が取り上げられます。
四天王寺の記事に施餓鬼について転記したついでに(^_-)

 相思(おも)はぬ人を思ふは大寺(おほでら)の餓鬼(がき)の後(しりへ)に額(ぬか)づくがごと
          笠女郎(かさのいらつめ) 

『万葉集』巻四相聞。
作者は奈良時代有数の女流歌人。
首ったけの思いを二十九首の歌に連ねて恋しい大伴家持に贈った中の一首。
女の燃える思いに比して男は冷淡だった。
女は苦悩し、じれ、ついにあきらめた。
悲痛な執着をたち切るような捨てぜりふの歌。
貪欲の戒めとして寺に置かれている餓鬼の像、そんなものを拝んでもご利益(りやく)などあるはずもない。
さて、薄情なあなたを慕うなんて、その餓鬼を一所懸命へりくだって拝むようなものですわ、というのだ。

 …後略…

(『折々のうた 三六五日 日本短詩型詞華集』大岡信 岩波文庫 2024年)
今朝の「NHK映像ファイル あの人に会いたい 岡野弘彦(歌人)」

学徒出陣で召集された昭和20年春。
部隊の移動中に空襲に見舞われました。

「花盛りの桜が熱風で枝もしなって 虐げられているわけですね
満開の桜がだんだん熱気が上がっていって
パッと炎に包まれる
それはすさまじい光景でした
人間の黒焦げになっていく状態と同じように
桜も花の咲いたまま炎の中に包まれていくんだ


 ほろびゆく炎中(ほなか)の桜
 見てしより、
 われの心の修羅 
 しづまらず


『一生桜を美しいと思うまい』
『思わないだろう』と そのとき思った
」
山崎雅弘さんの投稿(10月2日)に

陸上自衛隊の講演に明治天皇の玄孫を何度も呼んできたとありますが
猪木正道氏が防衛大学校長だった頃(1970年7月~1978年7月)、
玄孫のような方に講演を依頼することはなかったと思います。
私が思う「保守」とは、猪木正道氏のような方。
 まえがき 

 …前略…

 1970年に私は防衛大学校長に就任し、自衛隊員の自信に深い敬意を感じた。
しかし、過去の軍国主義に対する反感から、現在の自衛隊員をさげすむことは、長期間の間には自衛隊員の心の中にある腫の毒素を蓄積するのではなかろうか?
さいわい、自衛隊員に対する国民の処遇は年とともに改善されており、最近日本社会党までが自衛隊の合憲性を認めはじめた。
自衛隊員の心の中の毒素が一挙に噴出する危険は、一応去ったといえよう。
(『軍国日本の興亡 日清戦争から日中戦争へ』猪木正道 中公新書 1995年)
 いずれにしても軍事的価値を不当に過大評価する軍国主義に劣らず、軍事的価値を不当に過小評価する空想的平和主義も愚劣であり、かつ大きな危険を伴う。
自衛隊の合憲性ははっきりと確立するとともに、自衛隊が国家の安全にとって不可欠の存在であることを国民の間に徹底することが必要である。
 軍事的価値が過大評価も、過小評価もされなくなるまで、いいかえれば、軍事的価値が妥当に適切に評価されるまで、日本は戦前・戦中の軍国主義を克服したとはいえない。
 軍国主義が愛国心を不当にゆがめ、中国人や韓国(朝鮮)人やアメリカ人の愛国心を否定して、日本人だけが愛国心を持っているかのごとく錯覚したことは、大きな禍根を残した。
その反動として、戦後は日本人の愛国心そのものが軍国主義的なものと誤認され、愛国心が否定されてしまうという恐ろしい状況まで現出した。
 みずからの愛国心を否定する国民は、国際社会では尊敬されない。
日本が国際社会で名誉ある構成員であるためには、軍国主義によってゆがめられ、汚辱された愛国心を軍国主義との癒着から救い出し、外国人の愛国心とも両立する本当の愛国心に純化しなければならない。
この作業を完了するまでは、愛国心は軍国主義とのくされ縁から解放されないだろう。
空想的平和主義についても、これを軍国主義の裏返しとして、完全に克服するのでなければ、日本人の愛国心は堂々たるものになれない。
 軍国主義と空想的平和主義とは、互いに相手の裏返しだというのが、本書の原点であり、結論である。

 …後略…
 第五章 韓国の併合

 韓国併合
 

 …前略…

 朝鮮総督府による日本の支配は、米の生産額が着実に増加したこと、人口もふえ続けたこと等の一面が存在することは疑いない。
しかし、〝皇民化〟と称して朝鮮人を日本姓にかえさせようとしたり、日本の国家神道を強制したり、日本語の学習を義務づけ、韓国語教育に制限を加えるなど押しつけがましい干渉が加えられたため、朝鮮人の恨みはかえって深くなり、日本および日本人への憎悪がつのった。
 英国のインド統治は、インド人への生活と文化への介入を極力避けたので、英国人はインド人からそれほど嫌悪されず、かえって畏敬される場合さえあった。
 伊藤博文のほか、第一次日韓協約によって韓国の外交顧問となり日本のために尽くしたスティーヴンスも、サンフランシスコで韓国人により暗殺されている。
韓国人の恨みの深さを察することができよう。
 第九章 軍縮と大正デモクラシー

 全国水平社の発足


 1922年3月3日には、部落解放を求める全国水平社の創立大会が行われた。
明治維新の直後、1871年の解放令によって、いわゆる賤民の身分は廃止され、解放が実現したが、実態として〝新平民〟という新たな呼称を生んだだけで、理不尽な差別は依然としてひどかった。
創立大会では「全国に散在するわが特殊部落民よ、団結せよ」という宣言が朗読され、被差別部落の解放運動が力強く発足した。
そもそも被差別部落とは、徳川封建制下に身分制を強化するために再編されたものである。
民主主義思想が拡がるにつれて、差別廃止の運動が起こるのは当然である。
 関東大震災 

 1923年9月1日午前11時58分、相模湾北西部を震源とするマグニチュード7.9の大地震が起こった。
関東地方の被害は甚大で死者10万に近く、ほかに4万3400人の行方不明者が出ている。
家屋の全壊12万8200戸、半壊12万6200戸のほか、焼失家屋は44万7100戸に達した。
 朝鮮人が暴動を起こしているという流言が広まったので、政府は9月2日戒厳令を施行し、軍隊を出動させた。
朝鮮人に対する暴行も行われた。
住民が自警団を組織し、刀剣や竹槍などで武装して、朝鮮人を虐殺したのである。
政府が内閣告諭を出して鎮静に乗り出す前に、殺された朝鮮人は6000人に達した。
 きわめて遺憾なのは、9月16日に起こった。
大杉栄夫妻と7歳の大杉の甥とが憲兵隊によって殺害された事件である。
甘粕正彦憲兵大尉が主犯といわれたが、戒厳司令官の命令によるもので、甘粕個人の責任ではない。
大杉のほか社会主義者10人が亀戸(かめいど)警察署で殺害された。
大地震に対する恐怖感がパニック状態を引き起こし、朝鮮人のほか無政府主義者や社会主義者が犠牲となったのである。
明治末の大逆事件で、宮下太吉の爆弾事件を無政府主義者の一掃に利用したのによく似ている。
 1923年11月10日、荒廃した人心を鎮めるために「国民精神作興に関する詔書」が公布された。
 中国と朝鮮

 中国では、1925年2月に上海、次いで4月に青島において、日本人経営の紡績工場で働く中国人労働者らが労務管理のきびしさと低賃銀に反発してストライキを起こした。
5月には上海で日本資本の紡績工場に対する抗議のデモがあり、共同租界の英国人警察官によって11人が射殺された。
中国の反帝国主義運動はこの事件をきっかけとして全国的に拡大した。
 一方、朝鮮では、1925年10月15日に京城の朝鮮神宮が竣工した。
祭神は天照大神と明治天皇である。
異民族に日本の国家神道を強制することは反感をそそるだけで、植民地統治には逆効果であることは自明の理だ。
それがわからないで、朝鮮民族を〝皇民化〟しようという野望に乗り出したところに、大日本帝国の指導者たちの底知れない愚劣さがあった。
大正民本主義もこのあたりに限界が感じられる。
 デモクラシーを民主主義とせずに、主権在君の立場から民本主義としたところにも、やはり大正デモクラシーの狭隘さが露呈している。
それだけではない。
大正民本主義の進展のかげに、日本の軍国化は一段と強く推進された。
その中心となったのは陸軍の実力者田中義一である。
(『軍国日本の興亡 日清戦争から日中戦争へ』猪木正道 中公新書 1995年)

転記した本は、中公新書ですが、リンク先は文庫本です。
四天王寺をお参りしたときに読んでいた本の上にあった内服薬について

 9月14日(月)
かゆみがあったので眉間の所をかいてしまいました。
小さな湿疹のようなものがあり痛がゆい症状が治まりませんでした。

 17日(木)
かゆみ止めを処方してもらおうと皮膚科を受診。
感染症(病名は、聞き取れませんでした)との診断で抗生剤などを処方してもらいました。
内服薬を飲んでいたのですが、眉間の湿疹は大きくなり黒ずんできました。

 20日(日)
かかりつけの病院の救急外来に帯状疱疹かもしれないと電話をすると
皮膚科の医師はいないと受診を断わられました。
その後、K大学附属病院やM病院などに電話をしたのですが同じ結果になりました。
「救急安心センターおおさか『♯7119』」に電話をして診てもらえそうな病院を紹介してもらったのですが
私の住んでいるところかは遠いので諦めました。

 24日(木)
皮膚科を受診すると帯状疱疹だった(内服薬と軟膏を処方)。

 26日(土)
眼科で眼底検査の予約をしていたので受診すると
角膜に小さな傷があるということで目薬や軟膏を処方してもらいました。

なんとか我慢できたのは、2023年5月に帯状疱疹の生ワクチンを接種していたおかげかなと思います。
今でも帽子を被ったりするときに痛みが走りますし、
眉間のところに黒いかさぶたがあり痒いですし、圧迫感もあります。
我慢強い高校時代の友人が顔に帯状疱疹ができたときの辛さを
「後頭部をカナヅチかなんかで殴り続けられてるよな痛みで生きているんが辛いぐらい」
とクラスのラインに書いてくれていました。
今朝の父の一枚です(^^)/
地球儀(?)の上に月が見えています。
それにしても台風が次から次へと発生しますね…
「台風27号 あす以降 小笠原近海に 高波に警戒 今後の情報に注意」(NHK)
一度、台風が発生すると海水がかき回されて海水温が下り、しばらく発生しないと思っていたのですが…

 第3章 豪雨
 3-2 台風による大雨
 台風による大雨の事例
 

 …前略…

 このように、台風が直撃しなかった場合でも、遠方から水蒸気を送り込むことで大雨を引き起こすことがあります。
台風と前線が同時に存在することで大雨に発展した例はこの事例に限らず、過去にも複数観測されています。
 第1章でも述べた通り、この能登半島の大雨は同年1月1日発生した令和6年能登半島地震により麻痺した社会基盤の復興途上で発生しました。
防災対策が通常通りに機能していない状況下で9ヵ月後に大雨が襲ったため、被害が拡大しました。
 台風から話は逸れますが、2020年から約3年間続いた市型コロナウイルスによるパンデミック禍でも、気象災害は毎年のように容赦なく人間社会に脅威をもたらしました。
複合災害の概念は単一の専門分野の中だけで考えていては不十分であり、気象、地震、疫学など複数の専門分野にまたがって適応策を講じることが今、求められています。
(『異常気象の科学 猛暑・豪雨・大雪のしくみと将来予測』今田由紀子 ブルーバックス 2026年)

「第46回 猿橋賞受賞」を受賞されています。