2022年7月30日土曜日

道が濡れていたけど…

道が濡れていて、前日、かなり降ったので涼しいかなと思ったら
東屋の温度計を見ると8時前で29度近くもあった

近畿地方 各地で猛烈な暑さ続く 急な強い雨にも注意を」(関西NHK)
ヒオウギが咲いていました。

笹岡隆甫(ささおか りゅうほ)の華やぐ十二月 文月(7月)

祇園祭の象徴 ヒオウギ 曲がった姿こそ 味わい

 7月の京都は、祇園祭一色。
今年は3年ぶりに山鉾(やまぼこ)巡行も実施されます。
 祇園祭の花とされているのが、ヒオウギです。
京都のお店や家には、この時期にヒオウギが飾られ、祇園祭の熱気に包まれます。
大阪では、天神祭のときに飾りますから、夏祭りの花、厄除(やくよ)けの花ですね。
 扇状に広がる肉厚な葉の姿が、ヒノキの薄板で作った檜扇(ひおうぎ<ひな人形の女雛が持っている扇)に似ているところから、この名が付けられました。
扇は末広がりでめでたく、涼感を呼ぶという意味でも喜ばれます。
 オレンジの花色もよいですね。
ヒマワリもそうですが、暑い時期にこういう黄色やオレンジの明るい色合いの花を見ると元気が出ます。
太陽の色とでも言うのでしょうか。
 今回は、味のある枝を2本選び、夏の太陽の光を受け止めるように向い合わせて、器から飛び出るような風情にととのえました。
 ヒオウギは昔から、「曲(きょく)が強いもの」が好ましいとされています。
真っすぐな枝よりも曲がった枝の方が、また平面的なものよりも包み込むような葉姿の方が、伸びやかで力強く見えます。
単調なものしか手に入らない場合は、茎の先端とつけ根を糸で引き、丸一日癖付けします。
 祇園祭の山鉾の一つ、長刀鉾(なぎなたぼこ)の扇子を足もとに飾り、華やぎを添えました。
10歳の時に長刀鉾の稚児を経験させていただき、翌年から囃子(はやし)方に。
家元を継いだ時に囃子方は退(ひ)いたのですが、それから毎年、長刀鉾の町会所にヒオウギを献花しています。
(聞き手・向井大輔、写真・林敏行  朝日新聞2022年7月7日

明日の疫神社夏越祭で祇園祭は幕を閉じます(2016年7月31日の日記
北森鴻さんの 『支那そば館の謎 (マイナー)京都ミステリー』は、光文社のHPに載っていません。
ということは絶版かな?(T_T)
シリーズ2作目の『ぶぶ漬け伝説の謎』はまだ載っているので再版の可能性はあるのかな?
『支那そば館の謎』「不動明王の憂鬱」の冒頭と
傑作ミステリーアンソロジー 京都迷宮小路』より解説「『異教徒の晩餐』北森鴻」を転記したいと思います( ..)φ
 不動明王の憂鬱

  (一)

 保津川(ほづがわ)の河面をわたる風の冷気に思わず背中を丸め、僕は嵐山渡月橋(あらしやまとげつきょう)へと続く山道を急いだ。
 ――おお、寒ツ! 今年の冬は出足がずんと早い。
 耳たぶと鼻腔で感じる空気は、高らかに冬の候を告げている。
 脳味噌までとろけてしまいそうな夏が過ぎ、ようやく暑気の影が薄くなると、嵐山は紅葉の季節……これがずっと続くなら京都暮らしも悪くないと、思う間もなく、やがて冬のマイナスイメージキャラクター≪比叡颪(ひえいおろし)≫ が、賽(さい)の目に区分けされた町を吹き抜け始めるのである。
 冬の京都。
それは余所者(よそもの)ばかりでなく、そこに住む人々にとっても辛い季節であることに変わりはない。
けれど四季折々過ぎて行く中で、どの季節が好きかと問われたら、たぶん僕は「冬」と答えるに違いない。
目に見えるものすべてが冷たく研ぎ澄まされ、水墨画の世界に姿を変えることでのみ肌に感じることのできる、京都独自の暖かさは確かに存在する。
(『支那そば館の謎 裏(マイナー)京都ミステリー』北森鴻 光文社 2003年)
「要するにあれでしょう、銭湯の帰り道、風呂上がりの火照(ほて)りを少しでも逃さぬようにマフラーを巻き、湯桶を抱えたままおでんの屋台で熱燗を一杯。タコと鯨のコロの熱いところを頬張って、さらにもう一杯。それが京都の冬の醍醐味だと、君はいいたいわけだね、有馬次郎(ありまじろう)君」
 今年一番の比叡颪が吹いた日のことだ、このように身も蓋もない発言をした大馬鹿者がいた。
確かにそれを否定することはできないが、すべてでは、ない。
 たとえば音もなく雪の降り募る夜の湯豆腐。
 良いではないか。
ちょっと襟元の崩れた艶な女性が、しだれ掛かるように徳利の一つも傾けてくれたら、なおよろしい。
 ――贅沢をいえばただの湯豆腐よりは本場下関あたりから直送された虎河豚(ふぐ)、アラの一つ、二つ、三つ、四つに鉄刺(てっさ)が一皿……ええなあ。
 などと妄想を膨らませて前方への注意が疎(おろそ)かになったところへ、タイミングを合わせるように仏罰が下った。
対面からかなりの速度で接近してきた人影と、もろにぶつかってしまったのである。
 観光客で賑わう渡月橋から、山道のアップダウンを繰り返すこと約二十分。
嵐山の奥の奥に位置する大悲閣千光寺(だいひかくせんこうじ)へ、冬の季節、しかも午前中にやってくる拝観客などあろうはずもないと、高(たか)を括(くく)っていたのが良くなかったのかもしれない。
「すっ、済んません」
「痛(い)ツた~、ちゃんと前見て歩きなさいよ、このけだものアルマジロ!」
 たったこれだけのやりとりで、僕の中から拝観客への心遣いや謙虚さといったものが、完全に霧散した。
「なんや、折原(おりはら)かいな」
「なんやとはなによ。人が心配してこうして朝から訪ねてきたげたのに」
「いらん世話や。それにもう十一時やで。朝とはいわへん」
「……うっ」
 折原けいこは京都みやこ新聞文化部の記者で、京都市民でさえ存在を忘れかけている当山を折に触れて紹介してくれる、いわば恩人といってもよい存在なのだが、なぜか尊敬の念を他人に抱かせることがないという、たぐいまれなる資質の持ち主である。
本人は「わたしこそは大悲閣の守護神」と曰(のたも)うて、恬(てん)として恥じることがないらしい。
そのくせただの一度だって入山料を支払ったことがなく、客殿におかれた賽銭箱さえ一顧だにしないかわりに、サービスの抹茶だけは毎回ご馳走になってゆく、いわば仏道でいうところの善悪の彼岸、明暗一対の根源を日々実行している存在といってよい。
僕の姓名である「有馬次郎」を、おかしな節までつけて「アルマジロ」と呼ぶ、河豚炊いてンの、素敵! じゃなかった、不倶戴天の敵。
そして、京都の冬の醍醐味を「銭湯帰りに屋台のおでん屋で熱燗一杯」と決めつけた大馬鹿野郎でもある。
「そんなことよりも、ご住職の容態はどうなの」
 どうやら我が大悲閣の住職の身に起った変事を、早くも聞きつけたらしい。
「その件で、河原町(かわらまち)まで出かけるところや」
「そんなに良くないの!」
「ええも、悪いもないて。むちゃくちゃやで、ほんまに」
 折原けいの顔色と表情がマイナス方向に変わったことで、僕は初めて良心の呵責を覚えた。
ま、ほんの心ばかり、ではなるが。
…後略… 
(『支那そば館の謎 裏(マイナー)京都ミステリー』北森鴻 光文社 2003年)
解説 関根亨
 「異教徒の晩餐」北森鴻


 北森鴻が、黄泉(よみ)の国へと創作の旅に出てから8年余。
ファンサイト「酔鴻思考」によれば2018年の今年にも、「京都嵐山大悲閣千光寺にて第八回酔鴻忌」との記述が見られる。
北森作品群において、本作をはじめとする<裏(マイナー)京都ミステリー>愛されるシリーズの一つなのだ。
 嵐山の奥に位置する大悲閣千光寺(右記の通りこの寺は実在する)は知る人ぞ知る――つまりは拝観客とて少ない寺なのだが、住職並びにこの寺を思う者二人。
一人は寺男の有馬次郎。
彼は元窃盗犯で、この寺へ盗みに入ったのだが、階段から転落し負傷。
次郎を助けた住職の勧めで寺男になった。
もう一人は京都みやこ新聞文化部の折原けい記者。
当山を同紙に紹介してくれるのだが、入山料を払うでもなく、境内に上がり込んでお抹茶を口にする図々しい性格。
 ひとたび京都と千光寺に関する事件が起きるや、次郎はかつての裏稼業で鍛えた体力と洞察力で、折原は記者の情報網と誰はばからない性格をもって事にあたる。
次郎は折原から「アルマジロ」というあだ名で呼ばれるなど、凸凹コンビと形容した方がいいかもしれない。
(『傑作ミステリーアンソロジー 京都迷宮小路』関根亨編著 朝日文庫 2018年)
 行きつけの寿司割烹(かっぽう)「十兵衛」で、折原が次郎に、版画家の乾泰山刺殺事件に関して話をもちかけるのが「異教徒の晩餐」の出だした。
遺体の周囲には、版画制作に使う馬連(ばれん)がちらばっていたのだが、その馬連を包む竹皮がすべて切り開かれていた。
 十兵衛の大将によれば、泰山は事件のあった夕方、店に鯖棒(さばぼう)を三本も買いに来ていたという。
鯖棒とは、若狭湾で獲れた鯖を棒状の寿司に仕立てたもので、三本といえば、大人四~五人の分量である。
しかも竹の皮で包まれることが習慣の鯖寿司が、泰山の工房に置かれていたという事実。
 日本有数の版画家殺害と竹皮の謎。
折原の依頼を受けた次郎は、かつての能力をもって東京の画商になりすまし探りを入れるが、事態は次郎や折原の想像を超えて展開する。
 あらためて本作収録の『支那そば館の謎』(光文社文庫)各話はむろん、著者ならではの京都うんちくが見て取れる。
それはただの豆知識に終わらず、しっかりと謎解きのエッセンスにつながっているのだ。
 一話目の「不動明王の憂鬱」では、京都と関東の銭湯、ことに洗い場と浴槽の特性から次郎はヒントを得る。
三話目の「鮎躍る夜に」は、観光名所だからこそ京都市民が訪れることが少ない京都タワーが事件のメインとなる。
表題作「支那そば館の謎」は、間口が狭く奥に細長い、京都独自の町家内での密室殺人に挑戦。
むろん用意周到な北森のこと、町家の奥にはさらなる奥の手を用意している。
 同シリーズは好調に版を重ね、第二弾『ぶぶ漬け伝説の謎』(光文社文庫)へと続く。
『ぶぶ漬け~』最終話は京都独自の味を使った「白味噌伝説の謎」だが同時に、昭和の未解決事件として語り継がれる「グリコ・森永事件」のパロディーにもなっている。
もし第三弾へ続いたならば、北森はどのような平成の事件に興味を示しただろうか。
(『傑作ミステリーアンソロジー 京都迷宮小路』関根亨編著 朝日文庫 2018年)