2021年4月9日金曜日

青空だけど、冬空みたい…

今朝は、昨日にまして風が強くまるでこれから冬になりそうな感じでした。
冬によく見かけたのだけど、雲の縁が少し虹色になっていました。

雲が七色に見える『彩雲』の仕組みは何ですか?」(「よくある質問集」気象庁)
 安田浩一さんのTwitterに

NHKの知人から連絡がありました。
本日朝の同局「おはよう日本」で、「問われる企業の人権意識」と題してDHCのヘイト問題などが放映されるそうです。
7時20分くらいからだそうです。
 

NHKニュースおはよう日本(16分頃)の中で
「『ビジネスと人権』に関する行動計画」について報道されていました(配信期限4/16 午前7:45 まで)。

「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020ー2025)の策定について〟(外務省 令和2年10月16日)

今までSNSで知っていましたが、やっとニュースに取り上げられるようになったんだと思いました。
民放では取り上げられるんだろうか!
というか、人権感覚の乏しい人たちがコメンテーターに出ているようだし、スポンサーとの関係でだんまりかな?
岩波書店『世界』編集部のTwitterに

#世界5月号は4月8日発売です。
第一特集は「人新世とグローバル・コモンズ」。
近代以降の人類の活動が、気候をはじめとする地球環境や生態系に破壊的な変化をもたらしています。
人類は地球というグローバル・コモンズとどう向き合うべきなのか。
特集します。ぜひお読みください。


4月8日発売の#世界5月号、第二特集は「貧困と格差の緊急事態」です。
コロナ禍は、新自由主義的政治の下で脆弱性を増していた私たちの生活基盤の劣化をより増幅させています。
貧困と格差の増大は自然現象ではなく、政治によってもたらされているもので解決可能なものです。
その処方箋を共有します。

世界 2021年5月号
昨日、購入しました。
内容は「目次」にあるように「今」を考えるのに重要な指摘がなされています。

松本創さん
のTwitterには、

大阪のコロナ対応で〝標的〟にされたり、翻弄されたりした当事者の話は、あす発売の『世界』に書いています(ちょうどさっき届いた)。
民間病院の院長、高齢者施設のクラスターで家族を亡くした人、維新の「ファクトチェッカー」に晒された人。
そして、いつもながら在阪メディアの問題を。
4月9日 昭和10年(1935)
 美濃部達吉、天皇機関説問題により不敬罪で起訴される。内務省、美濃部の『憲法撮要(けんぽうさつよう)』など3著書を発禁処分。
(『日本史「今日は何の日」事典―367日+360日・西暦換算併記―』吉川弘文館 2021年)

上野千鶴子さんのTwitterに

加藤陽子さん、筋を通した。ごりっぱ(拍手)。

と、安全保障関連法に反対する学者の会のTwitterをリツーイト

日本学術会議特任連携会員になることを希望しなかった加藤陽子東大教授のコメント。
「今回の菅内閣の任命拒否、また一度下した決定をいかなる理由があっても覆そうとしない態度に対し、その事実と経緯を歴史に刻むために、『実』を取ることはせず、『名』をとりたい。」


学術会議、任命拒否の5人は連携会員に 加藤陽子氏は希望せず」(毎日新聞 4月6日)
NY市、「ワクチンバス」で接種開始 飲食店員など優先〟(ロイター通信 4月8日)

ブータン、9日で国民の6割にワクチン接種 記録的速さ」(AFPBBニュース 4月8日)

一方、日本では
香山リカさんのTwitterに、

医療従事者へのワクチン接種、聞いた限りでは、コロナ対応してる医師さえまだの病院もあれば、かなり潤沢に配当され嘱託事務職員までやってもまだ余裕ある病院もあり、要は全然計画的に分配されてる感じがない。
ワクチン接種計画のガバナンスが機能してないのでは。
一般市民にちゃんと接種できるのか。

今までに大田垣蓮月の墓を訪ねたり(2019年12月23日)や歌などを紹介していますが、
人物日本の女性史●第十巻 江戸期女性の生きかた』より生方たつゑの「太田垣蓮月」を転記したいと思います。

なお、生方たつゑさんの注には、
現在『大田垣』『太田垣』と表記はさまざまだが、新村出先生の広辞苑『太田垣』の説にしたがった
とありますが、手元にある広辞苑 第6版では「大田垣」なっています。
また、『人物日本の女性史』は絶版になっているようです。
大田垣蓮月について手にはいりやすいのは磯田道史さんの『無私の日本人』(文春文庫)があります。

生方記念文庫」(沼田市)
太田垣蓮月      生方たつゑ

 太田垣蓮月(おおたがきれんげつ)略伝

 太田垣蓮月尼の出生はさだかでない。
生後十日にして太田垣光古(みつひさ)の養女なっているが、一説には藤堂(とうどう)藩主の落胤(らくいん)であるともいわれている。
長じて望古(もちひさ)と結婚するが放蕩(ほうとう)やまず離別、二度目の夫、古肥(ひさとし)との幸せな生活も三年余にして終わる。
病没による悲しみの中で、蓮月尼は薙髪(ちはつ)する。
 知恩院大僧正(ちおんいんだいそうじょう)によって得度の日をむかえ、門主のはからいによって真葛庵(まくずあん)へ移る。
蓮月33歳の時である。
古肥との間に生れた一女も死亡、養父の光古も逝(ゆ)き、蓮月はただひとりとなる。
(『人物日本の女性史●第十巻 江戸期女性の生きかた』円地文子監修 集英社 昭和52年)
 生活の糧として陶土をこねて作った急須(きゅうす)や茶碗(ちゃわん)に歌をしるして、蓮月焼なるものを世に出した。
養父光古が文雅の人であった影響もあるが、上田秋成(うえだあきなり)、香川景樹(かがわかげき)らに師事して文学への目を開いた。
蓮月尼をめぐる人々は多彩であり、勤王家、国学者、画家、遊女にまで及ぶ。
運命のままに耐え遂げた女人である。

参考文献
『近代の歌人』(和歌文学会・桜楓社)
『近世和歌史』(久松潜一著・東京堂)
『太田垣蓮月』(黒岩一郎著・有信堂)
『太田垣蓮月』(成瀬慶子著・同文館)
『日本女性史5』(笠原一男編・塚谷晃弘著・評論社)
運命的な出生

 不分明な出生であること自体、人は一生その痕跡(こんせき)を引きずって不幸のみちを辿(たど)っていく要因を作る。
太田垣 誠(おおたがき のぶ<のちの蓮月>)もその例外ではなかった。
記録によれば父は因幡(いなば)国(鳥取県東部)の人、太田垣光古(みつひさ)、母は亡く、ゆえあって京都東山に住む。
家業は百姓とあるけれど、一説には伊勢の藤堂(とうどう)家の分家、藤堂金七郎(きんしちろう)の庶子(しょし)で生後十日をへて光古に貰(もら)われ、生母は出産後間もなく丹波亀岡(たんばかめおか)藩士某に嫁していったとも伝えられている。
 蓮月は生まれながらにして人生の裏側で呼吸する運命を背負ってきたのであった。
養父光古は風流人であり、囲碁の高手であった。
時に藤堂藩主の相手役をすることも多かった。
 正月のゆとりのある一夜、光古は藤堂氏から囲碁の相手に招かれ、その時、折入って頼みたい一件がある旨の申し入れをうかた。
寛政(かんせい)3年(1791)のことである。
「表沙汰(おもてざた)にできない子供が出生したのだがぜひその子供を引きとってもらえないか。貴殿を見込んでのたっての願いだ」
 いとしいわが子を手元におけない藤堂氏は、この夜の約束通り、みどり子を光古に託したのである。
 光古は妻との間に四人の子をもうけたが、不運にして死亡、ただ一人仙之助(せんのすけ)という男子のみで、心さびしい家族構成であった。
折柄この貰いうけた誠という女児は明るい灯をとぼしたように、和合を一家にもたらしてくれた。
身分高い人の落胤(らくいん)である。
みどり子の時から誠(のぶ)は美しく気品が備わっていた。
 寛政3年の8月、太田垣光古(おおたがきみつひさ)は、知恩院(ちおんいん)から「譜代被仰付(ふだいおほせつけらる)」という恩命を賜ったのである。
太田垣家はこれで社会的地位もでき、新しい光明がさしこむようなよろこびにひたった。
 誠は光古から幼くして武芸をしこまれたといわれ、また和歌の手ほどきも受けた。
誠は成長とともに一層美しさを加え、おのずから備わる気品は人びとの目をひいた。
 彼女は十三歳になった。
兄の仙之助(せんのすけ)は二十一歳の春をむかえたが、若い未来をもちながら病にたおれて死去、そのかなしみにひたりつづけた養母は四十四歳を限りとして生涯を閉じた。
一家は急に寒ざむしい不幸の洞穴(ほらあな)の中に籠(こ)もるような暗鬱(あんうつ)な日を迎えねばならなかったのである。
  一説によれば誠は八、九歳ころから行儀見習いとして教養を身につけるため、生母の縁のある亀岡(かめおか)城の奥勤めに出仕、そこで、薙刀(なぎなた)、鎖鎌(くさりがま)、剣術など仕込まれた。
男子も及ばぬすぐれた腕前であったといわれている。
十七、八歳ころ、清水寺へ参詣(さんけい)の途中、ざれかかる酔漢を投げとばして不心得者の酔いをさました逸話がのこるほどであった。
(『人物日本の女性史●第十巻 江戸期女性の生きかた』円地文子監修 集英社 昭和52年)

つづく
今朝の父の一枚です(^^)v

ナマケモノに見えたそうです。
角度によって違ったものにも見えるとか。
私も樹木や岩などを見ていると顔が浮かんだりしています(^_-)

政府 福島第一原発のトリチウムなど含む水 海洋放出方針固める」(NHK)
安全なら、恩恵を受けている都民の東京湾に放出すればいい。

それと大阪湾への放出は、カジノを誘致したい大阪府知事や市長なら協力すると思うよ。
大阪府民は私も含めて大反対するだろうけど。