2022年11月14日月曜日

木枯らしが吹き

昨日からの雨の影響か、風が冷たかったです。
近畿地方では木枯らし1号が吹き
北海道からは初雪の便りが届いている。

気象台 “近畿で13日に木枯らし1号”と発表」(関西NHK)

上空に寒気 各地で冷え込む 釧路市では平年より7日遅い初雪」(北海道NHK)
 妻の改姓

 なお明治になって問題となったのは、女は結婚してのちも生家の氏を称するのか、夫の氏を称するのかという点である。
維新前まで、女は生家の氏を婚後も称していた。
これは公家でも武家でも同様である。
 明治8年(1875)、政府が公家・武家以外の一般庶民の苗字を公称することを太政官から布告したおり、11月9日、内務省は、「夫婦はいずれの氏を称するのか、妻は夫の氏を称しなければならぬのか」という点を太政官に伺った。
これは石川県からの伺いをとりついだものである。
太政官は、9年3月、次の指令を発した。
 伺ノ趣、婦女、人ニ嫁スルモ、仍ホ所生ノ氏ヲ用ユベキ事
  但夫ノ家ヲ相続シタル上ハ夫イエノ氏ヲ称スベキ事
(『苗字の歴史』豊田武 中公新書 昭和46年)
 内務省はこれを受けて石川県に指令を出しているが、それには、「婦女ハ総テ夫ノ身分ニ従フ筈ノモノ」であることを認めながら、所生の氏を称すべしとしている。
しかしこれは、熊谷氏もいわれているように、妻の生活を尊重し、妻の人格を承認したからではない。
武士や大町人、村落支配者などにおこなわれた慣行をそのまま採用したにすぎない。
 その後、内務省は、9年8月3日、父子の異姓を改めさせ(同年7月18日の島根県伺いに対するもの)、同年5月9日と10年2月9日には家族の姓を戸主と同一苗字に改めさせた。
しかし妻についてはむしろその血縁が重視され、依然として生家の氏を称することが命ぜられた。
10年8月の愛媛県の戸籍加除心得にも、
 婦女ハ他家ヘ嫁スルモ、終身実家ノ苗字ヲ記スベシ。モットモ亡夫ノ跡相続スレバ、夫ノ姓ヲ記スベシ
といっている。
一般にこの規定は明治31年明治民法施行まで続けられた(福島正夫「明治初年における戸籍の研究―地方法令を通じて―」『家族法の諸問題―穂積先生追悼論文集』、洞富雄『庶民家族の歴史像』)。
 すでに民法編纂過程で、妻が夫の苗字を称することが主張されてきた。
この法典審査会で梅謙次郎が発言した提案理由は、妻が夫の氏を称するのは、妻が夫の家に入るからであり、妻は婚姻によって夫との共同生活に入ると同時に、夫の家の戸主権に服することとなるというのである。
家父長権の確立がねらいであった。
こうして31年の民法・戸籍法で、妻はとついだ家の姓を名乗ることになった。
生家・実家に埋没していた妻が独立の法人格を獲得したことはたしかに一つの進歩を示すものであった。
しかしその代り行為能力の制限が明らかにされてきた。
いままで生家の支配に属していた妻はこんどは夫の家の姓を名乗ると同時に、夫の支配に服することとなったのである。
 昭和22年、新民法の発布によって、夫妻の姓氏はどちらを称してよいが別々であってはならないということなった。
男女の同権は苗字の上にも現われたのである。
しかし実際には男女の経済的な不平等が存するかぎり、妻の多くが夫の氏を称することは容易に考えられる。
ただし戸籍の上では夫婦同氏の原則を守っても、通称はその必要に応じて、夫婦各別である例が多くなっている。
(『苗字の歴史』豊田武 中公新書 昭和46年)

絶版になっているようですが、吉川弘文館から読みなおす日本史シリーズで復刊しているようです。
名前についてこんな記事が載っていました。
小見出しと一部転記します( ..)φ

ボナエ・リテラエ――私の読書遍歴
 新連載【第1回】『ファーブル昆虫記』 
森本あんり

[扉をひらく]
[定型のお答え]
[名付けた父]
[情熱と理性]

…前略…
 アンリという名前は、ヘンリーやハインリヒやエンリケなどのバリエーションも含め、海外では男の名前と相場が決まっている。
しかしどうしたものか、日本ではもっぱら女の子につけられるようで、何人かの同名の女性にお会いしたことはある。
ウェブで検索すると、何とぴったり同姓同名の「森本あんり」という若い女性の歌手がいたが、現在は改名して活動しておられるようだ。
…後略…
(『世界 2022年12月号』岩波書店)
[あんずとアーモンド]
…前略…
 アーモンドと杏は、同じ種目に属する。
わたしの名前が聖書から取られたのではないことは確かだが、アーモンドを杏と読み替えると、そこに驚くべき文脈が浮かび上がってくる。
あめんどの花は、自分の意に反し、若くして預言者として立てられたエレミヤの召命体験に深く関わっていた。
神は、あめんどの花を見せることで、人間の思いを超えて神のはるかな計画が実現してゆくことをエレミヤに悟らせようとした。
「わたしはあなたをまだ母の胎につくらないさきに、あなたを知り、あなたがまだ生まれないさきに、あなたを聖別し、あなたを立てて万国の預言者とした(「エレミヤ書」、1章5節)。
わたしも、名前に織り込まれた杏の花に、物心つくはるか以前から定められていた不思議な運命の成就を見る。
そのことを、わたしは50歳を目前にしてようやく悟ることになるのだが、それは今ここに書くべきことではない。
(『世界 2022年12月号』岩波書店)

森本あんり 公式サイト
今朝の父の一枚です(^^)/

四十雀(しじゅうから)
○シジュウカラを捕ると飯櫃が始終からになる(千葉)、シジュウカラを捕ればその家は貧しく(長野)、シジュウカラを殺すと家が貧しくなる(鹿児島)、シジュウカラを捕れば四十まで、ゴジュウカラを捕れば五十までしか生命はない(佐賀)と、共にシジュウカラの捕獲を忌む。
ゴジュウカラは燕雀目(えんじゃくもく)ゴジュウカラ科の鳥であるが、一説にはシジュウカラの老いたるものといい、『和漢三才図絵』の「四十雀」の項に「其の老いたる者、毛を換へ色稍異なり、形亦大なり、俗呼んで五十雀と曰ふ」とある。
(『日本俗信辞典 動物編』鈴木棠三 角川ソフィア文庫 2021年)